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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第二章 追う者追われる者
21/143

1 囚われた先

 時は少し遡る。


「仲直りはしようと思えばできる、か。そっか、そうだよな」


 小さな女の子の言葉はすとんとレティスの胸に落ちてきた。


 ――まずは宿に戻って二人と話そう。レティスが話していなかったことも含めて、全部。


 何をすればいいのか決めれば後は明確で、女の子を家まで送ろうとした時に出くわしたのがやつらだった。


 逃げたはずの魔法使いと酔っ払いの二人組。二対一で不利なのは分かりきっていたが、女の子に手荒な真似をしようとするのは見過ごせない。結局レティスは女の子の代わりに男達に着いて行くことにした。

 上着に隠れる形で巧妙に後ろ手を縛られたが後で隙をついて逃げ出せばいいと、最初はそう思っていた。


 女の子の姿が見えなくなってから、レティスは火の魔法で縛っている紐を燃やそうとした。火を起こすくらいなら簡単なことで、特に呪文を唱えずともできる。そのはずなのに、魔法が発動しなかったのだ。

 魔力は充分過ぎるほど感じているのに、発動する手前で霧散する感覚。こんなことは初めてで、レティスは混乱するしかなかった。


 そうしているうちに男達の歩みがどこかの宿の前で止まる。視線の先にはもう一人別の男がいた。男の隣には馬が一頭。荷馬のようで背に大きな荷物が乗せられている。


「そいつが言ってたよそ者か?」


 年は三十半ばくらいだろうか。端正な顔立ちの細身の優男が二人組に声をかけた。

 よそ者と言うが、そう言う男自身が褐色の髪にはちみつ色の瞳を持ち、一目でノルテイスラの民ではない風貌をしている。


「そうだ」

「ふーん、こいつが、ねえ? ……なんかお前、どっかで見たことあるような……」


 よそ者だと奇異の目で見られることにはだいぶ慣れたが、じろじろと全身をねめつけられてはさすがに良い気はしなかった。


「……オレはお前達なんか知らない」


『よそ者』という言葉から、男達の目的ははなからレティスだったようだ。

 女の子に対して巻き込んで申し訳ないという思いと同時に、何故、という素朴な疑問がわきあがる。

 レティスに母以外のノルテイスラの民の知り合いは一人もいない。見たことあると言われても心当たりはさらさらないし、拐かされる理由もないはずだ。

 思っていたことがまんま顔に出ていたのか、優男が眉を上げた。


「何が目的だ、って顔だな? 俺も知らねーよ」

「じゃあなんで」

「なんでもだ。お前が知る必要はねーよ」


 そう言って、優男がレティスに近づいてくる。


「? お前何か隠してんのか?」

「え?」


 もぞもぞとレティスの上着が動いたかと思うと、中からシズが飛び出してきた。勢いそのまま、優男の顔に張りつく。


「――シズ!」

「っだあ? ……ウサギ?」


 すぐさま顔から引き剥がされ、片手でぷらーんと吊るされる形になった。


「なんだこれ。お前のペットか? いや、この耳……魔獣か」

「魔獣? そんな小さいのが?」

「魔獣だよ。うーん、小さくても何するか分かんねーし、始末しとくか」


 こともなげに優男は言うが、レティスには一大事だった。


「やめろ! シズに手を出すな!」


 レティスは食ってかかろうとするも手が自由にならない上、シズは優男の手の中だ。ぎりぎりと優男を睨みつけるのが精一杯だった。

 優男はそんなレティスの様子を見てとり、にやりと微笑む。


「こいつがそんな大事か。じゃあ大人しくついてくるんだな」


 シズを持っていた袋に入れ、優男はくるりと踵を返した。




 村を出て男達は街道を北へ進む。

 馬車が出ている道なのにあえての徒歩移動。男たちの会話から察するに、馬車が通らない所が目的地らしい。荷馬は負担軽減のため一頭連れているだけだそうだ。

 雪が降り出す中、ただでさえ慣れない雪道に加えて後ろ手を縛られたままのレティスは何度も転んでしまった。その度に足止めを食らう形になり、歩みが遅いことに苛立った優男が懐からナイフを取り出し、縛った手を解いてくれた。


「こいつがいるから逃げることはないだろ」


 シズが入っているのでもぞもぞ動く袋を優男は示す。

 それはその通りでレティスは返す言葉もない。ただ自由になったのは素直に助かったので、大人しく男達に着いていく。


(どこまで行くんだ?)


 途中、小さな宿なのか家らしきものは通り過ぎ、分かれ道の先へ進んでいく。着いた時には日も暮れようかという頃だった。

 建物の外観からすると宿のようだが、看板は外れてどことなく廃墟感が漂う。周囲は伸び放題の木々に覆われており、今にも宿に刺さろうかというものもあった。

 何度も転んだためレティスはへとへとで、とりあえず休めるならと建物の中へ足を踏み入れた。


 建物の中は外観とは裏腹にそれなりに整えられ、誰か住んでいるような生活の跡がそこかしこに感じられる。

 元は食堂だったのであろう、一回り大きな部屋に入ったところで声をかけられた。


「――おう、戻ったか」


 素早く部屋を見渡すと、そこには男が二人いた。

 丸眼鏡が特徴的な比較的小柄な男と、右目に眼帯をした体格の良い中背の男だ。どちらも髪色と瞳は典型的なノルテイスラの民らしく黒い。

 丸眼鏡の男は三十後半くらい、隻眼の男はそれよりも若く見える。

 声をかけてきたのは隻眼の男の方だった。


「トウマとクラキ以外は席を外してくれ」


 その言葉で優男と丸眼鏡の男以外の男達は部屋を出ていった。


「そいつが例の言ってたやつか。ご苦労さん」


 一人座った隻眼の男がねぎらいの言葉をかける。言動からするとどうやら若く見える隻眼の男が立場的に上のようだ。

 隻眼の男がレティスを物珍しげに見つめてきたので見つめ返すとちょうど眉の上あたりに傷跡があることに気づく。


「珍しい色だな。スーティラの民、か」


 奇異の視線で見られるのはこれで何度目だろうか。いい加減レティスはうんざりしてしまった。

 ふむ、と隻眼の男は頷きついでにまぁ座れよとその辺の椅子を示した。

 足が棒のようだったレティスはありがたく座らせてもらう。


「それで、あの二人にはこの場所をちゃんと伝えたんだろうな」


 口を開いたのは隻眼の男でなく丸眼鏡の男で、優男に声をかけた。


「……あ?」

「あ? じゃねえよ、水鏡の最後の方で言っただろう。お前切るの早いんだよ」

「仕方ねーだろ、あれ集中力いるんだよ。辞めて何年経ってると思ってんだ?」

「――落ち着け二人とも」


 言い争いをはじめた二人に隻眼の男が仲裁に入る。


「トウマ、ちゃんと仕事はしてもらわないと困る。何のためにお前達二人を雇っていると思ってるんだ」

「……すまない」


 トウマと呼ばれた優男が頭を下げる。反対に丸眼鏡の男――クラキは溜飲を下げたようでふんと鼻を鳴らした。


「まぁいい。伝わってなくとも何とかなる。なんせ相手が相手だからな。探索の魔法で居場所を突き止めるのは得意分野のはずだ」


 魔法、という言葉をレティスは聞き逃さなかった。あの二人とはまさかルーフェとハシバのことなのだろうか。

 状況が把握できず、レティスはじっと押し黙る。


「問題があるとすれば、こいつにその価値があるのか、だな」


 隻眼の男がレティスに視線を向けた。



ここから登場人物増えます。

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