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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第二章 追う者追われる者
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6 規格外の男

少し長めです。

 足を踏み入れた宿屋内は暖かく、外との気温差で一気に眼鏡が曇ってしまった。

 視界が制限されるのが煩わしくてハシバは眼鏡を取り、手袋で拭う。かけ直して斜め後ろを見下ろすとルーフェが不満げな表情を隠そうともせずにまっすぐ前を見つめていた。

 視線の先では、隻眼の男――セイジが悠々と歩みを進めている。


「こっちだ。もてなす場所ではなくて悪いな」


 案内されたのはどうやら食堂のようだった。大きなテーブルを二つ残してあとは端に寄せられている。椅子も必要最低限を残して同じく部屋の隅へ寄せられ、大きな空間ができていた。


 つかつかと歩みを進め、セイジはテーブルの向こう側へ立つ。ハシバは後を追うように食堂の中へ入ったが、ルーフェは入り口から動かなかった。


「そう警戒せずに。罠なんて何もない。中へどうぞ、ファーファネル卿」


 ファーファネル卿。ルーフェをその名で呼ぶということは魔導師扱いをするということに他ならない。


「……」


 恭しく礼をとるセイジに対するルーフェの眼差しは厳しい。

 沈黙を返事とされ、肩をすくめたセイジはハシバに声をかけた。


「ミツル、ファーファネル卿をお連れしてくれ」

「……」

「おいおい、お前までだんまりはやめてくれよ」

「……いえ、その。状況整理ができていなくて」

「なんで俺がここにいるのかって? 敏いお前なら分かってるだろう」


 セイジの口の端がわずかに上がる。


「そんな固くならなくてもいい。敵意はないし、傷つけたいわけでもないんだ。ただ、ちょっと話をしようじゃないか」

「……話をしたいと仰られても、僕から別に話すことはありません」

「お前達にはなくても俺にはある」

「聞き入れる義務はありませんよね」

「まぁ、な。でもお前達は来た。レティスを追って。いやぁ、聞きたいことが増えちまったな」


 セイジの口からレティスの名前が発せられたことでハシバの片眉が上がる。

 レティスの存在を知っているということはつまり、拐かしたのは間違いなくセイジであるということに他ならない。


 ――話がしたいがために、わざわざそんな手荒な真似をする必要があるのか。


 そこがハシバには理解できなかった。


「本当に話がしたいだけなんですか?」

「お、話してくれるのか?」

「……いえ、僕の一存では何とも。少なくとも神殿を通してもらわないと」


 これは半分嘘だ。巫子姫の側近と言われるだけあって、ハシバにはある程度の裁量が与えられている。

 そのことを知らないセイジではなく、ハッと乾いた笑いをあげた。


「ほんと食えないやつだよお前は。まぁ、何の話をしたいのか聞いてこないってことは勘付いてはいるんだろ?」

「何のことでしょうか」


 愛想笑いを顔に貼りつけ、ハシバは横目でルーフェの様子をうかがう。

 レティスの名がセイジの口から出てことでより一層不信感を強めたのか、杖を握りしめる手に力が入っているのが見てとれる。


「ファーファネル卿。話をする気にはなれませんかな?」

「…………」

「ふむ。つれないな、沈黙の魔女殿は。さっき、目が合ったというのに」

「……? 目が合った?」


 ハシバのつぶやきにセイジは事もなげに答える。


「ん? さっき探索の魔法使ってこっち探ってただろ。いやあれは見事だった」

「…………」


 ――やはりこの人は規格外だと改めてハシバは実感する。


 同時に先程魔法を使った時のルーフェの様子がおかしかったのもこれで合点がいった。魔法を使って覗いた先の相手と目が合った時の衝撃たるや、杖を手放すのも無理はない。


 納得したところで食堂の奥、厨房の方から何やら音が聞こえてきた。


「セイジさん、連れてきましたよ」


 扉を抜けて現れたのは三人の男達。


「――レティス!」


 誰よりも早く声を上げたのはルーフェだった。

 細身の優男、小柄な丸眼鏡の男に挟まれる形で連れてこられたレティスは目隠しをされている。レティスはルーフェに名を呼ばれ驚いたような声をあげた。


「! その声……ルーフェ?」

「おっと、動くなよ」


 一歩前へ出ようとしたレティスを優男が肩を掴んで止めた。懐からナイフを取り出し、頬に刃を当てる。少しでも動けば傷がつきそうだ。

 とっさに杖をかざしたルーフェをセイジが言葉で制止する。


「おとなしくしてくれたら傷つけるつもりはない」

「……刃物をちらつかせておいてよく言えたものね」

「仕方ないだろう? こうでもしないと貴殿は言葉すら交わしてくれないのだから」

「……」

「それに、この二人――トウマとクラキは巫子だ。お得意の魔法は通じない」

「「!」」


 何の前触れもなくさらりと言われた言葉に耳を疑った。


 ――巫子。巫子、と言ったのか今。


 ハシバは無遠慮にトウマとクラキを見比べる。どちらがどちらか預かり知らないが、端正な顔立ちをした優男に、小柄な丸眼鏡の男。知った顔ではない、と思う。

