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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第三章 たゆたう獣
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3 そこにいないはずなのに

 街道を塞いでいたのは水生生物型の魔獣だった。

 一見亀のようにも見えるが伸びる足が長く虫のようでなんとも気味が悪い。群れをなして威嚇するようにこちらを見つめていた。


「うげ、気持ちわりーな」


 ある程度距離を取り様子をうかがう。もぞもぞと動く様にこらえきれなかったのかトウマが率直な感想を口にした。


「それは同意見だな。しかしまた数が多い。どうしますかな、ルーフェ殿」

「……道を塞いでいる以上、排除するしかないでしょ」

「まぁそれしかない、か。……トウマは下がっていろ」


 魔法が使えず、魔獣を惹き寄せてしまう巫子は邪魔だということなのだろう。

 戦力外通告を気にすることなく、トウマは荷馬と共に後ろに下がった。


「……ね、あなたに任せてもいい?」


 肩を回す仕草を見せるセイジにルーフェがそう声をかける。


「お手並み拝見ってところですかな? それがお望みであれば、喜んで」

「まぁ、そんな感じ」


 曖昧にルーフェは頷く。


「いいだろう。これくらい、魔導師様のお手を煩わせるまでもない」


 セイジのまとう雰囲気が変わった。

 ちり、と肌が粟立つ。体感温度が数度下がったかのような感覚にレティスは身震いした。


「レティス、よく見てて」

「え……?」

「なにかと参考になると思うから」

「わ、わかった」


 詳細は不明だが何かしらの意図があるのだろうとルーフェの助言を甘んじて受け入れる。

 セイジはそんな二人のやりとりを横目で見つつ、気にしない素振りで魔獣に向き直った。


「さて。……甲羅に守られた体、弱点は首か足の付根かってところか? ……そうだな」


 よし、とセイジは右の握りこぶしを左の手のひらで勢いよく受け止める。袖口から銀の腕輪がちらりと煌めいたのをレティスは見逃さなかった。

 何の装飾もない、ただの銀の輪に青の魔石が埋めこまれただけの簡素極まりないもの。ルーフェのとっての杖のような――これがセイジにとっての触媒なのだろう。


「――水よ」


 腕を振ると青い光がいくつも宙に浮かび上がる。

 突如現れた光に魔獣がざわめく。飛び上がり、向かってくる個体もいたが次々と青い光に囚われていった。


「凍てつけ、」


 セイジの言葉に従い、光はまたたく間に氷へと姿を変えていく。氷漬けにされた無数の魔獣。


「−−砕けろ」


 セイジがかざした手を握るとそれはあっけなく弾け飛んでいった。

 きらきらと輝く氷の粒。粉雪とは反対に魔獣に宿っていた魔力が空へ還っていく。

 光が空へ溶ける様子を横目に、セイジはルーフェに向き直る。


「いかがですかな」


 隻眼を細めて恭しく礼を取る仕草はさすがに様になっていた。


「うん。さすが……というか、予想以上ね。あなたの魔法の使い方はとても理にかなってる」

「おや、嬉しいね」


 素直な賛辞の言葉にセイジはまんざらでもない表情を見せる。

 レティスは感心するあまりぽかんと口を開けるしかない。そんなレティスとは対照的にどこか不満げな口調でトウマが横から話に割り込んだ。


「つーか、魔石は取らないんすね。金になるのに」


 魔獣には魔力の塊である魔石が宿る。氷が砕けると同時に魔石も全て砕けて空に溶けてしまった。


「あのタイプの魔獣から魔石を取るのは現実的じゃないな。甲羅を剥ぐ手間を考えたらこれが最善だろう」

「うん。自然に返しちゃうとまた魔獣が生まれてしまうって側面はあるんだけど、労力を思うと私もそうするわ」


 魔石を取るのが効率的じゃないのはルーフェも認めるところらしい。

 相手を見て手を変えることが重要で、何が有効か、どうすれば効率が良いのか。見極めることで無駄なく魔法を使うことができるとルーフェは語る。


「ただ魔力があるからと派手に魔法を使うのは愚策でしかない。あれもこれもと求めたくなるけど、大事なのは何を得るかよりも何を捨てるかよ。驕ることなく、最善の手を選び取ってほしい。そのための協力は惜しまないから」

「なんだ、魔導師から直々に手解きを受けられるなんて贅沢だな。ルーフェ殿はレティスを連れて何がしたいんだ?」


 どこか探るような口調でセイジは笑う。


「……そうしたい目的がある、とだけ」

「ふむ。つれないな」

「ハシバも揃わないと話す気はないって言ったでしょ」


 突き放すように言ってルーフェはセイジを見上げる。


「でもそうね、レティスを助けることはあなたにも利があると思う。敵対するんじゃなくて良い手本であってほしいと願うわ」


 セイジからすればレティスは完全に部外者、よそ者でしかない。

 そんなレティスに実は利害関係があると匂わせる発言にセイジの片眉が上がった。


「ふうん。そうか……」


 セイジの隻眼がじっとレティスを見据える。

 値踏みされるような視線にさらされてなんとも居心地が悪い。初対面の時も奇異の目線で見られたものだがその時よりもさらに奥深くを見透かされるような、そんな雰囲気がいたたまれなくてレティスは話題を変えた。


「も、もうすぐノポリに着くんですよね」

「あ、あぁ。そうだな」

「湖も近いって言ってたけど、このあたりにあるんですか? 海みたいに見えるとも聞いたけどそんな感じがないし……」

「いや、湖は村のさらにその先だな。ここからだとまだ距離がある」

「そうなの? ……それ、おかしくない?」


 ルーフェが怪訝な表情で低く口を挟んだ。


「おかしいって何が?」

「さっきの魔獣よ。どう見ても水辺付近に住んでますって感じだったじゃない。なんでそんなのがこのあたりにいるのよ」


 魔獣が現れたことで本来の棲み家を追われた野生動物を見るのは珍しくなくなったものの、魔獣そのものが棲み家を移動することは滅多にないとルーフェは言う。


 本来はそこにいないはずの魔獣。


 それが何を意味するのか、一行が知るのはノポリに着いてからだった。



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