3 優先順位
宿を出たルーフェとハシバはまず変なやつらが泊まっていたという北の宿屋へ向かった。
アズサの兄の情報通り、該当する人物達はすでに宿を後にしたという。どこへ向かったか聞くが、知る由もないと宿の主人は困惑顔だ。
何か少しでも情報が欲しいと食い下がっていると、店の奥から主人の妻らしき恰幅の良い女性が出てきた。
「一体何の騒ぎだい?」
「いや、昼間宿を出たやつらの行き先を知らないかってしつこくてよ」
「昼間宿を出たやつら?」
「ほら、最近ここらででかい顔してる魔法使い達だよ」
羽振りが良いから最近よく泊めてるだろと主人は妻に言う。
「あぁ、あの人らね。行き先だっけ? 多分北じゃないかい?」
そんなことも知らないのかいと言いたげな口調だった。
「『もうじき大祭だし、北で待つか』とか、食堂で話してたじゃないか。あんたもいただろ?」
「そ、そうだったか?」
しっかりしないかと背中を叩かれ、主人はたじたじだ。
「ありがとうございます、北ですね」
ハシバが礼をする。方角が分かっただけでも大助かりだった。
宿を後にしようとする二人だったが、主人の妻に引き止められた。
「ちょっと待った、まさかあんたら、これから村の外へ行くのかい?」
「そのつもりですが」
「やめたほうがいい。雪が降る中、村の外へ出るのは危険だよ。明日にした方がいい」
それはその通りだが、それはレティスを攫ったと思しき相手も同じ。
朝になってしまえば、もっと遠くへ行ってしまうかもしれない。今晩のうちに見つけなければいけなかった。
「お言葉は有り難いですが、急いでいるので」
「そうかい? 気をつけるんだよ。北の街道には、宿や商店がちらほらあるから危ないと思う前にそこで休むようにね」
ただ廃業している所もあるから気をつけるようにと主人の妻がカウンターから地図を出してくれた。
「ありがとうございます、本当に」
交渉事は地元民のハシバの担当だとそれまで黙っていたルーフェだったが、地図を受け取り、礼を言った。
さすがにフードを被ったままでは失礼だろうとフードを取ると、主人と妻と二人の目が丸くなる。
よそ者だと分かると大抵驚かれる、こんな反応ももはや慣れっこだ。
「お邪魔しました」
そうして宿を後にする。
目的地は、北。
ひとまず村の北の街道へ抜けた二人は、地図を手に目的地を決めかねていた。
今日の馬車はもう出たと聞いた。その馬車も今晩はどこかの宿で一泊する予定だという。馬車を利用していないことも考えられるが、どちらにせよそう遠くへ行けないはずだ。
地図によると比較的近い所に稼働中の宿兼商店が一軒、少し離れた所に三軒あるらしく、規模は離れた方が大きいとのこと。三軒中一軒は廃業したようで×印がついている。レティスを連れているのであれば人目を避けるために廃業した宿も選択肢に入るのが悩ましい。
まずは一軒目を目指し、街道を北上する。そこにいれば御の字だが、問題はその先。日もすっかり暮れたのもあり、しらみつぶしするには時間があまりなかった。
「最初に彼を見つけた時のように魔法で探せないんですか?」
「うーん、それができたら良かったんだけど……」
まず探索の魔法はそれなりに魔力量を使うこと。ハシバの状態を鑑みると魔力は温存した方がいい状況だとルーフェは考える。
そして一番の理由として、シズの存在だ。
「レティス、シズを連れてってるでしょ。シズがいたら魔法で探すことはできない」
「何故ですか?」
「シズに魔法は効かないの。正しくは無効化されるというか……」
そこまで言ったところで先を行くハシバの動きが止まった。振り返り、ルーフェを見下ろす視線が鋭いような気がする。
「それ”も”初耳ですね」
「……ハシバ、普段魔法使わないでしょ? あえて言う必要がなかった、から……」
一見無害そうに見えて、あらゆる魔法を無効化する魔獣がシズだ。どんな魔法もシズには効かなかった。
魔法使いであるルーフェにとっては天敵のような存在だが、ハシバにくっついていれば害はない。
巫子といえハシバも魔法を使えることはルーフェも知っている。理由は知らないが使わないようにしていることも。使わないのであればわざわざ言う必要性もないだろうと黙っていたのだが、ハシバには逆効果だったようだ。
咎めるような雰囲気がありありと感じられてさすがに良心が痛む。
「ごめんなさい。……シズのことだけじゃなく、色々、黙ってて……」
レティスを見つけて、魔導師候補である可能性が浮上してきた以上、黙っているのは限界だと薄々感じてはいた。
そもそも、ルーフェは何も話していないのだ。
風の魔導師であるルーフェが何故水の魔導師候補を探しているのかという、そもそもの旅の理由すら口に出したことはない。ただマナに命じられるまま同行することになったハシバも理由を尋ねてきたことはなかった。
(……ハシバはどこまでマナから聞いてるんだろう)
――ルーフェの罪を、どこまで知っているのだろうか。
「……ここまで付き合ってくれたんだもの、ちゃんと話すわ。レティスを見つけたら、全部」
わざわざ二度話さずとも、二人揃ってから言えばいい。今は時間もないのだからとの思いからの言葉だった。
吐く息は白く、肌を刺すような風に乗ってまたたく間に溶けていった。
雪は遠慮なく降り注ぐ。
夜の闇に加え、眼鏡が白く曇って奥の瞳がよく見えない。
「そう、ですか。…………優先順位は彼の方が上、だと」
ハシバの声は小さく、今にも消えてしまいそうだった。
ひどく傷ついたような声色にも聞こえて、真意をはかりかねたルーフェは困惑するしかない。
「ハシバ……?」
「いえ、何でもないです。忘れてください」
雪を振り払うかのように頭を振り、ハシバは踵を返す。
続く言葉のトーンは常のように平静としていて、さっきのは気のせいかと思えた。
「時間がない、先を急ぎましょう。もうじき一軒目に着きます」