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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第一章 雪降る街で
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13 揉め事

 ノルテイスラに来てからというもの、変な輩に絡まれることは一度や二度ではなかった。


 昼を過ぎてしまったし早く戻らねばと急ぎ足で宿を目指す。道中、前から足取りが怪しい二人組が来ていたのは気づいていた。距離を取れば大丈夫かと端に寄るも、ふらついた一人がレティスにぶつかり、勢いそのまま転んでいった。


「あ、すみません。大丈夫ですか?」


 ぶつかられたにも関わらず、とっさに謝るレティス。


「どこ見て歩いてんだ。……なんだぁお前ら、よそ者か?」


 転んでいない方の男がレティスとルーフェを上から下まで睨めつけてきた。

 よく聞けばろれつが回っておらず、吐く息はどこか酒臭い。

 昼間から酒を飲んでふらつく酔っぱらい。関わりたくない人種に会ってしまった。


「よそ者がなんの用だぁ?」

「よく見りゃいい身なりしてるし、金持ちが観光にでも来たか?」

「こんな時期にか? そいつは頭おかしいわ」

「そりゃあ違いない」

「おい、迷惑料払えば飯ぐらい食わせてやってもいいぞ」

「味は保証しないけどな」


 酔っぱらいはげらげらと下品に笑う。言いがかりも甚だしいところだったが、相手をするのも馬鹿らしい。


「言いたいこと言って気がすんだでしょ。レティス、行きましょ」


 しばし酔っぱらいの話を黙って聞いていたルーフェがレティスの袖を引いた。


「え、あ、うん……っ!」


 レティスが振り向こうとした瞬間、目の端で男が動くのが見えた。

 酔っぱらいの男が何やら杖のような物を持っている。杖の先の石が水色に輝くと、そこから水が塊となって作り出され、レティスに向かって飛んでくる。


 ――魔法だ。よけるか? でもよけたらルーフェに当たってしまう。


 即座に考え、レティスは頭を守るように腕を顔の前で交差する。

 大きな水の塊はレティスにぶつかろうかという刹那、急に勢いを無くし、散っていった。

 傍目からするとそのまま当たったように見えるが、レティスは飛沫を受けただけ。衝撃はなく、勢いを失った水を頭から被る形になった。

 周囲の人だかりのざわめきが大きくなる。


「逃げんのかぁ? 人様にぶつかっておいてよ」

「そうだぞ、魔法使い様の服を汚しといて、何もなしってのはないぜ」


 ニヤニヤと下品な笑みを浮かべる男たち。

 濡れた帽子が気持ち悪くて、レティスは帽子を脱ぎ、額を拭う。手袋も濡れたのでついでに取った。


 陽に透ける銀髪が露わになり、周囲のざわめきが一層強くなった。

 異質な物を見るような、畏怖まじりのささやき。魔法使いへ逆らうなんて運がないといった憐憫もあった。

 勝手なことを言う周囲を一瞥し、レティスは反論した。


「だから、転がせちゃったのは謝っただろ。そもそも、そっちからぶつかってきたんじゃないか」

「っんだとぉ! 生意気な奴だな」


 男の持った杖の先の石が再び光を宿す。

 ルーフェが背中に手を回すのと、そんなルーフェを背に回すようにレティスが一歩前に出たのは同時だった。

 両手を広げ、無意識に目を閉じる。


「――な、なんだお前っ」


 くるであろう衝撃の代わりに聞こえてきたのは、焦ったような男の声だった。

 おそるおそるレティスがまぶたを上げると、ハシバの大きな背中が見えた。


「……俺の連れが何か?」


 男の杖を握りしめ、低くハシバが言った。

 杖の先からみるみるうちに光が失われていく。そのまま捻るように男の手から杖を取り上げ、そのあたりに放り投げた。


「力の無駄遣いはやめましょう。魔法使いの名が泣きますよ」


 言われた魔法使いの男は呆気に取られたようで動きが止まっている。

 ハシバは腕まくりをしてぽん、ともう一人の男の肩に手を置いた。


「それとも、俺が相手しようか?」


 背の高いハシバから見下ろされるような形になり、このままでは格好がつかないと思ったのか、男は気色ばんだ。


「いい度胸じゃねぇか。覚悟しとけよ?」


 そう言って、男は懐から短剣を取り出した。

 周囲から悲鳴が上がる。


「――止めろ!」


 静止の言葉を投げたのは、魔法使いの男だった。

 拾った杖を握りしめ、信じられないといった顔でハシバを見つめている。


「……魔法が消えた。お前まさか、ミコ、か?」


