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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第二章 追う者追われる者
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8 閑話

雑談中心、ほのぼの(?)回です。

 クラキが用意してくれた食事は鍋物だった。男所帯な上に誰も料理が得意な者がいないとなると自然と何でもぶちこめばいい鍋が中心になるという。

 村に仕入れにいったばかりということで材料は豊富にあるらしく、夜中にしては多い量の鍋がテーブルの上に置かれた。いただきますの礼をしてハシバはためらいなく箸を運んでいく。

 ルーフェとレティスの前には水が置かれた。ルーフェに本当に食べなくていいのかとレティスは小声で聞いたが「私はいいから」と遠慮ぎみに微笑まれては返す言葉がなかった。ルーフェが食べないことにハシバをはじめセイジやクラキが気にする素振りはない。


(……魔導師、だから……)


 本当に食事を必要としないのだと現実を突きつけられるとともに、突拍子もないことが続いて状況整理が全然追いついていない。


 頭らしき隻眼の男――セイジはルーフェやハシバと単純に敵対関係にあるわけではなさそうだった。むしろハシバとの会話は気安く、親しさが感じとれる。

 逆に先程の会話からルーフェにとっては招かれざる客のようだ。レティスのせいで不本意な状況に陥ったにも関わらず、ルーフェはレティスを責めることはなくむしろ労ってくれすらある。


 どうしてここまで親切にしてくれるのか。真意を聞きたいがセイジたちがいる状況ではそれもままならない。


 セイジたちがいるためかルーフェは口数が少なく、ハシバは食事中ということもあるが元から話題を振るタイプでもない。癒やしの存在でもあるシズはというとレティスの膝の上で丸くなり寝息を立てている。

