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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第七章 レゾンデートルのありか

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13 対峙 2

「アオイに手出しするのはやめてもらおうか」


 声のする方へ振り向けば応接室の入り口にセイジが立っていた。

 その隻眼に魔法の残滓が見てとれることから、アオイを守ったのはセイジの魔法によるもののようだ。


「いかなる理由があろうと女性に手を上げるだなんて、最低ね」


 セイジの傍らにはミオがいて、尻もちをつくカズマを軽蔑しきった目で見つめている。


「セイジ、ミオ!」

「悪いなアオイ、遅くなった。お嬢が準備に手間取ったもんで」

「なによ、セイジこそお父様と話し込んでいたじゃない。あたしだけのせいにしないでちょうだい」


 軽口を叩きあいながら部屋に入ってくる二人だったが、マナとレティスの姿を認めてすぐさま膝をついた。


「こたびは新たな魔導師の誕生、おめでとうございます。なおかつお見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません」

「まあ。見苦しいだなんて、これがそちらの意向ではなくて?」


 愛らしい笑みとともに小首をかしげるマナ。

 セイジは即座に否定した。


「とんでもない。兄は少々気が立っているようでして。ミツルの処分には『反対』する――これがミカサの意向となります」

「なっ……!」

「カズマ、マナ様の御前でしてよ」


 かっと顔を紅潮させたカズマにミオが鋭く忠告する。

 出鼻をくじかれる形となったカズマだが、はいそうですかと簡単に納得できることではない。膝をついたままのセイジを見下ろし、やや小声で問いかける。


「……貴様、一体どういう了見なんだ。説明しろ」

「どうもこうも、この件に関しての名代は兄貴から俺に移った。親父からその旨連絡が届いているはずだ」

「親父から? ……あ」


 思い当たる節があったのか、カズマは懐から一通の手紙らしき物を取り出した。

 広げて目を通して……顔色が赤から青へと変わっていく。


「な、なん……」

「そういうわけだ。――マナ様、ミツルの身柄は神殿へお返しします。ただ審議自体は中止にできるものではないため、決議の際には改めて出廷していただきたく」

「それくらいお安い御用です。そうですね、わたくしもお邪魔させてもらおうかしら」

「マナ様も? いや、構わないが……」

「レティスを五家の方々に紹介する良い機会ですから」


 審議の場には五家の当主、もしくは名代が揃うことになる。

 お披露目の場としてこれ以上ない上に、レティスとハシバの関係を知らしめて互いの立場を確固たるものとしたい考えが透けて見えるようだ。


「……なるほど。ではその旨、各家当主へ伝えておこう」

「当日はお迎えにあがりますので」


 セイジの横に並んで膝をつき、アオイが口を挟む。


「まあ、それではお言葉に甘えて。セイジ、アオイ、ミオ……三人とも、頭を上げて結構ですよ」

「お心遣い痛み入ります」


 常套句を述べ、それではと立ち上がったセイジの視線はカズマに向けられていた。

 泰然とした目線を向けるセイジに対して、カズマの表情は振るわない。

 怒りや屈辱、あるいはそのどちらもか。震える手で手紙を握りつぶしたカズマは憎々しげにセイジへつばを飛ばした。


「セイジ貴様、親父に何を吹き込んだんだ」

「知りたいのであれば親父に直接聞けばいい。どうせ俺が何を言ったところで信じる気はないんだろ?」

「……っ、貴様……」


 図星だったようでカズマの顔に血が上る。

 一瞬で不穏な空気が漂うが、カズマはセイジに殴りかかりはしなかった。

 似た背格好とはいえ服の上からでもセイジとカズマの体躯の違いは明らかで、殴りかかったところで返り討ちにされるだけ。まして魔法を使ったところで結果は見えているだろう。

 ぷるぷると震えるカズマに、セイジは穏やかに告げた。


「今回ばかりは引けないんだ。……いや、これからは、だな。勝手なことは重々承知だが、邪魔をしないでくれないか」

「貴様の言うことを聞く筋合いなどないわ! 能天気に生きているくせにちらほらと俺の視界に入ってきやがって、目障りにも程がある」

「……話にならんな」


 ため息をつき、肩をすくめるセイジ。

 ここまでくるとどんな些細な言動も癇に障るというもので、カズマは今にも沸騰しそうだ。


 そんな二人にアオイが冷や水を浴びせる。


「ちょっと二人とも、兄弟喧嘩はよそでやってくれる?」

「まったくよ。これ以上五家の恥を晒すような真似はやめてちょうだい」


 同調するミオもまた、セイジとカズマの二人に冷ややかな視線を向けていた。


(……水と油、なんだな)


 話には聞いていたものの、想像以上に仲が悪い。

 兄弟でありながら――いや、兄弟だからこそ、けして相容れることができない。そんな風にレティスは受け取った。特にカズマの敵愾心は根深そうで、どことなく故郷の叔父を思い起こさせる。


「んん、これは申し訳ない」

「……チッ」


 周囲の視線を集めていることに気付いたセイジは神妙な顔をするが、カズマは顔をそむけて舌打ちをした。

 この場にいる五家の中で一番の年長者でありながら、なんともはや、だ。

 魔導師とはいえ新参者のレティスはともかく、マナがいるというのに取り繕うことすらできていない。

 感情に左右されるままに激高し聞く耳すら持たないカズマと、非を認めることができるセイジ。

 どちらが上に立つ者にふさわしいかは明らかで、レティスは体裁を保つことの重要さを身をもって知ることとなった。


「それで、肝心のミツル殿なんだけど。どこにいるの? 離れ?」

「…………」


 アオイがハシバの居場所を問うが、返ってきたのは沈黙だった。


「カズマさん。隠したところでしらみつぶしに探すだけよ」

「……勝手にしろ。もう俺の手からは離れたからな」

「もう。あ、まだ話があるんだから、ちょっと待って」


 不機嫌さを隠そうともしないまま部屋を出ていこうとするカズマをアオイが止める。


「では勝手に探させてもらうとしよう。ああ、マナ様はこちらでお待ちください。連れて参りますので」


 入れ替わるようにセイジが踵を返した。

 マナは笑顔で頷き、レティスもまたよろしくお願いしますの意を込めて視線を送る。頭を下げたいところだったがルーフェの言葉が頭をよぎりそこは我慢した。


「あ、あの。私も同行したく思います」


 そう宣言したのはシオンだ。


「俺は構わんが……」

「わたくしも構いませんよ」


 マナが許可を出したのなら受け入れない道理はない。


「あたしも行くわよ」


 ミオが後に続く。

 これはセイジも予想の範疇だったのか、ひとつ頷いただけ。


「では」


 マナとレティスに対して恭しく礼を取り、セイジは応接室を後にした。




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