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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第七章 レゾンデートルのありか

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19 はりぼてのお姫様 2

投稿遅れてすみません

「……戻ったところで私の居場所なんてないわ。ミツルを傷つけて、他の巫子になんて言われるか」


 レティスの視線を真っ向から受け止め、シオンは投げやりに吐き捨てる。


「それなんだけど、ミツルさんの怪我が誰のせいかっていうのは伏せることにしたんだ」

「どうして?」

「その方がシオンさんが戻りやすくなるだろうから。というわけで、セイジさんの方でも話が広まるのを防いでほしいんだ」


 そうレティスに話を振られたセイジはわずかに考え込む素振りを見せた後、シオンへ訝しげな視線を向けた。


「構わない――と言いたいところだが、その前に。その巫子を擁護する理由をお聞かせ願いたい。ミツルが庇ったから事なきを得たが、仮に卿を傷つけていたら外交問題待ったなしだ」

「ちょっとセイジ、」

「まあ。あの状況下でルーフェ様を守るべきはセイジ様ではないのですか? アオイ様はしっかりとお守りしていたというのに」


 アオイの言葉に被せるように口を開いたのはスミレだ。

 セイジに物怖じすることなく、柔和な態度でしっかりと言い返す様はどこかマナを彷彿とさせる。神殿という女社会でのし上がったのは伊達ではなく、スミレもまた優しいだけの女ではない。


「あれは渡した護符が反応したからで…………いや、そうだな。こちらにも落ち度はある。同行を許可したのも俺だったな」


 がしがしと頭をかき、セイジはふうと息を吐く。

 横からアオイにこづかれたこともあり、手のひらを見せて承諾の意を示した。


「いいだろう。先日見たことは他言無用にすると約束しよう」

「ありがとう、セイジさん」

「礼はいい。端から職務において見知ったことは他言無用という決まりだ。それは巫子も変わらぬはずなのだが……君は違ったようだな」

「…………」


 セイジの隻眼に貫かれ、シオンの背中を嫌な汗が伝う。


(なんて嫌な話題)


 すべて知られている可能性が頭をよぎる。

 取り澄ました顔を浮かべたところで意味はないのかもしれないが、シオンは意地で目を逸らさなかった。


「――あのねシオン。もう全部分かってるの。あなたがずっと前から神殿の情報を漏らしていたことも、……クロセの家でどんな目に遭っていたのかってことも」


 そう悲痛な顔で話しかけてくるアオイだけは、嫌いではなかった。

 女系相続の四の家(シノミヤ)の長女に生まれながら、魔法の才に恵まれなかったアオイ。力不足を知りながら懸命に努力する姿は昔の自分を見ているようで、嫌いにはなれなかった。


「……あぁそれで。情けをかけてくれるってわけですか」

「どうしてそう悪く取るの? あなたのこれまでに免じて、戻ってきてほしいだけじゃない」

「これまでずっと、私は裏切り続けていたのに? 戻る場所なんてないって言ったでしょ。私のことを公にして、クロセを責めればいい。その方がさっぱりして、新しい魔導師様の門出にふさわしいってものでしょう」


