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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第七章 レゾンデートルのありか

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14 対峙 3

 応接室に残されたのはカズマの他にマナ、レティス、スミレ、そしてアオイと護衛が数人。

 何度見直してもルーフェの姿はない。

 セイジとカズマが揉めていた時間を筆頭に、いくらでも部屋から出ることはできる機会はあった。まず間違いなくセイジ達に着いていったのだろう。


 部屋に入ってきた時と比べ、カズマは一気に老け込んだ気がする。

 額に浮かぶ脂汗を拭い、のろのろとソファに腰掛け、大きくため息をついた。


「……どうしてこんな……」

「ちょっと、マナ様の御前よ?」


 爪を噛むカズマをアオイがたしなめる。

 次いでマナへ恐縮しきったように頭を下げるが、マナが意に介した様子はない。穏やかな笑みを浮かべ、まるでいないものとして扱ってほしいと言わんばかりだ。


 ――おそらく、次世代の五家の内情を知る良い機会とでも思っている。


 楚々とした顔の裏に秘められたしたたかさ。付き合いの浅いレティスでも勘付いているのだから、アオイが気付かないわけもなく。

 また、レティス自身も後学として抑えておきたい点でもある。

 そんな意図が伝わったのか、アオイは「ねえ、カズマさん」とおもむろに切り出すもカズマから返事はない。


「一体どこから……? いや、あの時は……」


 ぶつぶつとつぶやくカズマに、アオイは再度声をかける。


「ちょっとカズマさん、聞いてる? ゴジョウ――ソウヤさんについて聞きたいことがあるんだけど」

「……ああ。あ? そうだ、ソウヤ殿だよ。連絡が取れないんだ。なんだってアヤノがしゃしゃり出てくるんだ?」


 今の時期ならロトスにある五の家(ゴジョウ)邸にはソウヤが住んでいるはずなのに、アヤノしかいないのだとカズマは困惑顔だ。


「それは代替わりしたからよ。連絡が来ていたでしょ」

「なんだと? そんなもん知らん」

「どうせまた手紙を見もせずに溜めているんでしょう。その中にあるわよ」


 まるで見てきたかのように呆れるアオイ。

 先程までの剣呑な雰囲気はどこへやら、互いに気安い口調で言い合う二人からは付き合いの長さがうかがえた。


「……仮にそうだったとしても、理由は? ソウヤ殿がそう安々とアヤノに席を譲るとは思えんが」

「それはカズマさんの方が詳しいのではないの?」

「どういう意味だ?」

「どうもこうも、そのままの意味よ。先代ゴジョウの急逝にはソウヤさんとカズマさんが関わっているのではないの?」

「――は? いや知らん! 俺は何も……」

「あんなにソウヤさんと親しくしているのに?」

「なっ、俺はただ巫子の情報をもらっていただけで、他は何も……――っ!」


 あわてて口をつぐむがもう遅い。

 カズマの失言にアオイはつんと取り澄ました笑顔を向ける。ごくわずかに口角が上がっていることから、これを狙っていたようだ。

 今にも射殺しそうな目でアオイを睨みつけるカズマへマナが声をかける。


「まあ、巫子の情報を? そのお話、詳しく聞かせていただけるかしら」


 鈴を転がすような声に、小首をかしげる様はなんとも愛らしいがカズマにとっては畏怖の対象でしかないだろう。


「あっ……あぁいや、その……」


 カズマの目が泳ぎ、はた、とマナの斜め後ろに控えていたスミレで留まる。


「……そこの女。マナ様の側近と思しいが、名は?」

「わたしですか? スミレと申します」

「スミレ、スミレ……そうか、お前か」


 平然と名乗ったスミレの名を復唱し、カズマはごほんと咳払いをした。


「いや失礼した。マナ様は騙されているのですよ。このクロセの女に!」


 そう叫んでスミレを指差す。


「その女は神殿内の情報をクロセ本家に渡すための傀儡です。マナ様が悪し様に利用されないよう、ゴジョウと私で協力していたまでで……そう、悪いのはすべてこの女なのです!」

「……どなたかとお間違えではないですか?」

「はっ、さすが妾の子は面の皮も厚いと見える。クロセの巫子は色の名を関した名付けがされていることを知らぬとでも思ったか? 今更とぼけても無駄だ」


 鼻で笑うカズマに対し、スミレは困惑しきりといった態度だ。


(スミレさんが裏切り者……?)


