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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第二章 追う者追われる者
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2 問答

「俺はセイジ。君の名は?」

「……レティスだ」


 名乗られた手前、無視するのは忍びない。名前くらいはいいだろうとレティスは名乗った。


「そうか。レティスに聞きたいことがある。答えてくれるな?」

「…………」

「だんまりは利口じゃないな」


 黙りこむレティスにセイジは苦笑を返す。

 様子を見ていたトウマが持っていた袋からシズを取り出し、セイジに差し出した。


「セイジさん、これ」

「なんだ? ウサギ……いや、魔獣?」

「……おいそれ、マナ様のところにいたやつじゃないか」


 クラキは袋から現れた白い生き物に怪訝な顔をしただけだったが、セイジは明らかに顔色を変えた。


「そうなんですか?」

「あぁ、間違いない。大神殿になんで魔獣がと不思議に思ったもんさ」


 そう言ってセイジはおもむろに立ち上がった。トウマからシズを受け取り、レティスの前に立つ。


「レティス、こいつはルーフェ殿の使い魔か?」

「! ……ルーフェを知ってるのか?」

「もちろん知ってるさ。同行しているミツルも、よく知ってる」

「……ミツル?」

「ルーフェ殿に付き従っている男がいるだろ。ミツル・ハシバ。名前聞いてないのか?」

「……初めて聞いた。ずっと”ハシバ”ってルーフェは呼んでたから」


 ノルテイスラは諸島という閉じられた環境から独自の文化が発達したこともあり、名付けが独特だと言われている。遥か昔に隣国から影響を受けた名残りらしいが真偽の程は謎に包まれたまま。聞き慣れない音が多く、レティスは名乗られても姓か名か今ひとつ分かっていないのが本音だった。

