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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第一章 雪降る街で
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18 意外な訪問者

 帰ってくるはずのレティスは、日が暮れる頃になっても帰ってこなかった。

 レティスとハシバの部屋の椅子に座り、ルーフェは頬杖をついていた。コツコツと机を指で叩く音だけが響く。


「……遅い」

「ですね」


 荷物の手入れをしながらハシバが答える。

 これから北へ行くにあたり、何が起こるか分からないとハシバは準備に余念がない。

 なんでこんなに余裕があるのか、ルーフェはそわそわと落ち着かないというのに。


「やっぱ私、探しに――」


 痺れを切らしかけた頃、入り口の扉がコンコンとノックされた。

 返事を返す間もなく扉を開けると、そこに立っていたのは宿の主人と、二人の子どもだった。

 小さい方の女の子は泣いている。


「お姉ちゃん!」


 ルーフェの姿を認め、女の子が飛びついてきた。


「え、あ、朝の……」

「やっぱりあんた達か。この子らが探してたんだよ。『緑の目のお姉ちゃんと大きいお兄ちゃんはいませんか』って」


 村の宿を片っ端からあたっていたと宿の主人は眉を上げた。


「何をしたんだ、あんたら。こんな子どもに」

「ちがうおじさん、この人達は何もやってない」


 宿の主人に女の子の兄とおぼしき男の子が唇を尖らせた。


「やったのは別のおじさんだよ。な、アズサ」

「うん、お兄ちゃんが、お兄ちゃんがぁあああ」


 アズサと呼ばれた女の子がひときわ大きく泣き出した。しゃがみこみ、目線を合わせてよしよしとルーフェはその頭を撫でる。


 何が何やら分からない。


「お兄ちゃんが、どうかしたんですか」


 痺れを切らしたのか、ハシバが割りこんで声をかけた。

 背丈のあるハシバから見下ろされる形になり、アズサは怯んでしまった。ルーフェの服を掴む力が強くなる。


「ちょっとハシバ、怖がらせないで」

「……すみません」

「ごめんね、大きいお兄ちゃん気が利かなくて」


 何かあったの? と優しくルーフェが声をかける。

 うまく泣き止めないアズサに変わって、兄が代弁した。


「朝いた兄ちゃんいるじゃん。日焼けしてるやつ。そいつが、連れてかれたんだって」

「……はぁ?」

「昼にアズサと遊んでたら、なんか変なおじさん達が来たとか」


 ほらアズサ、自分で言うんだろと兄がアズサの背中をさする。

 鼻をすすりながら、アズサはたどたどしく話し出した。


「あ、のね、おじさん達、さいしょはわたし、わたしをね、いきなりつかまれて痛かったの。そしたら、お兄ちゃんがとめてくれて。そしたらね」


 ぽろぽろと大粒の涙がアズサの瞳から流れる。


「おじさん、お兄ちゃんを叩いたの。お兄ちゃん、痛そうだった。わたし、やめてって言ったのに、やめてくれなかったのっ……」


 その後は言葉にならなかった。

 戸惑うしかないルーフェに、兄が言葉を継いだ。


「アズサ、ぼろ泣きながら帰ってきて。話聞いたら朝に会った兄ちゃんが連れてかれたって言うから、お姉ちゃんに伝えないとって」


 そうして村の宿を一軒ずつ訪ねて回っていたらしい。


「……そう、そうなの。教えてくれてありがとうね」


 涙をこぼすアズサをぎゅっと抱きしめる。

 よしよしと頭を撫で、背中をさすりながら、頭の中ではぐるぐると聞いたことが回っていた。


 ――連れていかれた? 誰に? 何のために?


 振り返り見上げると、同じように戸惑った表情のハシバと視線が合った。首を横に振られたので心当たりはないらしい。

 すすり泣く声だけがしばらくその場に響く中、口を挟んだのは宿の主人だった。


「あー、多分そいつら、最近この辺うろついてるっていうゴロツキ共だな。あんたらも会ったんじゃないのか? 魔法使いと昼間やりあったって聞いたが」

「知ってるんですか?」

「よくは知らねえよ。昼間から酒飲んでる魔法使いとその取り巻きってだけで」


 このご時世、職を失う者は少なくない。気候が崩れ、魔獣が出るようになって早幾年。馬車の御者や行商人をはじめとした観光業や物流業は特に打撃が深いという。

 逆に平時ではおまけ程度だった魔法使いの存在が増した。正確には、従来では魔法使いとしての職を得るのが難しい程度の力しかない者が有り難られるようになった。

 魔導師がいた頃には珍しかった魔獣退治という仕事。どんな些細な力でも、物理的に戦うよりも魔法使いは重宝された。引く手数多となり、そのおこぼれに預かろうと職を失った者達が魔法使いに近づき、ゴロツキもどきになった集団が散見されるようになった。


「魔獣を倒してやってんだぞってでかい顔してるが、どこまで本当だか。女子どもを攫ってるとか良くない話も聞くし、関わらないに限るぞ。……って、すでにいなくなってんのか」


 まさかよそ者も攫うとは、と宿の主人も困惑の表情だ。


「大体の事情はなんとなく分かりました。ちなみにそいつらがどこに泊まっているかは知りませんか?」

「いやあ、知らねえな。村の宿屋は他にもあるが、誰が泊まっているかまでは分からん」


 首を横に振る宿の主人に変わり、アズサの兄が口を挟んだ。


「変なおじさん達なら、北の宿屋で泊まってたってさっき聞いたよ」

「! それ、詳しくお願いします」

「えーっと、おれたちが行った時にはもう宿を出たって。日焼けした兄ちゃんは見てないって言ってた」


 全ての宿をまわるついでに聞いた話を教えてくれた。


「北の宿屋……? そういややつら、北の方から来たって聞いたな」


 宿の主人の言葉に、ルーフェはハシバと顔を見合わせる。

 ハシバは頷き、そのまま宿の主人に話があると出て行った。


「お兄ちゃん、大丈夫かな」


 少し落ち着いたアズサがぽつりと呟く。


「大丈夫よ、きっと。それに、お姉ちゃん達が助けに行くから」

「そうなの?」

「うん、あの大きいお兄ちゃん見たでしょ? その辺のやつならぶっ飛ばしちゃうわよ」


 わざと明るくルーフェが言うと、確かにそうだな、でっけー兄ちゃんだもんなと兄が笑った。つられて妹の表情が緩む。


「本当に、教えに来てくれてありがとう。気をつけて帰ってね」


 宿の玄関前まで兄妹を見送り、ルーフェは急いで階段を上がった。自分の部屋に戻り、急いで荷物をまとめているとコンコンと入り口の扉が叩かれる音がした。

 扉を開けるとハシバが上着を着て立っていた。上着の裾からは腰に差したであろうレティスの剣が見え隠れしている。背中には近場を散策する際のリュックを背負っており、準備万端なようだ。


「宿の主人には、今日は留守にすると伝えています。大きな荷物は置いていって大丈夫です」

「オッケー。じゃ、行きましょうか」


 荷物を掴み、上着を羽織る。


(待ってて、レティス。絶対に見つけるから)


 やっと見つけた希望を失ってたまるものかと、雪が降りはじめた外へ繰り出した。




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