 レティスは成り行きを見守りながら、脳内でぐるぐると思考する。

 スミレがそうなのであれば、色々と腑に落ちる点はある。

 マナからの信頼が厚そうに見えてピオーニ勤めなのはあえて距離をおいていたということか。ルーフェに関する情報が漏れていなかったのも、そもそも大神殿にいなければ知る由もないわけで……


 けれど本当にそうなのだろうか。


 秘密を暴露されたにしてはスミレに慌てふためくような素振りはない。ただ純粋に、困っている。どこか遠慮がちにマナを見つめていて、まるで何かの許可を乞うているかのようだ。

 違うなら違うと言えばいい。アオイから聞いた話ではあるが、何かの間違いであればそれに越したことはないのだから。


(……そうだよ、色の名前なんてありふれて……)


 そこまで考えてはたとレティスは気付く。


 ――色の名を冠した巫子なら、もう一人もそうじゃないか。


 そう思い至って勢いよくマナの方へ振り向けば、穏やかな笑みが返ってきた。


「……そうですね。この際ですからはっきりさせましょうか」

「マナ様もこう仰っているのだから、言い逃れはできんぞ」


 マナの言葉に乗じて息巻くカズマ。

 そんな視線を一蹴するようにスミレはソファの横に出て恭しくお辞儀をした。


「では改めまして。わたしはスミレ・トウマと申します。先程までいた巫子がシオン・クロセ……カズマ様が仰ったクロセの巫子かと」

「トウマだと? そんな馬鹿な……」

「本当よ、カズマさん。彼女はトウマ――アオヤギの分家の巫子よ」

「いやしかし、名が」

「わたしの名は花が由来だと聞いております。そもそも、わたしの忠誠はマナ様にあります。けしてマナ様を裏切るような真似はいたしません」


 真摯な表情を浮かべてマナにかしずくスミレ。

 マナがにこりと微笑み返せば、みるみるうちに表情がとろけていく。まるで夢見心地といった具合で、心酔していると言ってもいいだろう。

 これが偽りであるなら何を信じればいいか分からない。そんな妙な説得力があった。


「これではっきりしたわね。カズマさんとソウヤさんはクロセと繋がっていた。責任転嫁しようとしたって無駄よ。何を企んでいたのか、じっくり聞かせてもらいますからね」


 アオイはカズマへ詰め寄る。

 自らの失言によって言質を取られたカズマからは先程までの威勢の良さは消え去っている。


「そしてマナ様。こういうわけですので、シオン本人からも事情を聞かせていただきたく」

「……構いませんよ。いずれこうなることはあの子も分かっているでしょうから」


 穏やかに告げるマナだが、その表情にはどこか憐れみの色が宿っているように見えた。


「それ、オレも同席していいですか」


 事前の打ち合わせでは、ぼろが出るのを防ぐためここぞという時以外は黙っているようにと言われていた。

 けれどこればかりは譲れない。

 裏切りに薄々勘付いていながら、シオンを側に置き続けたマナ。人違いだと気付いていながら、マナの許可を得るまで黙っていたスミレ。

 まるでどちらもシオンを庇っているようで、その理由をレティスは知るべきだと思った。

 レティスの頼みにアオイは何の問題もないと頷きを返す。

 マナもまた頷き、何か口を開こうとした時。


 ――全身がぶわりと粟立つ感覚に襲われた。


 ちかちかと視界が明滅し、片手で顔を覆う。身体の内から湧き上がる、得も言われぬ感覚にレティスは戸惑いを隠せなかった。

 ただ分かるのは、何かが起きたということ。

 そしてこの感覚を、隣に座るマナも感じていることは理解できた。


「レティス」


 そっとマナの手がレティスの手に重なる。


「マナ、これって……」

「ええ。参りましょう」


 マナに導かれるまま、レティスは立ち上がる。


「スミレはこちらに残って。アオイ、この場は任せました」

「は、はい」

「マナ様、レティス様。お気をつけて」


 スミレに見送られて応接室を後にする。

 一体どこへ行くのか。行き先は互いに口にはしなかったが、足が向かう先は同じ。まっすぐに屋敷の外、離れへと歩みを進める。


 離れの入り口には人が集まっており、マナの姿を認めると皆一様に驚き、割れるように道を開けてくれた。

 そうして進んだ先で、レティスは二度と見たくなかった光景を目にすることとなる。





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