 断言できないのは三十半ばくらいに見える男達の年齢が引っかかったからだ。巫子というのが本当であるなら、二人は――


「……そう言われましても、存じ上げませんね」

「なんだミツル。顔見知りじゃないのか?」

「仕方ないですよ、セイジさん。こいつは小さかったから。覚えてないのも無理はないです」

「そうそう。第一、サヤ様付きじゃなくマナ様預かりだったしな。俺らもちびがいるのが珍しくて覚えてただけで」

「…………もしかして、サヤ様の……?」


 可能性のひとつとして頭をよぎった名をつぶやくと、巫子だという男二人はまんざらでもない顔をした。


「そうだよ。やっと思い出したか?」

「久しぶりだな、『白』の坊ちゃん」


 細身の優男がトウマ、丸眼鏡の男がクラキだと名乗った。

 名を聞いてもピンとこなかったが、神殿の内情に詳しいことから本当に巫子だったのだろう。


 ハシバがマナ預かりであること。そして『白』と呼ぶこと。どちらも当時神殿にいないと把握できないことだ。


 現在、水神殿にはハシバ以外に男の巫子はいないが、過去には男女同数程いた。先代の水の魔導師、サヤが健在の頃。サヤの魔力移しの相手としてわずかでも力のある男の巫子はあますことなく神殿に抱えられていた。

 そんな中、幼いながらに巫子の才があると神殿に連れてこられたハシバは叔母がマナの側近であったという理由から、サヤと切り離された環境に身をおいていた。サヤ付きの巫子とは神殿内ですれ違う程度の関係でしかなく、また、十六年も前のことなので記憶が曖昧だった。


「……巫子、ですって……?」


 掠れたようなルーフェの声にハシバは振り返る。

 杖を握りしめるルーフェの眼差しは険しく、いつの間にかハシバの側まで近寄ってきていた。


「どういうこと? なんで巫子がいるの? まさか神殿が一枚噛んで、」

「それはないです」


 食い気味にハシバが否定する。


「神殿で姫の意向に反する人はいません。姫がこんな横暴を許すはずがない」

「――そう、神殿は無関係だ。この二人は巫子といっても”元”だよ。十六年前、大量に辞めさせられたうちの二人だ」


 仲介に入ったのはセイジだ。

 視線で空いた椅子を示し、ルーフェに声をかける。


「どうぞおかけになってくれ。貴殿に座っていただかないと誰も座ることができない」

「……」


 ルーフェの表情は固いままだ。都合が悪くなると黙りこむのはいつものことだが、それにしても寡黙すぎてルーフェの中でどんな葛藤があるのかハシバには推し量ることができない。

 壁にかけられた魔道具時計が時を刻む音が静かに響く。


 部屋の中の全員から視線を集める状況で、ルーフェはふうと息を吐いた。


「……座りたいなら座ればいいじゃない。そんなことより、レティスを解放して」

「話し合いに応じてくれるなら、喜んで」


 低く告げるルーフェの言葉にセイジはにこやかに笑顔を返した。


「なに、元から手荒な真似はしたくないんだ。こんな形になってしまって申し訳なく思うよ」

「レティスをさらっておいて、よくそんな事が言えるものね」

「どうとでも。手段を選んでいては貴殿は捕まらないものでな。俺の要求は、貴殿との対話だ。おとなしくしてくれるのならレティスも解放する。もちろん、身の保証もしよう」

「…………」


 信じられない、とエメラルドグリーンの瞳が如実に語っている。

 レティスを拐かされたこの状況でルーフェがそう思うのも無理はないが、ハシバは違った。


「……ルーフェ殿。セイジさんは約束を違えることはない。そこは僕が保証します」

「! ハシバ……?」


 困惑したような表情で見上げてくるルーフェの視線が痛い。

 立場的にハシバはルーフェの絶対的な味方ではあるのだが、状況に加えて相手が悪い。

 そして何より、ハシバにとってセイジは信頼に足る人物なのだ。幼い頃から公私共に関わりが深く、顔を合わせる機会も多い。

 良くも悪くも互いを知りすぎている関係性、とでも言うのだろうか。

 味方であればこの上なく頼りになるが、決して敵に回したくない人物。それがハシバのセイジへの見解だった。


「彼を解放してもらうのを目的とするならそう悪くない話だと思います。五家も貴女も立場上、おおっぴらに揉めたくないはずです。お互い、あくまで内々の話とすればいいのではないですか?」

「さすがミツル、話が分かるな」


 頷くセイジ。


「…………バジェステにこれ以上迷惑はかけられない、か」


 側にいるハシバにのみ聞こえるような声量でルーフェがつぶやく。杖を握る手の力が緩んだのが見てとれたので頑なな態度をほぐすことには成功したようだ。


 ふと、顔を上げたルーフェと目線が合った。いまだためらいの色が残るルーフェを安心させるよう、ハシバは口を開く。


「折れてくださってありがとうございます」

「……話が通じる人、なんでしょ?」

「はい」

「…………わかった。いいわ。話がしたいのね」


 そう言って、ルーフェはセイジを見据える。

 ふうとため息をつくと握っていた杖は石が先端についただけのただの棒へと姿を変えた。


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