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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第二章 追う者追われる者
33/143

13 それぞれの立場

少し長めです。

巫子の力に関するあれこれちょっと加筆しました。

「どうしてセイジさんまで来るんですか」


 宿の三階、ルーフェとレティスが泊まっていた部屋。

 ルーフェだけ呼んだはずなのに、セイジもついてきてハシバは不満げな声を漏らした。


「あのな、いかにも内緒話しますって雰囲気出してスルーしろも無理な話だろ。聞かれたくない話なら昨日話しとけ」

「……別行動するとは思わなかったもので」

「そら仕方ない。ま、俺のことは気にせず話してくれよ」


 そう言われたところではいそうですかというわけにはいかない。

 からからと笑うセイジに対してハシバは苦い顔だ。


「……ねえ、話あるなら早くしてよ。あと手離して」


 ルーフェが横から口を挟んでようやく、ずっと手を握りっぱなしだったことに気づいた。


「あ……すみません。えぇ、と……」


 ハシバは手を離してルーフェに向き直る。

 色々と言いたいことはあったがセイジが視界に入り、どう切り出すか逡巡する。


 こちらをじっと見つめるエメラルドグリーンの瞳に自分の姿が映っている。直視できなくて視線を逸らすとおろした長い髪が目についた。


「……髪、結びます。ブラシとかありますか?」

「あ、うん。じゃお願い」


 ルーフェは椅子に腰掛け、ハシバがその後ろに立つ。セイジは気遣っているのかある程度距離を取ってもう一脚の椅子に座った。

 髪を結びながら触れるルーフェはほのかに温かく、すぐに魔力切れになりそうな感じではないことに胸を撫でおろす。とはいえ別行動を取るのであれば少しでも魔力を渡してしまいたかったがそうもいかない。

 普段であればルーフェから他愛ない話がされるところだが、今日はセイジがいるせいか無言を貫いている。どうも沈黙の魔女という異名は伊達ではなさそうだ。

 気まずい雰囲気を察したのかセイジがルーフェに話しかける。


「いつもこうやって髪を?」

「なにか問題でも?」

「いえ、そういうわけでは」


 愛想ゼロパーセントなルーフェの回答にセイジは苦笑した。仕方ないとばかりに矛先をハシバへ変える。


「ミツルお前、ほんと器用だな。髪結ぶってどこで習うんだよ」

「神殿で周りの方達に仕込まれたもので」

「あぁ、なるほど。女所帯だもんな水神殿は」

「そういうことです。……それはそうと、あのトウマって人。無礼すぎやしませんか」

「あー……あいつな。いや、あれくらい元気があった方がいい。会った当初は無気力で今にも死にそうなツラしてたからな。それに比べれば多少の口の悪さはかわいいもんだ」

「……なんでまたそんな人を雇ってるんですか」

「雇ってる?」


 ルーフェが口を挟む。


「仕事だと言っていましたから。ミカサ家で雇ってるんでしょう?」

「おう、ご明察だ。いやなに、お前達を探すのに巫子の力があると便利だってことに気づいてな。サヤ様に近かった存在ってことで五家の監視下に置いてた中から見つけたのがあいつらだ」

「他にもっといたでしょうに」


 幼かったため記憶は曖昧だが、サヤ付きの巫子は相当数いたはずだ。その中で選ばれたにしては人選に難有りじゃないだろうかとハシバは思う。


「もちろん他にもいたさ。でも今もまだ力が残ってるってやつはあの二人くらいしかいなかったんだ。特にトウマ、あいつはああ見えてそのへんの巫子と同等以上の力がある。……十六年前だともっとあったはずだ。辞めさせられたって表現になるのも一理ある」

「とてもそうは見えませんが……」

「人は見かけによらぬもの、だろ? あいつはあんな外見だがれっきとしたノルテイスラの民だ。身元もはっきりしている」

「トウマ……ですから、アオヤギの分家ですか」

「そうだ。先代の当主の末子として登録されている。まぁ、夫の種とは違ったわけだが」


 裏三家の一つ、アオヤギ家。トウマ家はそこの分家筋で、一代前は女性が当主を継いでいたとハシバは記憶している。

 それが正しければ、トウマはその当主の不貞の子だ。


「トウマが変わり種であることはトウマ自身に一切瑕疵はない。親の罪まであいつが背負う必要はないだろ」


 きっぱり言い切るセイジの言葉にかげりはない。

 セイジが人の出自にこだわらないことは他でもないハシバ自身が一番理解している。裏切り者の『白』の子だと手のひらを返す大人たちが大多数を占める中、セイジは態度が変わらなかった数少ない人の一人だ。


「ま、あいつがきょうだいの中で一番巫子の力が強かったってのは皮肉だな。サヤ様に見初められ、サヤ様付きの巫子の中でも指折りの存在にまでなった。実力は確かだよ。だからまぁ、安心して欲しい。魔力が必要となっても巫子はいるから」


