聖女と婚約破棄したら魔族に占領された国
石造りの大きなお城がある。分厚い城壁に見張り台の尖塔が周囲にそびえ立ち、古式ゆかしい西洋のお城だ。しかし、その城は壁も建物も増改築を繰り返したために、様々な様式の建物が融合するように見えて、見た目は悪かった。そんな計画性もなく増改築された城は、この国カーシーヤが永らく平和であったことを示している。
軍人が見れば呆れるほどに、防衛力のなさそうな弱点だらけの城であるのが平和な証拠である。
その城の中庭。広々と作られた中庭はパーティーの真っ最中であった。
常に温暖で肥沃な土地と、多種多様な埋蔵量豊富な宝石や金、鉄などの鉱山を持ち、周囲の国々の中で圧倒的な兵力を持ち、精強なる騎士団を持つカーシーヤ王国が誇る学園の卒業パーティーだ。
貴族が通う学園。優秀なる者を常に排出している国の要とも言われる学園を卒業した者たちが、薄闇の帳が降りる中で卒業パーティーを行っていた。
テーブルには銀の燭台がいくつも置かれ、辺りを照らしている。周りには豚の丸焼きや、鳥の丸焼き。真っ白に埋もれるほどに砂糖がかかったクッキーやパンなど、平民では一生食べれない贅沢な料理がずらりと並んでいた。ハープを壁際に座る音楽士がかき鳴らし、その中で着飾った卒業生やその両親たち。多くの人々がパーティーを楽しんでいた。
だが、その楽しげな宴は一人の男の大声により阻まれた。
「エリザベート・メーデス侯爵令嬢! 君とは今日を限りに婚約破棄をさせてもらう! カーシーヤ王国アーゲル・カーシーヤ第一王子の名において!」
舞台の上に立つように、壇上に立つ青年が怒鳴っていた。人々が誰がこの祝いの席にと注視したところ、そこには金髪碧眼の顔立ちが整っている美青年が立っていた。その横には儚げなピンクブロンドのふわふわ天然パーマの可愛らしい小動物のような少女が立っている。
そして青年が怒鳴っているのは対面に立つ燃えるような赤い髪を腰まで伸ばす目つきが鋭い厳しそうな顔立ちの美少女だった。
きつそうな目つきを冷ややかにアーゲル王子へと向けて、凛と立つその背筋を伸ばして、静かな声音でエリザベートは尋ねた。
「なぜなのかとお聞きしてもよろしいでしょうか、アーゲル様?」
「ふん! 貴様は聖女聖女と神からの神託を受けて大事にされていた。魔族から国を守れる聖女だと! だが、実際はどうだ? 結界を張り、魔族を追い返すためと称して大金を寄付と称して集めて浪費三昧! なにが聖女だ! そんな奴は国母に相応しくない。私はエリザベートと婚約破棄を行い、新たなる聖女、マリア・アマヤカース伯爵令嬢と結婚することをここに宣言する!」
「それは国王陛下もお知りなのでしょうか?」
「もちろんだ! いかに君が浪費していたかを知って、憤慨していたぞ。君の両親も納得済だ!」
聖女。大国カーシーヤ王国は肥沃な土地であるが、元は魔族の土地であった。それを初代王とその伴侶が追い出して手に入れたのが、この土地である。王妃となったその女性は神から賜った魔族を追い返す聖なる力を持っており、代々その力は王族や高位貴族に神の神託と共に与えられて、魔族から国を守っていた。
今代の聖女はエリザベート・メーデス。神託により聖女の力を与えられて、王国を守るため、今や魔族の棲家となっている森に結界を張り、侵入されないように力を尽くしてきた。
そのために大金が必要だったのだがと、エリザベートは嘆息する。金に意地汚い王族や貴族には寄付金が嫌だったのだろう。
「わ、私はお金なんか必要ないですぅ〜。私の神聖力のみで魔族を封じることができますぅ〜」
「なんて素晴らしい! さすがは私のマリアだ! これからは君が聖女として活躍をしてくれるんだな」
「アーゲル王子様の、国の為に頑張りますぅ〜」
