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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第二章 追う者追われる者
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11 一石三鳥

 ちらちらと刺さるような光を感じてまぶたを開けると、あたりはすっかり明るくなっていた。見慣れない天井が視界に入ってレティスは一気に覚醒した。


「……っ」


 上体を起こしてみればカーテンの隙間から朝の光が漏れて部屋を照らしている。身体の上にはちゃんと毛布がかけられていた。


「……あー、……」


 少しだけのつもりがあのままぐっすり寝てしまっていた。

 やらかしてしまったと頭をかくと追い打ちをかけるかのように頭の上に重みがかかる。


「……シズ。おはよう」


 ふわふわの身体を抱え下ろして視線を合わせるとシズはどこか嬉しそうに目を細め、鼻をひくつかせた。手から伝わる体温が心地良い。早鐘を打つような鼓動に生命を感じていたら入り口の扉が開かれた。

 わずかに警戒したレティスの目に入ったのは朝の陽の光に反射する亜麻色の髪。顔だけ覗かせたルーフェはレティスが起きているのを見てとり部屋の中へ入ってきた。


「あ、起きた? おはよう、レティス」

「おはよう。ってかごめん、またあとでって言ってたのに寝ちゃって」


 あわててベッドからおりるレティスにルーフェは「そんな日もあるわよ」と笑顔を返す。


「よく寝てたから起こすの忍びなくって。体調はどう?」

「……すごくすっきりしてる」


 壁にかけられた魔道具時計を見ると短針がちょうど左あたりを示している。泥のように眠ったおかげか、頭も体もスッキリしていた。


「そ、良かった。顔洗って朝ご飯にしましょ。レティスの分残してくれてるみたいだから」



*****



 食堂に降りると何やら人だかりができていた。


「セイジさんそんな、急じゃないすか」

「そうだよ、ここを出ていくってまたなんで……」

「だから、最初から言っていただろう。期間限定だと」


 よく見れば何人かの男たちがセイジを中心に囲って話をしているようだ。昨日見かけた魔法使いと酔っ払いの男の他にも三人の計五人。クラキとトウマは様子をうかがうように輪から少し離れたところにいる。


 ハシバは食堂に入ってきたルーフェとレティスの姿を認めて近寄ってきた。


「なに、まだ揉めてるの?」

「見ての通りですね」

「はぁ。まぁいいわ、今のうちにご飯すませちゃいましょ」


 ルーフェに促されるまま空いたテーブルの席の一つに座る。

 目の端に映る、きらきらと光る何かが気になってレティスは窓の方へ顔を向けた。

 食堂の窓から覗く空は薄く雲がかかっているも雪は止んでいる。雲の隙間から降り注ぐ陽の光を受けて積もった雪がきらきらと光る。まぶしく感じていたのはこれだったようだ。


「どうぞ」

「あっ、ありがとう……あとおはようございます」


 ハシバに声をかけられてレティスが視線を戻すと、目の前に香ばしい香りのパンが乗った皿と湯気を立てる白い液体が入ったコップが置かれていた。


「いえ。おはようございます」


 素っ気なく朝の挨拶を返し、ハシバはルーフェとレティスに向かい合う席に座った。

 いただきますと礼をしてレティスはコップの中身を口に含む。ホットミルクだ。じんわり温かく、寝起きの身体に染み渡る。

 テーブルの上で毛づくろいを始めたシズを横目にルーフェが口を開いた。


「なんかね、セイジがここを出ていくって言ったらこんな感じになっちゃって」

「どうもこのあたりで腐っていた人たちを集めて世話していたらしいです」

「世話、って……」


 なんでまたとパンを口に含みながら首を傾げたレティスに答えたのはクラキとトウマだった。

 二人はハシバの隣、空いた席に腰を下ろした。


「治安向上のためですよ。ごろつきを野放しにしていて良いことなんてひとつもない。稼ぐ術を知らない彼らに魔獣の倒し方や魔石の取り方を教えてやれば、自立もできて魔獣の被害も減る」

「ついでにルーフェちゃんたちを探す手足も増えるから一石三鳥ってわけだ」

「元から期間限定、あなた方を見つけるまでという話だったんですが……まぁ、人間贅沢に慣れると元に戻りたくはないってわけで」


 ねぐらがあって温かい食事が出て、何不自由ない生活が出来ている状況からまた不安定な生活に落ちるかもしれないとなると抵抗もするだろう。

 クラキとトウマの二人は当初からセイジに付き従っていたが、他の五人は別。いずれも職を失った者らしく、このあたりで野盗まがいのことをしていたところをセイジが制圧したという。排除するのではなく自立を促すとともに、ルーフェとハシバを探す手伝いをさせていたそうだ。

