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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第一章 雪降る街で
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16 魔導師の条件

「…………私も、はっきりそうだと分かっているわけじゃないの」


 観念したように、ぽつりとルーフェは呟いた。


「最初、レティスを見つけた時。魔力が混ざっているって言ったでしょ」

「そんなことも言ってましたね」

「あれ、気のせいじゃなかったでしょ? 火と水と、そのどちらの魔力もレティスは持ってる」


 火の魔法をレティスは使っていた。そして、水の魔法も。


「父親が火の魔法使いで、母親が水の巫子、でしたか。魔力が安定しない若い頃はそうなるのが普通なのでは?」


 さっき言ったことの復唱のような内容に、ハシバは訝しげに眉根を寄せる。


「それはそう、なんだけど……。あのね、魔法使いが系譜の違う土地で魔法を使うのって地味に大変なの。特に魔導師がいない土地では、精霊が荒れてるからものすごく面倒くさくて……嫌になる」


 巫子であるハシバがどこまで魔法使いの事情を知っているかは分からないが、返す言葉がないことから初耳だったらしい。

 なにしろ共に行動するよそ者の魔法使いが容易く魔法を使っているのだから信じがたいのも無理はないかとルーフェは苦笑する。


「ほんとよ。ちょっとのことでも、すごく魔力を使うの。……だからすぐ、魔力切れを起こしちゃう」


 故郷のバジェステでは少しの力で出来ることが、ここ、ノルテイスラでは出来ない。魔力を糧にし、操る風精霊の数が絶対的に少ないのと、水精霊の妨害にあうためだ。

 魔法を使う際には圧倒的な魔力でねじ伏せている、そんな感覚に近い。杖の先の魔石の力も借りて。


「でも、レティスは違う。いともたやすく魔法を使ってたでしょ。系譜の違う、火の魔法を。ハシバがいない時に水の魔法も使ってもらったの。……簡単なものしか使えないなんて言ってたけど、そんなことない。ちゃんと魔力を可視化することもできた」

「……魔力を可視化、ってよく貴女も使ってますよね。あの棘みたいなの」

「そうそれ。あれも結構魔力食うのよ? 触媒とする杖なしじゃやりたくない」


 火や水、風といった自然現象を操るのは、規模にもよるがさほど難しいことではない。適切に呼びかけ、相応の魔力を渡せばあとは精霊がやってくれる。

 けれど可視化するとなると話は別。具現化するために値する魔力に加え、維持するためのコントロール力も求められる。


「少なくとも、手ぶらの状態でできるってことは相応の魔力があるってこと。それにあの形……色も。どちらかというと水の方が本質、のような」

「南のスーティラ出身というのが偽りだと?」

「んー……それも考えたけど、嘘をついているようには見えないのよね。だから余計分からない、というか……」


 何故シズがレティスを選んだのかが分からず、ルーフェは思考の海に沈んでいく。


 魔法使いと、巫子の子。魔法使いも巫子も存在が珍しいだけで、組み合わせ自体は特段珍しくはない。

 魔力の強さは血の濃さに等しいと言ってよく、優秀な魔法使い及び巫子を輩出するために婚姻を結ぶというのはありふれた話だった。

 引っかかるとすれば、巫子が異なる系譜の地で産んだ子だという点。


(……何か、あったような……)


 昔、何か聞いたような気がするも思い出せずにもやもやが募る。


「……姫はなにやら確信していたようでしたが、貴女は違うと?」


 ハシバの問いかけにルーフェは沈んでいた意識を現実に戻した。


「そう、マナよ。マナと話したのよね? どこまで話したの?」

「僕が知り得た情報は全てお伝えしました」

「そう……それで連れて来いってことは、やっぱり間違ってはないのね。良かった」

「…………答えになってないですよ。魔法がそこそこ使えるらしいのは分かりました。そして本質は水の魔力の方かもしれないこと。それだけで何故、魔導師候補となるんですか」


 眉をひそめるハシバ。

 不信感を隠そうとしない態度にルーフェは苦笑するしかない。


「何故、って……それだけで充分だからよ」

「え……?」


 狐につままれたように眼鏡の奥の瞳が丸くなった。


「ハシバがどういう風に聞いてるかは知らないけど、魔導師の資格なんてあってないようなものよ? 系譜に連なる魔法使いであることは最低条件としても、魔法使いとしての腕が最上級である必要はないわ。ただ、扉を開けるだけの魔力があればいい。その先は賢者のみ知ることよ」


 魔導師になるためには賢者に会い、力を授けてもらう必要がある。

 賢者がいる場所はここではない場所とされ、扉を通ってしかいくことができない。大神殿の奥深くに隠された、通称『試練の扉』の先――


「賢者の御眼鏡に適うかどうかはレティス次第だけど……少なくとも扉は開けられると思う」

「……過去、扉を開けようとした魔法使いはいずれも優秀な方ばかりでしたが、開けられたのは一人だけです」

「だから、扉を開けるのに魔法使いとしての腕は求めていないんだってば」

「…………」


 ではどうやって見極めるのか。


 反論こそないが、到底納得できないと眼鏡の奥の目が雄弁に語っている。

 ひとつ深呼吸をして、ルーフェはすらすらと唱えるように言葉を並べた。


「――……驕ることなく、侮るなかれ。されど賢者は完璧を求めない。不完全こそ美しく、渇望せし者に力を与える」

「……? なんですか、それは」

「何代か前の魔導師が書いた日記に書かれてあったの。私はこれが魔導師になるための条件じゃないかって思ってる。……いくら腕がよくたって、私を見て所詮よそ者と眉をひそめる人はお呼びじゃないってこと」


 ハシバと共に旅をしてきた間に出会った魔法使いを思い出し、ルーフェはため息をついた。

 素性を明かしていないとはいえルーフェを蔑視するような視線を送ってくる者ばかりで、こんなにノルテイスラではよそ者への風当たりが強いのかと肩を落としたものだ。


「……その言葉、姫には伝えたんですか?」

「もちろん。五年くらい前に日記を見つけて、すぐマナに言ったわ。その後どうなったかはまぁ推して知るべしって感じだけど」

「…………そう、ですか」


 納得したような、けれどまだ腑に落ちないことがあるような。複雑な顔でハシバは頷く。


 水の魔導師を失って十六年。その間、何も手ぐすねを引いているだけではなかった。

 ノルテイスラには代々優秀な魔法使いを排出してきた家が五つある。そこが先導となり、魔導師候補として魔法使いが何人も大神殿に送られてきたというのはルーフェも知る話だ。

 日記の言葉が選考基準に取り入れられたかどうかは定かではないが、いまだに魔導師が現れていない現状が結果だろう。


「とにかく、魔導師に求められるのは力だけじゃないってこと。精霊を治める力は賢者から授かるんだから二の次って言ってもいい。レティスの素性、は……まだ分からないけど、マナが確信しているなら問題はないでしょ? だからまずは大神殿に行かないとね」


 ルーフェ自身、レティスが魔導師候補であると確証を得ているわけではない。けれど落胆し、閉塞感を覚える日々が終わるのであればその可能性に賭けてみたかった。



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