アーゲルに媚びるようにしなだれかかるマリア。その豊満な胸を押し付けられて、王子の鼻は伸びて顔がニヤけ顔に変わっていた。
その様子を見て、今まで国の為にと頑張ってきたエリザベートは、どうでも良くなった。国の為にと、王子のためにと、そして神の為にと頑張ってきた自分の努力が無に帰したと、心が冷える。
「わかりました、アーゲル王子。その婚約破棄承りました」
「ふんっ、当然だ! 国外追放されないだけ感謝を」
鼻で笑い、王子はエリザベートを蔑もうとして
「それならば、私と婚約、いえ、結婚して頂きますか? エリザベート令嬢?」
突如として口を挟む男がいた。多少冷たさの残る目つきに、青髪の怜悧なる顔立ちの青年だ。
「レーナイ王子?」
エリザベートは声を掛けられた相手を見て驚く。その男は隣国カーラ王国から留学して来ていたレーナイ・カーラ第一王子だったからだ。
「ずっと好きだったんだ。君と会ったときから。学園内でも君の頑張りは見てきた。神学は常に一位。品行方正で貴族の鑑として頑張る君を見てどんどん好きになっていった。だが、君は既に婚約者のいる身。諦めていたけど、婚約破棄となれば、もう我慢する気はない。どうか、私と結婚してもらえませんか?」
優しげな微笑みを浮かべて、片膝をつきエリザベートの手を取るレーナイ王子に、エリザベートの目が潤む。
「ありがとうございます、レーナイ王子。お受けいたしますわ」
エリザベートが微笑んだ瞬間に、その首に掛けている大粒の宝石や、頭にかぶっているサークレットに散らされるように嵌められた宝石、手に嵌めてある指輪の宝石、星を模したドレスにつけられた多種多様の宝石が目も眩むほどに白く輝く。
「こ、これは?」
「なんと神々しい光だ」
「心が洗われるようだ!」
周囲の人々はその光を見ても、なぜか目は眩むことなく、穏やかな優しげな温もりに包まれる感触を受けて、どよめき騒ぐ。
光が収まる中で、エリザベートはアーゲル王子へと冷ややかに一礼をする。
「では、聖女としての役割も必要ないようですので、わたくしはこの国を去ります。今までありがとうございました」
「ま、まて! こんな力があるなんて聞いていない!」
震える身体を抑え込み、アーゲル王子は叫ぶが、エリザベートはフッと鼻で笑う。
「それは王子がお聞きにならなかったからでしょう」
「では行きましょうか、エリザベート令嬢」
レーナイ王子に手を引かれて、エスコートをされながらエリザベートは去っていき、中庭から出る前に少しだけ振り返った。
「すぐに結界はなくなるでしょうから、新たなる聖女様がいれば大丈夫ですわよね? では、さようなら」
身体を強張らせて、マリアは蒼白になっていたが、そんなことは気にも止めずにエリザベートは去っていった。
そうしてエリザベートは去っていき、カーラ王国でレーナイ王子と盛大に結婚式を行い、幸せに暮らすのであった。
だが、結界のなくなったカーシーヤ王国はというと………。
結界がなくなり、侵入してきた魔族たちにより、滅びの道を歩んでいた。
謁見の間にて、王たちは魔族の侵攻に頭を抱えて絶望の表情となっていた。
「魔族を倒すことはできんのか?」
王が声を荒げて報告に来た兵士へと怒鳴る。兵士は震えて身体を縮めて顔を俯けて報告する。
「ははっ! 魔族は凶悪な力を持っています。剣も槍も矢も効かず、戦いになりません!」
大国カーシーヤは精強なる騎士団と多くの兵を抱え込む大国であるのに、魔族はものともせずに、各地に侵攻して占領していった。短期間での侵攻の速さに、無論王国も様々な作戦をたてて迎撃に向かったが、まったく相手にならなかった。
「マリア! 君なら魔族を封じることができると言っていたじゃないか! エリザベートの代わりを務めるなんて簡単だって!」
