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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第一章 雪降る街で
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幕間8.5 盗み聞きの裏側

第一章の8 盗み聞きの後半部の裏側です。

第一章の15までを読んでいること前提の話です(それ以前だとネタバレになります)


※読まずとも本編の進行に支障はないですが、とある人への印象ががらりと変わるかと思います。

 皆が寝静まっただろう夜中前、部屋の扉がノックされた。


「――起きてますか?」


 ハシバの声だ。名前は告げられずとも声色で分かる。

 ルーフェは読んでいた本を閉じて机に置いた。


「起きてるわ。入って」

「失礼します」


 招き入れたハシバは手にマグカップを持っていた。視線を向けると「どうぞ」と差し出される。

 乳白色の液体が半分ほど注がれ、温かな湯気が立っている。


「……ホットミルク? ありがと」

「砂糖多めに入れてきました」

「……うん、甘い。美味しい」


 ふうと息を吐いて湯気を飛ばし、ルーフェは滑らかな液体を口に含んだ。

 部屋の明かりは机の上だけ。揺らぐランプの光が椅子に座るルーフェとその横に立つハシバを下から照らしている。

 じっと様子をうかがわれるような視線を感じてなんとも居心地が悪い。


「……なに? この間補給したばっかりだし、大丈夫だから。部屋に戻って」


 突き放すようなルーフェの言葉を受け、ハシバははぁとため息をついた。


「そう言うと思ってました」

「え?」

「……それ、砂糖は入れてません。普通のホットミルクです」

「っ」


 マグカップを持つルーフェの手がぴくりと震える。


「魔力切れになるにつれて味が分からなくなる、と言ってましたよね」

「……よく覚えてるわね」

「貴女に関することは忘れません」

「…………」


 さらりと言われてルーフェは面食らうしかなく、誤魔化すようにミルクを一口飲んだ。

 カップを置いたルーフェの手にハシバの手が重なる。払うように腕を動かすとそのまま手を握られた。

 大きくて骨張った、少し体温の高い手。心地良い暖かさに抗う気が失せていく。


「やっぱり、冷たい。もし僕が気づかなかったらどうしてたんですか?」

「んー……まだ大丈夫、だし。…………それに、ハシバなら気づいてくれると思ってた」

「…………答えになってませんよ」


 ため息混じりの声が降ってくる。

 眉をひそめるハシバを横目にルーフェは握られた手を取り払い、ぐいと残りのホットミルクを仰いだ。温かな液体が喉を通り、冷えた身体にわずかながら熱が灯る。


 言い逃れができない以上、これ以上の問答は不要だ。


 ルーフェの魔力が尽きそうなのは紛うことなき事実で、補充しなければ遅かれ早かれ動けなくなるだろう。

 先日、レティスを探すために使った探索の魔法――あれはなかなか骨が折れた。魔力の色を探るという最低限のことだったが、南島で一、二を争う大きさのシスルの街全域を対象にしたので相応の魔力を持っていかれてしまった。


 魔力が尽きると、魔導師であるルーフェはその存在を保てなくなる。

 味覚が鈍くなるのが魔力枯渇の第一歩とするなら、身体が冷えはじめるのは第二歩だ。じきに喉が乾いて仕方なくなり、やがて身体が透けはじめる。そうなる前に、巫子から魔力を移してもらわなければならない。

 魔力を移すには身体的な接触が必要となり、巫子から働きかけることで魔力の授受が行われる。身体的接触と一口にいっても手を握るくらいでは微々たる魔力しか渡せず、効率を求めるのならより広範囲に触れ合うか粘膜的な接触をするに限る。

 身体を重ねる形での魔力移しが最も効率が良いのはルーフェも認めるところだった。


「……立ってないで、座ったら?」


 座ると言っても部屋に椅子はひとつしかない。

 ハシバはルーフェの視線を追いかけた先にあったベッドに促されるまま腰かける。ぎし、ときしむ音が静かな部屋の中でやけに生々しく響く。


「……貴女は来ないんですか?」

「…………」


 ルーフェは無言で立ち上がり、ハシバの前に立つ。

 手をとられたかと思うと、口元に引き寄せられそっと指先に唇が落とされた。ぼうっと青い光が灯り、ハシバの魔力が身体に流れこんでくる。


 精霊に愛された者だという証の、巫子の力。暖かな魔力の流れが心地良く、渇いた胸の奥が少しずつ満たされていく。


「補給、しますけどいいですか?」


 常よりワントーン低い声が鼓膜を震わせる。


 いいも何も、それしか方法がないのに毎回ハシバは確認を取ってくる。あくまでルーフェの意思を尊重しているだけという姿勢。魔導師と巫子という立場の違いを思い知らされ、小さな棘が刺さったかのようにちくりと胸が痛む。


「いい、けど……眼鏡、取ってよ」


 言われるがままハシバは眼鏡を外し、枕元の台に置いた。

 伏せられた目が上がり、まっすぐルーフェを射抜く。濃いグレーの瞳に映る自分の姿を見ていられなくてルーフェは顔を逸らした。


「こっち向いてください」


 ふ、と空気を震わす吐息混じりのハシバの声。二人きりの時にしか聞けない声色に心がざわつく。

 おそるおそる顔を向けると腕を引かれた。

 腰の後ろにもう片方の手がまわされ、引き寄せられる。


(……別に、嫌なわけじゃ……)


 ハシバは巫子という責務を果たすためだけに、魔力移しをしてくれているだけ。煩わしいであろうことに付き合わせているのはルーフェのわがままでしかない。そのうえで存在を保つためには仕方のないこと、単なる補給でしかないと虚勢を張るルーフェをハシバは異を唱えることなく、そのまま受け入れてくれた。


 嫌なことがあるとすれば、ハシバに主導権を渡しているように見せかけて都合の悪いことから逃げている自分自身だ。


「…………ん、」


 吐息が触れる距離まで近づき、唇が重なった。

 瞳を閉じればあとはもう委ねてしまえばいい。

 触れ合ったところから境目が曖昧になり、夢か現かも分からない感覚にルーフェの意識は溺れていった。









一応ムーンライトノベルズ(R-18)に続きもあります。

ムーン検索用[n2226hx]

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