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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第一章 雪降る街で
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17 仲直りの方法

 レティスの故郷は三日月の南(スーティラ)のとある部族だった。

 スーティラの初代魔導師を祖先に持つとされ、銀髪に極彩色の瞳を持つ者は先祖返りと特別視される中、幾代振りに現れたのがレティスの父だった。

 父は当時の族長の長男で、次期族長候補だと持て囃されていた。先祖返りの名に恥じぬ優秀な魔法使いで、魔導師とも顔見知り。父の弟である叔父が結婚し子をもうける中、良い相手がいないし今は仕事に生きると魔導師の補佐をしていた時に、母と出会ったのだという。

 村の外れでレティスは産まれた。その髪色から間違いなく父の子だと認められて離れに居を移したものの、村八分にされていると気付いたのはそう遅くなかったと思う。


 父は族長候補からは外れたものの、優秀な魔法使いであることに変わりはないので仕事だなんだと家を空けることが多かった。

 時折姿を見ることはあったが、レティスは父と会話らしい会話をしたことがない。母が語る父の姿と、自分の目で見た父の姿はなんだか違っていて、どちらが本当なのだろうと不思議に思っている。


 周囲はよそよそしかったが、叔父の娘である年の離れた従姉二人は親切にしてくれた。

 小さい頃は懐いていたが、何故あいつと仲良くしているんだと大人達に責められる様子を見てからは一定の距離をおくようになった。それでも従姉達は陰ながら助けてくれた。


 母は、あまり身体が強くなかった。今思うと心神耗弱だったのだと思う。寝こみがちで、物心ついた頃には家の外に出ることは稀だった。

 そんな母は、レティスが十一になる間際に亡くなった。いなくなってから、しばらくの間の記憶はところどころ抜け落ちていて、父が悲しんでいたのかも覚えていないくらいだ。

 レティスは父に生き写しで、瞳の色を除き、母の面影はほとんどなかった。それなのに周囲からは浮いていて、誰にも認められることはない。


『どうしてこうなったんだ、お前は何なんだ』


 そんな父の言葉が耳の奥にこびりついている。

 実の父からも疎まれ、一族からはみ出し者扱いの境遇にみかねた従姉達が「ここを出た方が良い」と助言をくれたのはレティスが十二の時。

 必要最低限の物資と、母の形見だという剣を手に、レティスは故郷を後にした。


(自分は何のために産まれてきたんだろう)


 その問いの答えを得るために、母の故郷へ行くことに決めた。

 母は、水の巫子であったという。


『ノルテイスラにはね、巫子姫さまがいるの』


 わずかにまともになる時にこぼす昔話を聞くのがレティスは好きだった。

 暑い夏が一年の半分を占めるスーティラとは違い、一年中穏やかな気候だというノルテイスラのこと。

 巫子姫さまのこと。神殿での暮らし。小さな甥っ子のこと。

 魔導師と巫子の役割を教えてくれたのも母だった。

 何故父の手を取りノルテイスラを後にしたかは結局聞けなかった。


 ノルテイスラまでの道中は平穏だった。

 三日月の西側、リコオステは豊穣の地だ。農業が盛んで、基本的に穏やかな人が多い。陸続きのため人の行き来もあり、よそ者にも寛大な土地柄。

 道中の農家に間借りして作業を手伝いつつ、少しずつ北上していった。身体を動かすこと、家事をすることは苦ではなかったため何も問題はなかった。

 まだ子どもといえるレティスが一人旅をしているということに同情し、優しく迎えられることもあった。このままここに住まないかと。

 それらを断り、ノルテイスラへ行くというと、あそこは今厳しいところだからと一様に止められた。

 それがレティスには不思議だった。母からは穏やかな気候だと聞いていたから。


 十五になる直前の初夏、レティスはノルテイスラへ渡った。

 実際に足を踏み入れたノルテイスラでは、母との話のギャップに戸惑うばかりだった。

 短い夏が終わり、一瞬の秋が過ぎ、日に日に寒さが厳しくなるなか、もう無理かもしれない――走馬灯のように、今までの記憶がレティスの頭の中を巡っていく。



「……はぁっ」


 無我夢中で歩いているうちに、気づけば午前中に子供たちと遊んだ村の外れの広場まで来ていた。

 シズの形の雪うさぎにほんのり雪が積もっている。


「……オレ、何してるんだろ」


 ノルテイスラに来てからというもの、基本的にはよそ者と遠巻きにされていた。興味本位で関わってくる者もいたが、そういった者は良からぬ考えを持つ者ばかりで、良い目には合わなかった。