アーゲル王子は横に立つ愛する少女に声を荒げて詰問する。話が違うと。
「えぇ〜、わたしぃ〜神託があったと言うようにパパしゃんから命じられただけですしぃ〜」
くねくねと身体をくねらせて、テヘッと舌を出すその少女の告白を聞いて、王子は蒼白となる。わなわなと怒りで顔が歪むが、周囲の貴族たちの怒りの方が大きかった。
「おのれっ、そこの少女を掴まえろ! 神託を偽るとは!」
衛兵が槍を構えてマリアへと近づく。
「えぇ〜、痛いのは嫌だからぁ、パパしゃんの所に帰るぅ〜」
クスリと笑うと、少女を中心に突風が巻き起こり、人々がその風に目を瞑り動揺する。そして、風が止んだときにはマリアはどこにもいなかった。
「ま、魔法! 魔族だったんだ!」
忌み嫌われる力、神により使用を禁じられた魔法の力だと人々は理解をして、愕然として恐怖に身体を震わす。
「最初から魔族の罠だったのだ! いかん、エリザベートに戻って来てもらうように伝令を出せ!」
王が命令を下すが、既に遅かった。ドタドタと足音荒く兵士が汗だくになって飛び込んでくる。
「た、大変です! 陛下、魔族が攻めてきました! 既に正門は開門、騎士たちの多くはやられました!」
「な! は、早すぎる!」
外から大勢の人々の叫び声が聞こえ始めて、皆はゴクリとつばを呑み込む。既に城内に侵入されたらしい。
「扉を閉めるのだ、早く、早く閉めろっ!」
貴族の一人が金切り声をあげて、騎士が慌てて謁見の間の大扉を閉める。
「お、おしまいだ。なんでこんなことに……」
アーゲル王子は膝をつき、顔を歪めて絶望する。エリザベートと話をもっとしておけば良かったと後悔する。彼女は会えば神学の話ばかりしてくるので、あまり神を信じていなかったアーゲルは鬱陶しいと思っていたのだ。それに寄付金が高かった。
うんざりしていたところに現れたのがマリアだった。神学なんか覚えなくても良いと、寄付金なんか払わなくても良いと言い切る彼女を好きになったのだが……。魔族の罠だったのだ。
謁見の間は静寂と恐怖に包まれる。もはや立て籠もって無駄だと誰もが悟っている。大国カーシーヤ王国は、この大陸を覇する誇り高い国はおしまいだと。
騎士たちが無駄であろうと剣を構えて、槍を手に持つ。
緊張に包まれる中で、大扉がガチャガチャとなった。魔族が遂に攻めてきたのだ。
あぁ、と皆が恐怖と絶望に覆われる中で魔族の声が聞こえてきた。
「扉、開かないでつ。いっしょーけんめー開けようとしているのに開かないでつ」
恐ろしい魔族の声。小動物の可愛らしい鳴き声のようなイメージを与える声が泣きそうな声で聞こえてきた。
「大変だ! 魔族ちゃんが泣きそうだ! 開けないと!」
泣きそうだと、慌てて召使いがドアの閂を外す。止めろと制止できる者はいなかった。
ガチャと大扉を開けると、魔族が飛び込んでくる。
てやっと、掛け声をあげて、床に手を付けてでんぐり返しをして、得意げに立ち上がる。
ちっこいおててを空に掲げて〜
短い手足を精一杯伸ばして〜
ぺったんこなお胸を張って〜
小柄な背丈でめいいっぱい格好をつける。
「四季レンジャー、千春!」
「四季レンジャー、千夏だぜ!」
「四季レンジャー、千秋でつわ」
「え、と、四季レンジャー、千冬でつ」
4人の幼女がポーズをとって、ふんすふんすと鼻息荒くさんじょーだ! 可愛らしい幼女さんじょー。
くりくりオメメに、ちっこいお口。笑顔が癒やされる可愛らしい顔立ち。つやつやと張りのあるお肌に、ぬいぐるみのように低い背丈、色違いのワンピースを着込んだ絶世の幼女たちだ。
いや、違った。魔族。魔族です。
どんなに食べても太らない健康体。糖尿病も高血圧もかからないおっさんたちが羨む力を持つ幼女たちだ。いや、魔族でした。
