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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第一章 雪降る街で
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15 ルーフェの◯◯

 宿の食堂に行くことも考えたが、話したいこともあるというので部屋に食事を運び、遅い昼食を取る。

 いつも通り二人分の量を頼み、机に並べるといただきますと丁寧に挨拶した後、ハシバは黙々と料理を口に運んでいく。

 相変わらずよく食べる男だとルーフェは水を飲みながら思う。

 ルーフェ自身は食事をほとんど必要としないが、ハシバの食べっぷりは見ていて気持ちいいので一緒に食事をとるのは嫌いではなかった。


「お腹空いたのなら、もっと早く言いなさいよ。魔力回復のためにも余計に食べなきゃだめなんでしょ?」

「優先順位を考えたまでです。見通しが甘かったのは認めます」


 魔力を根こそぎ持っていかれるのがこんなにきついものだとは、とハシバは苦い顔だ。

 魔法使いや巫子といった魔力持ちにとって、魔力切れを起こすというのは脱水状態に近い。喉ではない、身体の奥からの渇き。力が抜け、活動するのはもちろん起きているのも難しい。

 休めば復活するとはいえ、そう何度も味わいたくない状況だろう。

 初めて見る弱ったハシバに、ルーフェは少し胸がすく思いがした。


「あら。私の気持ち、やっと理解してくれた?」

「そうですね。痩せ我慢せずにちゃんと補給していただければと思いますよ」


 たっぷり嫌味をこめた言葉はフルスイングで返された。

 恨みがましい視線を送るが、ハシバは流して料理を一口。眼鏡の奥の瞳が平然としているのが更に腹が立つ。

 返す言葉が思いつかないルーフェは口をつぐむしかなかった。

 最後の一口を飲みこみ、次いで水を飲むハシバの視線が痛い。またそうやって、都合が悪いと黙りこむ――とでも言いたげだった。


 ごちそうさまです、と食後の礼。


「まぁ、それはそれとして。こうして魔力が切れた理由ですが、感覚的には魔力移しが行われた感じです」


 巫子であるハシバから、レティスへ。

 青い光はハシバの魔力の輝きだ。それが一瞬にして、レティスへ移った。


「えぇ? そんな、手を掴んだだけで?」


 にわかには信じ難い。

 魔力移しは確かに身体接触が必要だが、そうやすやすと行われるものではない。基本的には巫子から働きかけないといけず、また、手を触れた程度で渡せる魔力なぞ知れている。

 レティスが魔法使いであることに疑いはなかったが、それとこれとは話が別だった。


「信じがたいでしょうが、事実です。僕自身が一番驚いていますよ」

「そう、よね……いやでも、あんな一瞬で根こそぎ持ってかれるって、えぇ……?」


 ハシバ自身は半人前だと言うが、ハシバの魔力量は並大抵の魔力持ちよりは多い。それはほかでもないルーフェ自身がよく分かっていた。


「まぁ、根こそぎって言っても元々半分も残っていなかったんで。昨夜、補給したでしょう」

「……あっ」


 ルーフェの顔がみるみる赤くなる。

 そういえば、そう。昨日、酒場兼食堂で身体が冷えていると――魔力が切れかけているのを見抜かれたのだった。

 その後、夜中に魔力移しをしてもらったことを思い出し、うつむいたルーフェにいたって冷静な声がふってくる。


「これくらいでうろたえないでください」

「わ、分かってる」

「本当に分かってますか? 姫のところへ行くのであれば、遅かれ早かれ貴女のことも言わないといけない。その調子で言えますか?」

「…………」


 ルーフェの、こと。あえて素性を明かさない理由もあるにはあるのだが、今話すことではないとルーフェは押し黙る。


「……そんな風だから、連れていくのは反対だったんです」


 嘆息をもらすように紡がれた言葉は小さく、ルーフェの耳には届かなかった。


「……? なにか言った?」

「いえ。なんでもありません」


 ハシバは一つ咳払いして、食べ終えた食器をまとめはじめた。眼鏡の奥の表情をうかがい知ることはできないが、きっと呆れているのだろう。


 目の前に置かれたコップに入った水を一口飲み、ルーフェはふうと息を吐いた。


「……付き人、だって?」

「……はい?」

「レティスに、私の付き人だって言ったんだって?」


 ルーフェは机の向こうで平然としているハシバを見上げる。

 責めるような口調になったがハシバが意に介した様子はない。


「……あぁ、言いましたね。護衛かと聞かれたのでそれは違うと訂正しました。貴女に護衛は必要ないでしょう? かと言って、一人で放り出すわけにもいかない。付き人あたりが適切かと」