 後半はルーフェに対しての言葉だがそれはハシバには到底受け入れられないものだった。


「ルーフェ殿に関しては今は僕が姫から一任されていますので。余計なことはしないでもらえますか」


 思いのほか強い剣幕にセイジはわずかに目を見張る。


「そうか? まぁ不要ならそれでもいい」

「あのさ、別に二、三日くらいどうってことないから」


 呆れたようにルーフェが口を挟んだ。

 髪も結び終えたので立ち上がり、ハシバに向き直る。


「それより今の話、レティスにもするけどいいわよね?」

「え?」

「元巫子の話。五家で雇ってるってことも」

「いいです、けど……」

「レティスには色々知ってもらいたいから。こんな話するなら連れてきたのに」

「…………」


 またか、と思う。

 またレティスは違うのだと突きつけられてハシバは口ごもった。


「なんだ、ルーフェ殿はレティスをいたく気に入ってるんだな」

「まぁ、ね。あなたが何を知りたいのかおおよそ予想はついてるけど、レティスもその席につかせてよ」

「それでルーフェ殿が話してくれるなら喜んで」

「あ、あともう一つ」


 ぐい、とルーフェはハシバの腕を取る。


「ハシバもよ。ハシバがちゃんとあなたの屋敷に着くまでは話する気ないから」

「え……」


 いきなり話を振られたことに驚き、ハシバはルーフェを見下ろす。


「なによ、約束したじゃない。忘れたの?」

「いえ、……覚えてます」


 レティスを見つけたらという条件はあったが、諸々を話すと。昨夜、浴場前でも同様のことを口にしていた。

 レティスは特別だとしても、ハシバ自身もけしてないがしろにされているわけではない事実に胸がつまる。

 ふと目尻が下がったのは無意識のうちで、ルーフェの目が一瞬丸くなったと思ったら腕が解かれ、ふいと顔を背けられた。


「……そういうことだから」


 セイジに向ける言葉には随分と棘があった。信用していないのがありありと読み取れるが、セイジはそれくらい織り込み済みなのか、意にも介していないようだ。


「もちろん構わない。むしろ神殿側の人間もいてもらわないと困るな」

「そ。じゃよろしくね」

「おう、よろしく頼むよ。……で、最後にひとついいか?」


 ついでとばかりにセイジは口を開く。隻眼が二人を上から下まで値踏みするように動き、ルーフェに視線が定まった。


「なに? 内容によるけど」

「ルーフェ殿とミツルって、付き人になる前から面識あったのか?」


 わざわざ聞く内容にも思えない質問に二人は顔を見合わせる。

 自分自身に関することであればハシバは言う言わないを決められるが、ルーフェに関わることであれば話は別だ。

 おそらく守秘義務に抵触してしまうと判断し、お任せしますと目でルーフェに訴える。


「まぁ、結構前からの知り合いではあるけど」


 嘘ではないがだいぶ曖昧な表現だなとハシバは思う。レティスがいない状況だと頑なに情報を渡したくない意図が汲み取れて内心苦笑した。


「結構前、か。……ハシバ呼びをする理由を伺っても?」

「なに、ひとつじゃなかったの?」

「はは、すまない。つい」


 全然悪びれずにセイジは笑う。

 ルーフェはわずかに逡巡した後、ハシバを見上げた。ハシバ呼びになったのは他ならぬハシバからの頼みではあるのだが、それを言っていいものか迷っているようだ。


 ハシバは首を横に振り、ルーフェに代わって口を開いた。


「セイジさん。遠回しに聞いてますが、要は僕の本来の名前を知っているかどうか、ですよね? ご存知ですよ」

「そうなのか」

「はい。それが何か?」

「何、というわけでもないが。――そうか、随分とルーフェ殿は水神殿の事情に明るいんだな」


 含みのある言葉にハシバはぐっと口をつぐんだ。

 ハシバからすれば昔から水神殿に出入りして筆頭巫女のマナと懇意にしているルーフェが神殿の内部事情に詳しいのは分かりきったことだった。けれど第三者のセイジからすればルーフェは風の魔導師であってそれ以上でもそれ以下でもない。