 魔法使いの男の声は掠れて小さく、今にも消え入りそうだった。


「そうだと言ったら何なんだ?」

「いや……」


 気まずそうに周囲を見渡す。

 レティスと視線が合うと、魔法使いの男はバツが悪そうに頭を下げた。


「悪かった。飲み過ぎちまったみたいだ」

「え、おい!」

「いいから、行くぞ。……相手にするには分が悪い」


 短剣を持った男を引きずるように、魔法使いの男はハシバに背を向けた。

 おら邪魔だ、見せ物じゃねえぞ、そんな悪態とともに人だかりをかき分け、そのまま消えていった。

 周囲の人だかりもまた、なんだったのかしら、怪我人が出なくて良かったと好き好きざわめきを残して散っていく。


「遅くなってすみません。大丈夫でしたか?」


 口火を切ったのはハシバだった。

 二人に向き直り、上から下まで全身をチェックするとほっと胸を撫でおろした。


「怪我はなさそうですね」

「怪我はないけど、ちょっと遅い。うっかり手が出そうになっちゃった。でもありがと、助かったわ」


 ルーフェは唇を尖らせながらもハシバに礼をする。


「レティスも、守ってくれてありがとう。にしても、濡れちゃったから早く乾かさなきゃ。……レティス?」


 レティスの視点が固定されていることに気付き、ルーフェは首を傾げた。

 視線を追ったその先にいたのはハシバだ。


「……今、さっきの人。ミコだって。……ハシバさんが?」

「…………聞こえてたんですね」


 騒がしいから聞かれてないと思ったんですが、とハシバはため息をついた。


「なんで、黙って……」


 ハシバに駆け寄るレティス。

 勢いのままハシバの腕を取った瞬間、痺れるような感覚が体に走った。


 刹那、青い光が電撃のように煌めく。


「――……っ!?」


 手を離して後ずさる。


「今のは……」


 それはハシバも同様だったらしく、腕を抑え、驚きを隠せない表情をしていた。

 眼鏡の奥の視線が揺らぎ、ぐら、と大きな体が傾ぐ。


「ハシバ!」


 ルーフェの声に反応するように、足が出た。ハシバはすんでのところで踏ん張り、膝をつく。


「何、今の……」

「……ルーフェ殿。ちょっと」


 呆然とするルーフェをハシバは手招きする。


「昨日の魔石。持ってますか?」

「宿に置いてきたけど……大丈夫? 顔、真っ青よ」

「……魔力、根こそぎ持っていかれました」

「えぇ?」

「補充させて、欲しい……」


 今にも倒れそうなハシバにすぐ取ってくるからと声をかけ、ルーフェは駆け出す。

 残されたレティスもまた呆然としていた。


 体が熱い。今まで感じたことのない充足感に、動揺を隠せない。


「なんだ今の、これって……」


 自らの手のひらと、ハシバを交互に見やる。

 混乱して動けないでいると、懐からシズが飛び出てきた。そのまま飛び跳ねてハシバの元へ。

 ハシバの周りでぐるぐる回っているシズは、何かをくわえているようだった。目をこらすと、青い色が煌めいている。


「あ、オレの魔石!」


 昨日ルーフェにもらった、水の魔石だった。


「……すみません、これ、もらっても?」


 状況が飲みこめないが、息も絶え絶えなハシバを前に嫌とは言えない。

 レティスが頷いたのを見てとり、ハシバはシズから魔石を受け取った。


「ありがとう、助かります……」


 ハシバが魔石を握ると、ほのかに青い光が漏れる。

 ふぅ、と一息つき、手を開くとそこにあったのは透明な石だった。

 一瞬前まで青かったそれは、風に乗ってサラサラと霧散していく。


「巫子は、こうやって魔力を補充することができるんですよ」


 顔色は悪いままだったが、息苦しさは幾分和らいだようだ。


「休んでも回復しますが……すみません、まだ動けません」

「……よく分からないけど、オレの、せい?」

「理解が早くて結構です。……ですが、僕も理由まではわかりません」


 青い顔をしたハシバの言葉に嘘は感じられないが、だからこそレティスは困惑する。


 ――何かを隠していると、薄々勘付いてはいた。


(……ルーフェが知らない、わけないよな……)


 ルーフェはハシバの仕えている人と顔馴染みだと言っていた。

 ハシバが巫子であるなら、仕えている人は必然的に巫女姫になる。であるなら、ハシバが巫子であると知らないわけはないだろう。


 レティスが巫子に会いたいと最初から知った上で、ずっと黙秘されていた。


 その事実が棘のように胸に突き刺さり、レティスはその場から動くことができなかった。



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