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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第七章 レゾンデートルのありか

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12 対峙 1

 ロトスにあるミカサ邸は神殿の街ピオーニで過ごしたセイジ邸とは随分と様相が違っていた。

 石造りの離れはさておき、通された屋敷に畳や襖、特徴的な外廊下といった隣国の要素はなく、ノルテイスラでよく見かける至って普通の木造建築。ただレティスに違和感を与えたのはそこではなく、屋敷内の至るところに飾られた調度品の数々だ。

 足元には毛足の長い絨毯が敷かれ、絵画や彫像といった贅を凝らしたものが壁際を飾っている。

 雪に閉ざされ、困窮しつつある民の暮らしとはかけ離れた空間。きらびやかな色彩に酔ってしまったのか、何とも落ち着かない。

 おまけに応接室に通されて早々、アオイに頭を下げられてレティスは面食らってしまった。


「ごめんレティス。先に謝っておくわ」

「え、と?」

「カズマさん……ああ、セイジのお兄さんなんだけどね。セイジとは違う意味で遠慮のない人で、絶っっっ対に不愉快な思いをさせるだろうから」

「そ、そうなんだ」


 カズマの話は折に触れて聞いたことがあるが、皆一様に評価はいまひとつだ。

 セイジを差し置いて三の家(ミカサ)の次期当主という程の人なのだから、さぞ人徳のある人かと思いきやそうでもないらしい。

 とはいえ、間の子という境遇から侮られることには慣れている。

 今更何を言われたところでどうということもないが、心積もりをしておくに越したことはない。


 そうして待ったのはわずかな間。

 部屋に入ってきたカズマは言われていた通り、声やパッと見の背格好はセイジと似ている部分はあるが、醸し出す雰囲気がまるきり違った。

 恰幅が良いカズマの身体つきは鍛えていないもののそれだ。セイジに備わっている精悍さはかけらもなく、ぎらぎらと光る目が異彩を放っている。

 カズマはレティスの傍らに立つマナを視界に入れるとごくりと息を呑んだ。


「マナ様、ですか? まさか本当に神殿を出られるとは……」

「あなたの目にはわたくしが偽物に見えて?」

「いえそんな、滅相もない。麗しきマナ様に拝見できて恐悦至極に存じます」


 恭しく頭を垂れるも、心から思っていないことが丸分かりの声色だ。


「ささ、マナ様、どうぞお掛けになってください。……アオイ、お前がついていながらどうしてお立ちになられたままなんだ。まったく、気が利かぬな」


 マナにへりくだったその口で、アオイには叱責する。

 どうしても何も部屋に着いたばかりなのだからしようがないだろう。アオイは理不尽な言い分にも慣れているのか、カズマの言葉を受けてもどこ吹く風だ。

 マナもまた意に介した様子はなく、穏やかな笑みをレティスに向ける。

 これは合図だ。ぴんと来たレティスは打ち合わせ通りにマナに手を差し出した。


「マナ、座ろうか」

「ええ」


 マナはレティスの手を取り、エスコートされるままに革張りのソファへ腰を下ろす。

 レティスはマナの隣へ。シオンとスミレは二人を囲うように後ろに立った。一拍遅れてアオイはテーブルを挟んで向かいの席へ腰を下ろした。

 ルーフェはといえば四の家(シノミヤ)の護衛と共に部屋の隅に控えている。護衛は男女問わずいずれも目深にフードを被っているという異様な光景だが、これはルーフェの素性を隠すため。カズマと面識はないというが、髪と瞳の色から万が一でも推測をされないよう念には念を入れた形だ。


 そんな心配は杞憂に終わったようで、カズマは『マナ』と呼び捨てにしたレティスに釘付けになっていた。

 頭の先から爪先まで、値踏みするような視線がぶつけられる。

 ある程度は予想していたとはいえ、こうもあからさまにされるとさすがに気分が悪い。


(……見た目だけは変じゃない、と思うけど……)


 あの契りの後、レティスは半日かけて身綺麗にさせられた。

 伸びた髪はさっぱりと切られ、軽くなった頭に喜んでいると待っていたのは身体の採寸及び着せ替えだった。

 とはいえ大祭前でただでさえ忙しない中、一晩でそれなりの服を作ることは難しい。苦肉の策として取られたのはハシバが昔着ていた服を利用することだった。巫子の正装に若干の手を加えたもののため、マナやシオン、スミレとはお揃いのような雰囲気となる。

 魔導師が着るにはどうなんだろうと思ったが、ルーフェいわく、特に魔導師に決まった服装はないのだという。サヤとマナではタイプが違いすぎるが故にお揃いの印象がないだけで、ルーフェ自身お揃いの格好をすることもあるし、しないこともある。