 よそ者にも関わらず、何故こうもノルテイスラの裏事情に詳しいのか。


 言外に水神殿とルーフェの繋がりを指摘され、ハシバの背中を嫌な汗が流れる。

 対するルーフェは特に気にした様子もなく、セイジに問い返す。


「明るかったら何か問題でも?」

「いやそんな。むしろ話が早くて助かるというか……十六年前のこと、じっくりお聞かせ願いたいくらいだ」

「…………ま、気が向いたらね」


 話す義理はない、とルーフェはにこりと口だけ笑う。


「もういいでしょ? そろそろ準備したいから」

「あぁ、長居して悪かったな」

「失礼しました」


 頭を下げてハシバは足早に部屋を出る。

 これ以上ルーフェとセイジの二人を接触させて痛くもない腹を探られるのは遠慮願いたいところだった。




 場所を隣の部屋――セイジとハシバの二人部屋へ移し、少ない荷物をまとめて一段落しているとセイジから声がかかった。


「なぁ、ミツル」


 セイジに視線を移すとそう大きくないリュックに荷物を詰め終わったところだった。元から期間限定ということもあり、最低限の荷物で生活していたらしい。


「さっきルーフェ殿と何を話そうと思ってたんだ? まさか髪結ぶためだけに連れ出したわけじゃないだろ?」

「……すみませんが、お答えしかねます」


 体調はどうか、トウマには気をつけろと念押ししたかったがある程度は伝わったと思いたい。できれば少しでも魔力を渡したかったがそれは叶わなかった。


「ま、そうくるわな」

「……あの、お願い出来る立場ではないのは重々承知ですが、くれぐれもよろしくお願いします」

「おいおい、俺を誰だと思ってんだ? 任せろよ」


 誰の何のことかまるきり伏せたお願いだったがちゃんと伝わったようだ。

 セイジはからからと笑ったかと思うとハシバの肩をどんと叩く。


「ま、俺から言えるのはお前はもうちょっと冷静になれってところだな」

「……?」

「あのな、トウマと張り合ってどうするんだ。何も得るものないだろ。たわごとだと流しておけばいい」

「それはそう、ですが……」

「他地方に来て弱体化しているとはいえ魔導師は魔導師だ。自分の身くらい自分で守れるだろうし、必要であれば魔力を求めるのは当然のこと。いくらマナ様から託されたとはいえ、お前が口出しすることじゃないだろ? そのへんはトウマの方がわきまえているように見える」

「…………」


 巫子はあくまで魔導師を支えるパーツでしかないと言外に諭され、ハシバは押し黙る。

 セイジの言うことはもっともなのだが気持ちが追いつかない。


 この二年近く、ずっとルーフェと共にいたのだ。昔からの知り合いとはいえ当初は互いに意に沿わない状況だったこともあり、よそよそしく他人行儀な状態。そこから少しずつ距離を縮めていった。

 魔力移しをするといってもそれはあくまで必要最低限、生きるためだけの行為だと割り切ったもの。そういうスタンスをとるルーフェを否定しないことでハシバは自分自身にも折り合いをつける。

 ルーフェに付き従う巫子は自分だけ。その状況を壊さないよう旅をしてきた。

 巫子でなくともルーフェに声をかけてくる輩はいくらでもいたが、大抵はハシバがひと睨みすると去っていく。すくすく伸びた背丈と目つきの悪さに感謝する日が来るとは思ってもいなかった。

 けれどそれもトウマには通じない。そして立場にこだわらなければルーフェからするとトウマもハシバも巫子の力を持つ者として等しい存在だ。

 同列である以上、排除する資格も必要性もないことは頭では理解していた。


「けして深入りすることなく、当たり障りなく付き合うことが出来ずに巫子は務まらん。それくらい分かっているだろう?」


 巫子に惚れた腫れたはご法度だと、セイジの隻眼が雄弁に語っている。

 精霊に愛されし者である巫子の力は儚いものだ。

 精霊は総じて嫉妬深い存在とされ、巫子が精霊以外の者に心を奪われることを決して許さない。魔力の授受という特殊な力は精霊から授かったもので、他者への好意を口にした途端、あっけなくその力は失われてしまうのだという。


「…………理解しているつもりです」


 セイジ相手に嘘は通じない。取り繕う言葉が思い浮かばない以上、口から出たのは精一杯の強がりだった。


「そうか、ならいい。お、そろそろ時間だ、行くか」


 立ち上がったセイジの声には労るような色がわずかに滲んでいた。

 セイジからするとルーフェは勝手にノルテイスラに首を突っこんでくる厄介な他地方の魔導師でしかない。招かれざる客の相手をすることに対するねぎらいの眼差しを向けるセイジの姿は昔と何ら変わりなく、変わってしまったのはこちらの方なのだと思い知らされる。


 こんな形で向き合いたくはなかった。――セイジとも、自分自身とも。


 雑念を取り払うようにハシバは頭を振る。まとめた荷物を背負い、セイジの後を追った。





お読みいただきありがとうございました。

これにて三章終了、次回より四章・・・の前に、整理のために三章終了時点での登場人物紹介を挟みます。

今後の執筆の励みとなるためページ下部のいいねや☆ポイントでの応援いただけたら嬉しいですm(_ _)m


四章から物語は後半に入ります。

これからネタバレやら書きたかった箇所ががっつり書けるので自分でも楽しみです。


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