 金を騙し取られ、食事にありつけない日もあった。

 同情して助けてくれた人もいたが、巫子を怒らせたと噂になってからはそんな人も消えた。


 全てを諦めかけた時に出会った、二人。


 親切にされ、最初は猜疑心でいっぱいだった。どうせ後で手のひらを返されると思っていたがそんなことはなく、予想外に二人はレティスに巫子に会わせると協力を申し出てくれた。

 何やら訳ありな二人に裏がないわけがないと、全てを話すことは出来なかった。けれど誘いを断る勇気も出ない。


(……利用していたのは、オレも同じだ)


 根掘り葉掘り聞いてこない、絶妙な距離感に甘えていたのは誰だ。


 ――正直に話していなかったのは、自分もそうじゃないか。


(ハシバさんが、巫子……じゃあ、ルーフェは?)


 魔法使いであるとは言っていた。

 レティスと同じ、他地方の――よそ者の魔法使い。レティスへの風当たりが強いのと同様に、ルーフェへの風当たりも決していいものではないはずだ。

 それなのに、ルーフェはノルテイスラで旅をしているという。

 巫子姫の側近であるハシバが付き人となって。


(……魔力移し)


 巫子が魔法使いと共に行動する理由としては、魔力移しをする関係が多いと母は言っていた。

 魔力を移すには、身体的な接触が必要だと。こうして手を繋ぐだけで魔力を渡すことができると、レティスの小さな手を握る母の細い手はほのかに輝いていた。


『でもね、一番いいのは、交わること』


 言葉の意味が理解できず首を傾げたレティスに、大人になれば分かるわ、と母は笑っていた。


 ――いや、笑っていたのだろうか。


『魔法使いの中でも魔導師さまは特別で。魔力を途切れさせてはいけない、尊いお方なの』


 そんな魔導師さまと巫子は、絆で結ばれているのよと言う母の瞳は虚に輝いていた。


「昨日の、あれは……そういうことだったのかな」


 いつの間にか内心の呟きが声になってこぼれていた。


「昨日のってなーに?」


 いきなり声をかけられ、レティスは心臓が飛び出るかと思った。

 声の方へ振り向くが、誰もいない。おかしいなと視線を下ろすと、朝に遊んだ子どもがいる。女の子が一人、レティスの足元にいるシズを撫でていた。


「シズ! ……ついてきてたのか」


 白い魔獣はレティスの言葉に反応するかのように飛び跳ね、女の子の肩の上に乗った。

 シズが乗って女の子は嬉しそうだ。


「お兄ちゃん、昨日なんかあったの?」

「えっ? あ、あぁ。うーん、昨日、この村に着いたんだよ」

「そうなんだ? あれ、緑の目のお姉ちゃんは?」

「え、えーと。……今は、オレ一人だよ」


 しゃがみこみ、女の子と視線の高さを合わせる。

 肩の上のシズを撫でると、嬉しいのか鼻をひくつかせていた。


「君は? 朝、お兄ちゃんとその友達といたよね」


 小さい子が一人で来て大丈夫なのかとレティスが心配すると、女の子はぷう、と頬を膨らませた。


「もう、お兄ちゃんまでわたしを子どもあつかいして」

「え?」

「わたしのお兄ちゃんひどいんだよ。ぜんぜんわたしを仲間に入れてくれないの」


 お前はまだ早いとか、わたしもう大きいのにねぇ? と女の子は唇を尖らせる。背伸びする様子が可愛らしくて、思わずレティスの頬が緩んだ。


「そうなんだ」

「そうだよ。ちょっとくらい仲間にいれてくれたっていいのに、だめだって。だから、けんかしちゃったの」


 女の子の表情はころころ変わる。

 小さな肩を落としていたかと思うと、次の瞬間にはレティスに向き直っていた。


「お兄ちゃんもけんかしたの?」

「……けんか、なのかな」


 レティスには分からない。けんかをする以前に、誰かと深く関わった経験などなかったのだから。

 曖昧に笑うレティスに、女の子は首を傾げる。


「な、いつも、どうやって仲直りするんだ?」


 思いのほかレティスは真剣に聞いていた。

 女の子は頼られたのが嬉しかったのか、いいよ、教えてあげると自慢げに手を叩いた。


「んっとね、何が嫌だったか全部いうの。わたしも、お兄ちゃんも。そしたらね、なんか嫌な気持ちがとんでっちゃうの」


 お母さんが言ってたんだけどね、と小さな女の子は意気揚々だ。


「仲直りはできると思ったらできるんだよ!」



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