 その時その時でふさわしい格好は変わるもの。

 今回に限ってはお揃いであるということがある種アピールになるという判断の元、今に至る。


 部屋の最奥にある一人がけのソファへ腰掛けたカズマは、マナへ向けておもむろに口を開いた。


「……僭越ながら、マナ様、まさかこちらの方が?」

「ええ。新たな水の魔導師となった――」

「レティス・シラハです。はじめまして」


 マナに促され、レティスは名乗りを上げる。

 下手に出ないよう堂々として。まっすぐカズマを見据えたが、やや緊張した声色となってしまった。

 レティスを見返すカズマの表情は好意的とは感じられない。ねめつけるような視線には蔑みの色が混ざり、不愉快さを隠しきれないのか口の端が引きつっている。

 こちらの言い分を信じていないのがありありと分かる態度のまま、カズマはマナへ歪んだ笑顔を向けた。


「…………いやはや、マナ様もお人が悪い。よそ者が水の魔導師となれないのは周知の事実ではないですか」

「カズマさん。信じられないかもしれないけど本当のことなの。シノミヤとして、契りの場に同席したわたしが保証するわ」


 嘲笑混じりのカズマを諌めるようにアオイが横から口を挟む。


「彼は間の子で、れっきとしたノルテイスラの血を引いている。……『シラハ』の名は知っているでしょう?」

「シラハだと? はっ、ならなおさら疑わしいものよ。かの家は裏切り者によって絶えたではないか。よりにもよってその名を騙るとは浅はかだな」


 あくまでカズマは頭から否定する姿勢を崩さない。


「だから嘘ではなくて。……あまり知られていないことだけど、巫子は魔力を読むことができる。血縁があるかどうかが分かるのよ」

「それが何だというんだ。絶えた家だからこそ騙ってい、る……」


 はたと何かに気付いたかのようにカズマの口が止まる。

 目を泳がせるカズマへマナが冷静に告げた。


「ご存知の通り、シラハは完全に絶えたわけではありません。ハシバと名は変わっても、ミツルにはシラハの血が流れています。そしてレティスは出奔したイズミの子。ミツルによって、レティスの出自は証明されています」

「なっ……」

「ですので、レティスが水の魔導師となることは何もおかしいことではありません。わたくしがこうして神殿の外に出られるのがなによりの証左。じきに雲も晴れていくことでしょう」


 驚きの表情を隠せないカズマへマナが笑顔で畳み掛ける。


「なにか行き違いがあったようですが、そろそろミツルを返していただきたいのですよ。ミツルはレティスを見つけ出し、神殿まで導いた功労者です。ありもしない罪を着せられるいわれはありません」

「…………いや、そんな。行き違いとは。奴は風の魔導師と共にいたとミオが……」

「ミオが見たのは去年の大祭でしょ? 大祭にお忍びで他地方の魔導師が来るのは珍しくないそうよ」


 これは半分嘘で、半分本当だ。

 実際のところはルーフェ以外は滅多に来ないのだが、皆一様にお忍びという点は共通しているとマナが言っていた。

 口を挟んだアオイにカズマが食って掛かる。


「なんだと? アオイ貴様、今までそんなこと一言も」

「言えるわけないでしょう。こうまでこじれて、マナ様が明かしていいと言ってくださったから」


 これも嘘だ。元から知っていたことにして、騒ぐようなことではないのだと誤認させる。

 四の家(シノミヤ)の五家と神殿の仲介役という微妙な立ち位置だからこそできる芸当だった。


「それに、事情を聞くだけならともかく審議にかけるのはやりすぎだと何度も伝えたはず。実際にミツル殿を捕らえた時も、共にいたのはセイジだけで風の魔導師の姿なんてなかったと聞くわ」

「あの愚弟なら人一人隠すだなんて朝飯前だろう。いや待て。ということはあいつも共謀していたのか?」

「そう思うのならセイジから話を聞いたらどう?」

「あいつの話などあてにはならん! それにあの巫子はセイジの子飼いだ。口裏を合わせられぬようにしたまでだが……」

「それで? ミツル殿は風の魔導師と共にいたとでも話したの?」

「…………」


 沈黙がなによりの答えだった。

 青ざめるカズマへ、アオイはきっぱりと告げる。


「決まりね。これ以上、ミツル殿を拘束する理由はない。身柄を神殿に戻させてもらいます」

「ま、待て。お前にそんな権限はないはずだ。それに審議は途中で止めることなどできない。現状、賛成と反対は五分なのだからまだ取り調べが必要だろう」

「いえ、五分でなく反対に三票のはずよ。シノミヤ(うち)とゴジョウと、ミカサ――」

「俺は反対などしておらん! でたらめを言うな!!」


 カズマの怒号が室内に響く。


「さっきから聞いていればなんだお前は。それでも五家の一員か? 巫子に取り入るのならまだしも、まるで傀儡ではないか。足りないのは魔力だけではなかったというわけか」

「わたしに魔法の才がないのは事実だけど、シノミヤとしての働きを侮辱される覚えはないわね」

「黙れ。愚弟は誑かせたかもしれんが俺はそうはいかんぞ」

「そっちこそ、さっきからセイジのことを馬鹿にしすぎよ。いくらセイジが邪魔だからといって、足を引っ張るような真似はやめてくれない?」


 セイジを下げたところで、カズマの評価は上がらない。


 アオイからすれば単に事実を告げただけに過ぎないのだろうが、それはカズマにとって地雷だったようだ。

 カズマの目がぎらりと光る。

 腰が浮き、今にもアオイに殴りかからんとしたその時。


 ――バチッ!


 アオイを殴ろうとした手が何か(・・)に弾かれた。




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