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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第一章 雪降る街で
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14 側近

 宿屋から戻ってきたルーフェからいくつか魔石を受け取り、魔力を吸収してハシバは動けるようになった。

 ルーフェはまだ使った方がいいと言うがハシバは固辞する。


「休めば回復しますから」

「でも、まだ足りないでしょ」

「大丈夫です。せっかくお金になるんですから、無駄にするわけにはいきません」

「そう、だけど」

「それより、ここだと目立ちます。移動しましょう」


 人だかりは去ったとはいえ、人通りはそこそこある道端で話すのは色々まずいと三人は宿の部屋へ場所を移した。




 レティスとハシバの二人部屋。

 二脚しかない椅子をハシバはルーフェとレティスに譲り、自らは立つと言ったがルーフェは「それはだめ」と止めた。

 私はここでいいからとルーフェはハシバのベッドに腰を下ろす。


「本当は横になってて欲しいくらいだけど、それは嫌なんでしょ?」

「…………」


 憮然とした表情が答えだった。

 ここで言い争うのは無駄でしかないと悟ったのか、ルーフェに勧められるままハシバは椅子に座り、レティスに向き直る。


「で、何から話しましょうか。――あぁ、僕が巫子かどうかですか。答えはご覧の通りイエスです」


 特に意を決した様子もなく、さらりとハシバは言う。

 逆に焦ったのはルーフェだ。レティスが口を開くより早く、ハシバに食ってかかった。


「ちょっとハシバ、いいの?」

「いいも何も。状況が変わりましたから。……姫から伝言もあります。『なるべく早く、大神殿に連れてくること』だそうです」

「! マナが……?」


 姫――マナからの伝言に、ルーフェは黙りこむ。

 ハシバが視線をレティスへ移すと、怒っているような、納得のいっていないような、複雑な顔をしていた。


「どうして黙っていたのか、って顔ですが。仮に最初に話していたとして、貴方は信じましたか?」

「……それ、は…………」


 図星だったらしく、レティスから返事はない。


「まぁ巫子は女性が多いですから。信じられないのも無理はないです」


 魔力をその身に貯める器となるのが巫子だ。器であるため、魔力を吸収することもできる。魔石から、あるいは魔法そのものから。

 巫子の力は男女問わず発現するものの、母数としては女性に偏りがちだという。

 実際に巫子となるかどうかは本人の意思に委ねられてはいるが、筆頭巫子が首を縦に振らねば神殿に仕えることはできないのが現実だ。

 何故か今の水の筆頭巫子であるマナは女性ばかり重用するため、水の巫子といえば女性となるのは必然だった。


「論より証拠を見せましょうか。すみません、手をお借りしても?」

「あ、うん」


 促されるまま差し出したルーフェの手を取ると同時に、ハシバは上の服の裾をめくる。

 ハシバの手がほのかに光ったかと思うと、均整の取れた脇腹のあたりに拳大の花のような痣が浮かび上がった。

 ルーフェにとっては見慣れたものであったがレティスはもちろんそうではなく、驚いたように目を丸くした。


「! 巫子の、痣……」

「事情に明るくて何よりです」


 巫子として精霊に愛された者には、体のどこかに花のような痣が発現する。

 平常時には見えず、巫子の力を使う際のみに浮かび上がるそれは紛れもない巫子の証だった。


「こうして力があれば、男でも巫子になれます。……どうも僕はそれなりに有名みたいで」

「『巫子姫の側近として男の巫子がいる』って、ノルテイスラの魔法使いの間では知られている話なの」


 ルーフェが補足説明を挟む。


「だからああして逃げていったわけです。誰だって、姫を敵に回したくないですから」

「その、レティス。……黙っててごめんなさい」


 頭を下げるルーフェに対し、ハシバは渋い顔だ。


「貴女が謝ることではないでしょう」

「だって、結果的に騙しちゃったみたいなものだから」


 出会った当初からレティスは巫子に会いたいと言っていたが、実際はずっと目の前にいた。

 黙って様子を見られていて良い気はしないだろう。


「……なんだよそれ」


 困惑しきった声で、レティスはハシバとルーフェの二人を交互に見やる。


「ルーフェも、ずっと知って……?」

「…………それ、は……」


 返す言葉が見つからず、口ごもるルーフェ。

 それが何よりも明確な答えとなってしまった。


「……ごめん、ちょっと頭冷やしてくる」


 席を立ち、レティスは部屋を出る。


「レティス! ……っ」


 追いかけようとしたルーフェを止めたのはハシバだ。腕を掴み、目で静止する。


「なんで止めるの」

「追いかけて、なんて言うつもりですか?」

「っ! ……それは……でも……」


 迷うルーフェに対してハシバは冷静だ。


「戻ってきますよ、彼は。荷物も置いていった、なによりシズがいない」


 言われてはじめてルーフェは白い魔獣の姿が見えないことに気がついた。

 シズは普段ルーフェではなく、ずっとハシバにくっついている。てっきり今もまたそうだと思っていたのだが、そうでないということはレティスと共にいるであろうことは容易に想像できた。


「おそらく彼にくっついているのかと。だから、大丈夫ですよ。――それに、貴女に聞きたいこともあるのでちょうどいい」


 眼鏡の奥の瞳が真っ直ぐにルーフェを捉える。

 ルーフェは身構えたが、同時に腕を掴むハシバの力が弱いことにも気づいた。


「……ハシバ、まだ体調が」

「いえ。魔力は大丈夫、です。けど……」


 ぐうううと気の抜けるような音が部屋に響いた。

 拍子抜けしてしまったルーフェに、ハシバはひとつ咳払いをする。


「……すみません。休めば回復するとは言ったものの、食べずにいるのも限界みたいです……」



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