 クロセの傀儡として、ずっと情報を流し続けていた過去は消せない。それならばいっそ、シオンごとクロセの家を取り潰せばいい。


「……あんな家、ない方がマシよ。皆死ねばいいのに」


 喉から絞り出すように、心の声が漏れた。


「シオンちゃん。さすがに言葉が過ぎるわ」

「うるさい。いつもいつもそう。スミレは目障りなのよ。あんたがいたら、自分がどんなにちっぽけで、取るに足らない人間かを分からせられて嫌になるの」


 ひとつ、不満を口に出せば止まらなくなった。


「あなたもそうよ。事あるごとにミツルを連れ出して、何がしたいわけ? ミツルのことを駒みたいに見てたこと、気付いていないとでも思ったの?」


 セイジに向けて吐き捨てれば、驚いたかのように片眉が上がった。


「何よりあの女よ。ふらっとやってきてはミツルを独占して、何様のつもりなの。ミツルはミツルで、あの女がいる間はこちらを見てもくれないし」


 幼い頃は元より、距離が開いてからもハシバの視線の先に彼女がいたことは、誰よりもそばにいたシオンが知っている。


「あの女呼ばわりは訂正しましょう。ルーフェ様、でしょう?」

「だからうるさいってば。……皆嫌いよ。皆、皆、私のこと嫌いなんでしょ……っ」


 視界が滲む。

 これまでずっと抑圧されてきた思いが堰を切ったように溢れ出し、嗚咽をこらえることはできなかった。




 結局その日はそのままお開きとなり、レティスとスミレは二人で神殿へ帰っていった。

 シオンは牢へ逆戻りかと思いきや、客間に通されることになる。手枷も外され、監視は立つものの行動に制限はないという。


「他でもないレティスやマナ様が巫子として迎えると言っているんだ。相応の扱いをしないとな」

「……逃げるとは思わないわけ?」

「逃げたところで君に行く宛はないだろう。そうだな、神殿に戻るのが気に食わないのならミカサ(うち)で働くのはどうだ?」

「はあ?」


 何を言っているんだ、この男は。

 取り繕うことをすっかり忘れて、シオンはうろんな目でセイジを見上げた。


「巫子を辞めたところで監視が付くのは避けられまい。それならうち専属の治療師となるのはどうかと思ってな。いやなに、喧嘩っ早い奴が多いから生傷が絶えないもんで」


 からからとセイジは笑うが、笑いごとではないだろう。

 呆気にとられるシオンへ、セイジは隻眼を細めながら告げる。


「なにより、アオイが君を気にかけているからな。ずっと苦しんでいたのに気付いてやれなかったと後悔していたよ」

「……」


 アオイの名を出されては突っかかる気力が削がれてしまった。


「君がしたことは許されることではない。同じように、これまで成してきたこともけして消えない。君は君が思うよりもずっと、周りから認められている」

「……それは、私の後ろにクロセがいたからでしょ。誰も私のことなんて見ていないわ」

「ほう。君の周囲には家柄だけで君を評価するような者しかいなかったのか?」

「っ、そんなわけないでしょう!」


 ハシバも、スミレも、マナも。アオイだってそうだ。

 シオンがクロセであることを笠に着たことがないように、シオンを不当に持ち上げてくることはなかった。

 口からついて出た反論に、シオンは自らでハッとした。


 ――これではセイジに言質を与えてしまうことになってしまう。


 案の定、セイジは満足げに頷いた。


「それに、一人で生きてきたつもりだろうが、君はずっとマナ様の庇護下に置かれていたんだ。その恩に報いることなく、後ろ足で砂をかけるつもりか?」

「…………」

「なに、答えは急がない。レティスが来たらこちらへ通すし、戻る気になったのなら馬車を出そう。ゆっくり考えるといい」


 言いたいことだけ言って、セイジは踵を返して去っていた。

 残されたシオンの胸中はぐちゃぐちゃだ。


 気持ちが昂ぶるままに行動してしまった以上、堕ちていくしかないと思っていた。死なば諸共でクロセを道連れにできればそれで御の字とも。


 だというのに、レティスだけでなくセイジとアオイもシオンに手を差し伸べてくれるのだという。


(……ほんと、なんなの……)


 シオンは母の手を振り払って今の立場を得た。記憶の奥底にへばりつくあの頃には死んだって戻りたくないが、シオンを抱きしめてくれた母のぬくもりを忘れることはできなかった。


 小さなシオンに目線を合わせてくれた母。

 もうぼんやりとしか思い出せない母の姿に、ふと、レティスの姿が重なっていく。


 へなへなとその場にへたり込みながら、シオンは去り際にレティスにかけられた言葉を脳内で反芻した。



 それはひとしきり嗚咽し、アオイに背中を撫でられてようやく落ち着いた頃。

 しゃがみ込むシオンに目線を合わせて、レティスは穏やかに口を開いた。


『シオンさんのこと、マナは薄々勘付いていたんだ。でもあえて放っておいたのは、マナはマナなりにシオンさんを守りたかったんじゃないかな』


 暴かれてクロセに戻ったところで、絶望しか待っていないのは容易に想像できることだ。


『クロセに情報を流していたと言っても、ルーフェに関しては黙っていてくれたみたいだし……ぎりぎりのところで見て見ぬ振りができたんだと思う』


 ルーフェのことを疎ましく感じていながらも、ハシバが悲しむ顔は見たくないという一心で黙っていたことが功を奏していたらしい。

 平穏だと思っていた日々は、薄氷の上に成り立っていた。

 ぞっとするシオンに、レティスはとつとつと告げる。


『無理にとは言わないけど、オレはシオンさんに戻ってきてほしい、です』


 グレーとも紺とも取れる複雑な色合いの瞳には、強い意思の光が宿っていた。


『まだまだ未熟なオレが言うのも何だけど、誰だって失敗するし、どんな人にだって存在価値はあると思ってる。オレはただの一人だって、切り捨てたくないんだ』




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