 ルーフェとハシバが南島にいるというところまでは足取りがつかめていたが、それ以上はなかなか情報が入ってこない。とはいえ大祭前に大神殿に戻るのは必然だったためナーシス付近で待ち伏せをすることに決め、この廃宿に居を構えていたのだという。


「黙って出て行ってもいいでしょうに、義理堅い方です。今後の役に立つだろうって魔法使いギルドに登録までさせてましたよ」

「まー生きてくには金がいるからな。魔石を金に変えるならギルドしかない。未加工で持ってても役立つのは巫子くらいだし」

「え……、ノルテイスラでは魔石って魔法使いギルドでしか換金できないんですか?」

「? そうだけど、そういうもんだろ?」


 驚いたような声を出すレティスにトウマはさも当然、といった風に返した。


「……魔法使いギルドって一口に言っても、地方によって用途が違うから。三日月の南(スーティラ)では魔石そのものをお金代わりに使えるとも聞くし。ノルテイスラでは、魔法使いに関することはギルドが一手に担っているの」


 レティスに助け船を出したのはルーフェだ。


 ギルド−−各種の職業別組合。ノルテイスラでギルドというと概ね魔法使いギルドのことを指し、魔法使い向けの仕事の斡旋所のことをそう呼んでいる。ギルドは国内各地にあるが、運営主やその性質は地方によって様々だ。

 ノルテイスラでは魔法に関わる雑事全てを魔法使いギルドを通して行うように勧められている。魔獣の討伐依頼や魔石の換金はもちろん、魔道具の修繕といった日々の生活に根ざしたものまで対象範囲は幅広い。


「その魔法使いギルドの大元の運営が五家ってわけ。ギルドは五家の息がかかっているようなものだからこれまであんまり立ち寄ってなかったの」


 そう言って眉尻を下げるルーフェ。

 レティスが尻尾を掴ませてしまった原因であることは紛うことなき事実で、なんともいたたまれない。しゅんとする様子を見てとり、ルーフェは「気にしないで」とレティスの落ちた肩を叩いた。


「なるほどなー。通りで捕まらないわけだよ」

「セイジさんの言っていたことは正しかったってわけですね」


 ギルドで情報を集めたところで無駄だと早々に見切りをつけたのはさすがだとトウマとクラキはセイジを褒め称える。


「……これだから敵に回したくないんです」


 ぼそりとつぶやいたのはハシバで、話にわく元巫子二人をよそに苦々しい表情を浮かべていた。


「あ、そうだルーフェちゃん。俺あとで聞きたいことがあるんだけど」


 さも今思い出したかのようにトウマが話題を変えた。

 訝しげに視線を向けたルーフェが何か言うより早く、ハシバが鋭く口を挟む。


「その呼び方。不敬です、改めてください」

「なんだよミツル。割り込んでくるなって。第一そこのレティスってやつは呼び捨てにしてんじゃねーか」

「えっ」


 急に話を振られてレティスは面食らった。

 確かに言われてみれば、である。初対面の時に呼び捨てでいいと言われてそのまま呼んでいたが、よくよく考えてみればルーフェは気軽に名を呼んでいい立場の人ではない。

 ハシバはもちろん、あの五家の一角というセイジですらルーフェを敬称で呼んでいる。


「え、……と」

「レティスはいいの。っていうか、別に好きに呼べばいいわ」


 戸惑ったレティスに釘をさすようにルーフェは答えた。

 ほらな、と勝ち誇ったような顔を見せるトウマにハシバは冷ややかな視線を返す。クラキはその隣で肩をすくめてため息をついた。


「トウマお前、あんま調子乗ってるといつか痛い目見るからな」

「そんなヘマはしねーよ」


 クラキの忠告もどこ吹く風。トウマは片肘をついてにっと口角を上げた。はちみつ色の瞳が細められ、ルーフェを観察するように見つめている。

 端正な顔立ちに誰もが見惚れてしまいそうなものだが、ルーフェはわずかに眉をひそめてうっとおしいとばかりにため息をついた。


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