最近はれんしゅーしているので、少しだけポーズがお揃いになってきた幼女たちに、国一番の腕前の騎士団長が突撃する。
「駄目だぞ、謁見の間の床は汚い汚いなんだ。あぁ、埃だらけになっちゃって」
強面をの相好を崩して騎士団長は心を鬼にして注意する。せっかくの洋服が埃だらけだ。剣は幼女がいたずらして怪我をしたら大変だと、壁際に放り投げた。騎士たちも同様だ。
メイドや貴族の夫人が慌てて埃を落としてあげなきゃと近寄ってパタパタしてあげる。
「とうっ」
「たぁっ」
「やぁ」
だが、扉からどんどんと他の幼女たちも飛び込んでくると、でんぐり返しをしてコロコロと転がる。幼女は周りのお友だちの真似をするのが大好きなのだ。
キャッキャッと可愛らしい幼女たちがでんぐり返しをして、皆は大変だと慌てちゃう。埃だらけになっちゃうと。気の利くメイドはお湯の用意をと部屋を飛び出して行った。
そんな中で千春がぽてぽてと玉座に座る国王に近寄って小首を傾げる。
「あたち、玉座に座ってみたいでつ、駄目でしゅか?」
うりゅうりゅとオメメに涙を湛えて聞いてくる幼女を見て、国王はカッと目を見開く。
「駄目ではない。ほら、王冠を被ってみるかい?」
「ありがとでつ! 優しいおじしゃん」
大きすぎる王冠は千春の頭を通り過ぎて首掛けになったが、キャッキャッと喜んで玉座に座り、足を嬉しそうにパタパタと振る。
なんて可愛らしいんだと、国王は歓喜の涙を流して、他の者たちも幼女の気を引くものはないかなと探し始め……。
そうしてカーシーヤ王国は幼女たちに占領された。あ、魔族たちだった。
そうして数年後、レーナイ王と子供たちをもうけて、幸せなエリザベートは魔族に占領された国の報告を聞いていた。
曰く、魔族に美味しい食べ物を上げるために、魔族たちから忌み嫌われる魔法を習い、肥沃であった土地に魔法をかけて呪われた土地へと変えて、品質の良い作物や、これまでは南大陸から輸入するしかなかった砂糖キビとやらを育てるようになったとか。
魔族がオネムの時はちっこい豆電球をつけていないと寝られないと泣いちゃうので、魔法で電力とかいう恐ろしい物を作り上げたとか。
夏は暑いと、冬は寒いと魔族が苦しむので氷の魔法や炎の魔法を使うようになったとか。
その力を使い、ケーキとかプリンとかドーナツとかアイスとか、魔族が好むおぞましい料理を作るようになったとか。
魔族が魔物に噛まれたら大変だと、道を整備して自動車とか電車とかいう魔の乗り物を作り上げたとか。
今やカーシーヤ王国は魔に覆われた恐ろしい国となっていた。
ふぅとため息を吐いて、エリザベートは報告書を放り投げる。
「エリザベート、かの国は恐ろしい魔窟になったようだね。貴族たちも苦しんでいるだろう。助けに行くかい?」
隣に座るレーナイ王が優しく微笑んでくるが、エリザベートはかぶりを振った。
「聖女ではないといったのはあちらですわ。聖なる力を認めない愚かな者たちに相応しい結末かと」
手に嵌めた大粒の宝石のついた指輪を触りながら微笑む。カステーラという魔を封じる聖なる食べ物を森の祭壇に毎月置いていたエリザベート。貴族が料理をするなんてと、恥辱に塗れて、これも聖女の役目だからと我慢していたのに、あの国は私を捨てたのだ。もはや未練はない。
「それに私は幸せですわ。神の名のもとに」
「そうだね。カーシーヤ王国は相応しい最後だった。今度、君の誕生日を祝う特別税をかけようと思うんだがどうだろう?」
「それは良いですわね。聖女に相応しい誕生日パーティーが必要ですもの」
麗らかに優しい陽射しが入ってくる中で幸せなエリザベートたちは朗らかに笑うのであった。
報告書には、魔族が最近、月に住むウサギさんが作っているお餅を食べたいと言っているので宇宙船を建造していると書いてあったが、幸せな二人にはどうでも良いことだった。