 どこか気まずい沈黙を破ったのはセイジだった。何かを思い出したかのように「そうそう」とぽんと手を叩く。


「休む部屋なんだが、あいにく使えそうなのがさっきまでレティスがいた二人部屋しかない。ミツルかレティス、どちらかは俺と相部屋だ」


 あえて言わないが監視も兼ねているのだろう。

 いきなりの提案に三者三様顔を見合わせる。


「まぁミツルとルーフェ殿が同部屋でいいか。レティス、おっさんと相部屋で悪いな」

「いえ、僕は別にそのあたりの床でいいです。ルーフェ殿が一人で使えばいいのでは」

「……? 慣れてるやつの方がいいと思ったんだが、それでいいのか?」


 ハシバを見やり、怪訝な顔をするセイジ。


「トウマのやつは喜びそうですけどね」


 割って入ったのはクラキだ。


「あいつはあれでもサヤ様のお気に入りだったし、巫子としての力も強い。いざ魔力移しするって時に力不足で役に立たないってことはないでしょうね」

「だろうな。まぁ一応あいつも巫子のはしくれなわけだしルーフェ殿がいいなら別にいいが、」

「いいわけないでしょ。冗談にしてもタチが悪いわ」


 食い気味にルーフェは拒絶する。

 明らかに気分を害したようで声色に棘があった。


「……レティスと一緒でいい。話したいこともあるし」

「そうか、じゃあ決まりだな。あと風呂だが、離れに大浴場がある。が、あいにく男湯しか使えるようにしていなくてな」

「部屋にシャワーは?」

「ない。洗面所はあるが魔道具の整備まで手がまわってないから水しか出ないな」

「……そう」


 不満げに頷くルーフェ。


「まぁなんだ、レティスも含めて俺たちはすでに風呂は済ませてあるからゆっくりすればいい。別に一緒に入ってもらってもいいし」

「…………」


 セイジの言葉でルーフェに視線が注がれる。


「って、そんなわけないから」


 フリーズしたのもつかの間、吐き捨てるように言ってルーフェが机を叩く。


「交代で入ればいいんでしょ? 変なこと言わないで」

「そうか? 別に今更だろう」

「……あなたさ、デリカシーがないって言われない?」

「そんな食えんものはいらんな」


 顔色ひとつ変えず、セイジはさらりと返した。


「とにかく、余計なお世話だって言ってるの」

「セイジさん、この話はそのへんで」


 語気を強めたルーフェに同調するような形でハシバが口を挟んだ。

 おや、と眉を上げたセイジを一瞥してルーフェは席を立つ。


「気分が優れないから下がらせてもらうわ。レティス、行きましょ」

「あ、うん」

「レティス、部屋はさっきまで君がいた部屋を使ってくれたらいい。案内頼むよ」


 頷きをもって返事として、ルーフェとレティスは食堂を後にした。



◇◇◇



「なぁ、部屋は別でよかったのか?」


 階段を上る足音を遠くに聞きながら、セイジはハシバに問いかける。

 食事はほとんど食べ終えた状態だ。クラキは厨房で何やら作業をしているので食堂にはセイジとハシバの二人しかいない。

 魔力移しのことを言っているのが分からないハシバではなく、淡々と答える。


「彼女が決めたことに従うまでです。僕に決定権はありません」


 第一、同じ部屋になったところで周囲に知り合いがいる状況だ。魔力移しの流れになるとは到底考えられなかった。


「そうか。まぁ見ての通り男所帯だからな、遠慮してもらえるのは助かるっちゃあ助かる」

「……仮に同じ部屋だったとしても、この状況ではしませんよ」


 なんせルーフェは魔導師でありながら魔力移しに抵抗がある。

 正確には、魔力移しそのものではなく”魔力移しのために身体を重ねること”にだ。

 魔力を糧に生きる魔導師にとってはきわめて異質で危うい考えになるのだが、それをわざわざセイジに言う必要はない。


「そうなのか? サヤ様は所構わずって聞いたもんでつい、な」


 悪びれずにセイジは笑う。

 右目に眼帯、額に傷といかつい見た目をしているセイジだが、人好きのする笑顔を見せるためか不思議と怖い印象はなかった。


「なぁミツル。ついでに一個聞いていいか?」

「なんですか?」

「どうやってあの沈黙の魔女を手懐けたんだ?」

「……セイジさん、言い方」


 随分な言われようだ。


「お前相手に取り繕ったって意味ないだろ」

「まぁ、そうですけど。手懐けてなんてないですよ、普通に話はするだけで。……そんなに意外ですか?」

「意外だな。俺はさっきので今まで分以上の会話をしたくらいだ。お前も彼女の異名くらい知ってるだろ?」

「もちろん知ってます。けど、大げさに言っているだけかと……」


 都合が悪い時に黙りこむのはよく見ていたが、普段ルーフェはどちらかというとお喋りな方だ。セイジたちを前にして貝のように押し黙る姿はある種新鮮で、『沈黙の魔女』という異名は伊達ではなかったことを知る。

 けれど不本意な状況にも関わらず受け入れてくれた現状はハシバの知るルーフェそのもの。納得できずとも人の言葉を聞き、折れることができる。


「……優しい方です。あまり悪くとらないでください」

「ふむ。……話をするのに骨が折れそうだと思っていたが、そうでもなさそうだな。いや良かった」

「僕はあくまで神殿側の人間です。セイジさん側には立てませんよ」

「それでもさっきみたいに諌めてはくれるだろ? それに、レティスがいる。俺相手に話はできずとも、レティスに対してはそうでもなさそうだ」


 にやりとセイジは笑う。

 魔導師であるルーフェ自らが探しに来たレティスはどうも特別であるということをセイジは見抜いている。


「……」


 ハシバは否定も肯定もしない。ただ沈黙を守るのみだ。

 食べ終えたのでごちそうさまの礼をして、食器をまとめる。厨房から出てきたクラキに片付けくらいはすると告げると意外そうな顔をされた。下がっていいというセイジの言葉にクラキは従い、食堂を後にする。


 食堂の広さの割にこぢんまりとした厨房内は清潔さはあったが物が雑然と置かれ、整理整頓とは程遠い。シンクに食べ終えた食器を置き、洗い物を始める。平均的な台の高さだろうがハシバにしてみたらどれもこれも低くて屈まないといけない。比較的小柄なクラキが厨房担当らしいのはその辺にも理由がありそうだ。

 セイジは特にハシバを手伝うことなく、厨房に置いてあった椅子に腰掛ける。洗い物をするハシバの背中に声をかけた。


「しかし、トウマやクラキからサヤ様の話を聞くが同じ魔導師でも全然違うんだな。トウマいわく、風呂なんて毎日一緒に入ってたらしいが」

「誰も彼もがサヤ様と同じなわけないでしょう」

「それはそう、だが。なんだ、お前達一緒に入ったことないのか?」

「…………」


 あると言えば、ある。

 最近ではなくハシバが幼い頃の話だ。


 たびたび水神殿を訪れるルーフェにハシバは懐いていた。大祭間近で準備のために巫子たちは忙しく、幼いハシバにまで手が回らない。そんな中、ルーフェは遊び相手はもとより世話までしてくれ、その流れで何度か風呂に入れてもらったことはあるが数に入れていいものか。


 時間にしてわずか数秒。逡巡した結果、ハシバは「ないです」と答えたがセイジはにやりと口端を上げた。


「ま、そういうことにしといてやるよ」





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