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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第一章 雪降る街で
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12 水鏡

 別行動をとったハシバは村を出て川辺を歩いていた。

 人里近くでも魔獣が出るようになった昨今、街道から外れた場所に立ち寄る人は稀だがそれでも用心するに越したことはない。ひとしきりあたりを見渡し、人っ子一人いないことを確認すると、ハシバは両手のひらを宙にかざした。


「……水鏡も久し振りだな」


 ハシバはふうと息を吐き、神経を研ぎ澄ます。


 手のひらがぼうっと光ったかと思うとその上の空間がゆらりと歪み、水の塊が現れた。青白い光をはらんだそれは徐々に薄く引き伸ばされるかのように膨らんでいく。

 宙に浮かぶ、頭の大きさくらいの光。揺らいだ水面のような状態はやがて収まり、鏡のように何かを映し出していた。


「――ご無沙汰しています、姫」


 映し出された少女に向けてハシバは膝をつき、頭を垂れた。


 姫と呼ばれた少女は振り返る。

 闇より暗い漆黒の髪に、片方は漆黒の瞳。もう片方はどこまでも澄んだ青の瞳。象牙の中でもひときわ白い肌の少女が、そこにいた。


「ミツル。元気そうで何よりです」


 鈴のなるような声で姫はふわりと微笑んだ。

 ミツル・ハシバ。それがハシバの名だ。

 頭を上げ、ハシバは申し訳なさげに切り出した。


「急な連絡となり申し訳ありません。少々状況が変わりまして」

「あら、大丈夫よ。状況が変わったというのは?」


 姫に促されるまま、ハシバは答える。


 巫子を怒らせた他地方人がいるという噂話から、行き倒れていたレティスという少年を助けたこと。

 人を探していて、巫子なら知っているらしく神殿に向かっていたこと。

 シズが見つけたというだけで、ルーフェが同行するよう決めたこと。


「理由は不明ですが南の神殿で門前払いを食らったようで、それならば大神殿へ行きたいと。おいそれと連れていけないので北の神殿の街(ピオーニ)へ寄る案はルーフェ殿に却下されました。どうしてもロトスへ――大神殿へ行くための船に乗る許可が欲しいとのことで……」


 ハシバの言葉の歯切れは悪い。

 おおむね正確に物事を伝えたが、唯一、レティスが『探し求めている者』かもしれないとルーフェが言っていたことは何故か言えなかった。


「そう、シズが……」


 何やら思案するような素振りで姫は頷く。


「その子、魔法は使えますの?」

「はい。使えるといっても、簡単なものを少しだけだと本人は言っていました。なんでも父親が火の魔導師の補佐をしていた人物だとか。母親が、その……水の巫子、だったそうです」

「!」


 水鏡の向こう側で姫が息を呑む気配がした。

 驚くのも無理はない。ハシバ自身、聞いた時は動揺のあまり手を滑らせてしまったほどだ。


 よりにもよって同郷の――ハシバと同じ、水の巫子だとは思いもよらなかった。


「名は聞いていません。おそらく、年齢的に十六年前に大量に辞めた誰かのうちの子かと」

「そう、ですか……」


 姫ならば心当たりがあるのだろうかと顔色をうかがい、ハシバは目を疑った。


 わずかに上気した頬。口角が上がり、高揚を抑えきれない――そんな表情だった。

 その理由がハシバには思い当たらず、言葉を失ってしまった。


「船に乗る許可を出します。ミツル、その子を連れてきてください」

「……え」

「おそらくルーフェもそのつもりで言ったんでしょう。なるべく早く、大祭の前に。大神殿で待っています」

「な、何故……」


 わけが分からない。ハシバの動揺が伝わったのか、水鏡が揺らぐ。

 揺らいだ先で、姫は微笑む。花が綻ぶように。


「おそらくその子が、探している『次の魔導師候補』です」


 その言葉を最後に、水鏡は霧散した。

 事態が飲みこめず、ハシバはふらふらと立ち上がる。


 どうして――何故、ルーフェと同じ結論に至るのか。その理由がハシバには分からない。


「…………どうして……?」


 ハシバの独白は流れる水音に吸いこまれていく。



 レティスと同じように、ルーフェとハシバも人を探している。

 神殿から身動きがとれない姫に代わって、手探り状態でノルテイスラをまわりはじめたのが約二年前のことだ。

 手がかりはないといってよく、ただ地道に各地をまわっていった。


 最初の一年、収穫はなかった。ノルテイスラの現状を目の当たりにして傷つくルーフェを隣で見ていることしかできなかった。

 大祭のために一度大神殿に戻り、もう一年探すと決めたルーフェに姫はシズを託した。ルーフェは二つ返事でシズを受け取ったけれど、ハシバはこの小さな魔獣に何ができるのか知らない。


 ルーフェが水の大神殿に連れてきたと聞いているのにけして彼女には懐かない、不思議な魔獣。


(シズが見つけたからって、なんで魔導師候補になるんだ……?)


 人を、探している。

 ――失われた水の魔導師に成り得る人を。


 魔導師とは、平素を脅かす精霊の力を治め、大地に安寧をもたらす者だ。

 ノルテイスラであれば水精霊を御すことで、この北の大地の雪解けを誘い、大いなる恵みをもたらす。


 候補者が見つかって嬉しいと思う気持ちよりも、何故、という気持ちが勝ってしまい、しばらくハシバは呆然と立ち尽くすことしかできなかった。





 昼前にハシバは宿まで戻ってきたが、ルーフェとレティスの二人はまだ戻ってきていなかった。

 ルーフェが時間にルーズなのは今に始まったことではないのでさほど気にはならない。

 荷物の整理をして時間を潰していたら何やら外が騒がしい。窓から外をのぞくと何やら人だかりができていた。


(……まさか、な)


 なんだか嫌な予感がして宿を出る。


 人だかりに近づいて村人の話に聞き耳を立てると、どうも酔っぱらいがよそ者に絡んでいるらしい。

 こんな時期にいるよそ者なんて、心当たりしかなかった。


「すみません、通してください」


 人の間をすり抜けるように人だかりの中心まで行くと、言葉通り酔っぱらいの男二人と、ルーフェを背に立つレティスがいた。




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