 ルーフェもずっとハシバと呼んでいたこともあり、そういう名前なのだと思っていたくらいだ。


「ふむ。まぁルーフェ殿ならどう呼んでも不思議ではない、か。君に名を明かしてないのもミツルならさもありなんだな」


 セイジは納得したような表情を見せるがレティスには不思議でしようがない。

 ミツルがハシバの名だとして、それを知っている程の知り合いであるなら何故こんなことをするのか。

 目的が分からず混乱するしかないレティスの考えが顔に出ていたのか、セイジは苦笑した。


「なに、別に手荒なことをしたいわけじゃない。俺は単に話がしたいだけなんだよ」

「……?」


 話がしたいだけで何故レティスが拐かされなくてはならないのか。

 セイジの意図がレティスには分からない。


「あの二人が君を探しに来るのかどうか。それを見極めるためにも……レティス、改めて質問だ。この小さいのは、ルーフェ殿の使い魔だな?」


 シズを掴んだままセイジが問う。答えない場合の結末は容易に想像できた。


「……ルーフェが連れてるのは確かだけど、使い魔だとは聞いてない」


 嘘ではない程度にレティスは言葉を選ぶ。

 正確にはハシバの仕えている巫子姫――マナから預かっているだけだと聞いたが、そこまで答えなくてもいいだろう。


「ふむ。ルーフェ殿に関係あるのは確かだと。じゃ次。こいつの能力は?」

「シズの能力?」

「そうだ。名前まで付けて、何も出来ないわけじゃないだろう」

「……知らない」

「だんまりは利口じゃないと言っただろう」

「本当だって。シズが何かしているところなんて見たことがない」

「……見せてない力がある、か」


 セイジが手の中にあるシズを見つめる。

 無遠慮に掴まれているせいか、いつも丸いシズの瞳が心なしか鋭く見える。鼻をひくつかせ、低く呻いているようだ。初めて見るシズの明確な敵意にレティスは息を呑んだ。


「次はそうだな。君はどこまであの二人のことを知っている?」

「……それを知ってどうするんだ。そんなのそっちの方が詳しいんじゃないのか?」

「質問に質問で返すのは利口じゃないな。今はこちらが聞いているんだ」

「…………」


 レティスは押し黙る。目の前でシズをちらつかされては分が悪い。


「良い子だ。まぁそうだな、答えやすいように聞いてやるよ。まず、ミツルが巫子であることは?」

「……知ってる」

「ほう。では、ルーフェ殿が魔導師であるということは?」

「……知らない」

「ほう? その割には驚いてないな。魔導師なんて身近にいない存在だろうに、嘘かもしれないと疑わないのは何故だ?」

「……驚いてるよ、これでも」


 もしかしたらそうかもしれないと頭をよぎってはいたが、はっきり口に出されるのはまた別だった。

 けれど嘘だと思うよりもそうだと言われた方が納得がいく。――魔導師であるならば、あの夜、魔力移しが行われていたのだと。


「ハシバさん、巫子姫の側近なんだろ? そんな人が付き人してる魔法使いって考えたら、そうかなって思ったんだ」

「なるほど、ミツルがマナ様の側近ということも知っている、と。それじゃ最後の質問だ。君は何故あの二人と行動を共にしている?」

「……オレが大神殿に行きたいって言ったら一緒に行こうってなったんだ。旅は道連れだって」

「それを向こうから切り出したと」

「そうだ。ルーフェから言われた」

「ふむ、そうか。……なるほど」


 レティスの答えに満足したのか、セイジからもう質問は来なかった。

 セイジはしばらく思案した後、こう結論付けた。


「あの二人は気軽に素性を明かすことはしない。まして同行者なんてもってのほかだ。このまま君を放っておくことはないだろう」


 そう言ってセイジは踵を返し、窓際へ歩みを進める。がら、と窓を開けたかと思うとシズを外へ放り投げた。


「ってことで、こいつをいつまでも手元に置いておくのは危険だ」

「――シズ!」


 レティスは駆け出し、窓から身を乗り出そうとするが、見えない力に弾かれた。


「おっと、君は出て行かれたら困るな」

「なんだ……魔法?」


 空中に手をやるとぐにゃりと空間が歪む。視覚と触覚に生じた違和感は魔法の感触に他ならない。

 振り返ると、セイジが愉快そうな笑みを浮かべていた。


「お、分かるか? ちょうどこの宿に結界を貼った。俺の許可なしに誰も出入りすることはできない」

「……そんなこと、やってみないと分からないだろ」


 意識を手のひらの上、一点に集中させる。

 昼間、ハシバの腕を掴んでからというもの、いまだかつてない程の魔力が体内を駆け巡っている。


「――炎よ」


 レティスの声に応じてぽ、ぽ、ぽ、といくつもの炎が宙に浮かび上がる。炎は形を変え、まるで矢のように鋭く結界へ突き刺さった。

 刺さった矢から光が広がり人一人通れそうな輪を結界の表面に作ったが、じゅわりと蒸発したように光が消えた。


「! ……もう一回……」


 呼び出す炎の数を増やし、再度結界へぶつけるも、結果は同じ。

 結界はわずかも揺らぐことがなく、溶けるように炎が消えていった。


「へえ、君も魔法使いか」


 セイジが驚いたように眉を上げる。


「ならば解ける結界じゃないのは分かっただろ。あと室内で火を出すな、危ないから」


 後半は苦笑混じりだった。

 レティスは窓の外にシズが見えるのに、何もできない自分が歯痒い。

 シズはしばしレティスを見つめていたかと思うと、ぴょんと飛び跳ねて宿から離れていく。向かった先はレティスが来た道だ。


「さすが、主人の元に戻るみたいだな」


 感心したようにセイジが言った。


「……一体何が目的なんだ」

「だから言っただろう。話がしたいと。あの二人に交渉の席に着いてもらいたいだけさ」

「こんなことしなくても、ルーフェもハシバさんも話くらいしてくれるだろ」

「ほう? そうか、『沈黙の魔女』は君となら話をしてくれるのか」


 セイジの隻眼が細められる。


「……沈黙の魔女?」

「風の魔導師の異名だよ。ほとんど喋らない、にこりともしないから面識のある者の間ではそう言われてるな」

「ルーフェが……?」


 にわかには信じがたい。

 よく喋り、ころころと表情が変わるルーフェと『沈黙の魔女』という名がレティスの中では結びつかなかった。

 腑に落ちない様子が顔に出ていたのか、レティスの表情を見てセイジは口の端をにわかに上げた。


「ならなおさら、レティス、君にはここにいてもらおう。出ていかない限り何をしてもいい。長時間歩いて疲れているだろうし、そうだな。まずは食事にしようか」






いつも読んでいただきありがとうございます。

評価やブックマーク、感想などありましたらよろしくお願いしますm(_ _)m

なによりも自分が読みたいので書くことはやめませんがモチベUPに繋がります。

前日譚や番外編(ムーンライトノベルズの方も)のリクエストもあればぼちぼち書いていきたいなと思います。

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