「確かに護衛はいらないけど……付き人とか、主従関係があるみたいで好きじゃない。そんなんじゃないのに」

「あながち間違ってもいないかと思いますが。それとも、馬鹿正直に貴女の食糧だと言えばよかったですか?」

「っちが、」

「違わない。僕は貴女に――風の魔導師に魔力を渡すためにいますから」

「……っ。その呼び方で呼ばないで」


 風の魔導師――三日月の東側、バジェステの魔導師。


 それがルーフェの立場を示す言葉だ。

 人が生きるために食事を必要とするように、生きるために魔力を糧とする者。

 普通の魔法使いと異なり魔力を自ら作り出すことはできず、巫子から魔力を移してもらわねば存在を保てない。精霊を治める力を得る代償として巫子との相利共生関係にあるのが魔導師だった。


(……騙していたのは、私も、ね)


 ハシバが巫子であると黙っていたように、ルーフェもまた素性を黙っていた。

 巫女姫の――マナの元へレティスを連れて行くためにも、黙ったままではいられないと頭では分かっている。


 騙しうちのような形で大神殿へ連れていくのは不誠実じゃないかとハシバに暗に告げられてルーフェはうなだれるしかない。


「……そこまで抵抗があるなら、このまま彼を解放するという手もあると思いますが」


 穏やかなハシバの声にルーフェは首を横に振る。


「それはない。ようやく見つけたんだから」

「そう、ですか。……あくまで彼を大神殿へ連れていく、と」


 つぶやくように言ってハシバは椅子に座り直した。ふうと息を吐き、眼鏡のずれを直す。


「それなら、ひとつ聞かせてください」


 このタイミングで聞きたいこととは何か。明らかに分が悪い状況にルーフェは身構えるしかない。


「……なに?」

「貴女と姫は彼のことを水の魔導師候補だと言いますが、その理由は何ですか?」


 そう言うハシバの声色は常のままで平静としているが、眼差しだけは違った。


「やっぱり納得がいかないんです。水の魔導師はノルテイスラ出身というのが大前提なのでは? いくら混ざっているとはいえ、本質は生まれた地に依存するはずです」


 生まれた地、そこに住まう精霊の力を人はみな宿している。

 基本的に生まれ持った精霊の力以外は使えず、例外があるとすれば系譜の異なる者の間に生まれた子どもだけ。それも若い頃という期間限定で、魔力が混ざっていることによってどちらの魔法も使えるが、じきに生まれた地の魔法しか使えなくなる。


 水の魔導師となり得るのは、ノルテイスラに生まれ、水の魔力を本質とする者だけ。


 スーティラ出身となるレティスは本質となる精霊の系譜が異なる以上、候補にならないのではないかとハシバは告げる。


「……それはそう、なんだけど…………でも、シズが、選んだから……」


 対するルーフェの言葉の歯切れは悪い。消え入りそうな声で、ルーフェは巫子姫から預かった白い魔獣の名を呼ぶ。


「それ、姫も仰っていましたけど。シズが何だというんですか」

「…………」

「まただんまりですか?」


 ハシバの声が痛い。

 常ならば諦め半分で流してくれるというのに、今回はそうもいかない雰囲気が漂っている。目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、ルーフェが話す気になるまでいくらでも待つとハシバの目が雄弁に語っていた。

 いたたまれなくなりルーフェは視線をそらす。


 年々雪深くなるノルテイスラの状況に見て見ぬ振りはもうできないとルーフェがハシバと動き出したのが二年前の大祭後だった。

 約二年、ルーフェのわがままに付き合わせる形で共に旅をしてきた。


(……ずっと、……我慢してくれてたのかな)


 水の魔導師を探すという目的は告げたものの、その理由をはじめ事の子細をハシバに話したことはない。にも関わらず、小言はあれど基本的にはルーフェの意見を尊重し、骨を折ってくれた。主従関係みたいで嫌だとは口にするが、なにくれとなく助けてくれるハシバに甘えていたのは他でもないルーフェ自身だ。


「……僕はそんなに信用できないですか?」


 ハシバの掠れたような声が胸を刺す。

 信用できるかできないかといえば、そんなもの前者に決まっている。言葉の代わりにルーフェは頭を横に振ることで答えとした。

 うつむき加減の状態からそっと上目遣いで様子をうかがうと、こちらをじっと見つめるハシバと視線が合った。眼鏡の奥、濃いグレーの瞳がルーフェをまっすぐ射抜いている。


 ハシバが共にいて魔力の補給をしてくれるからこそ、魔導師であるルーフェはノルテイスラで自由に動くことができる。一介の巫子だとハシバは言うが、ルーフェの中で他の巫子とハシバは明確に違う。それだけは紛れもない事実だ。

 そんな相手を無下に扱うことはルーフェにはできなかった。



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