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5 勝利の女神

 自分の生まれた国で両親と共に過ごす最後の夜のこと。



「スカーレット、つらい時は手紙を書きなさい。書いて吐き出せば楽になることは多いわ」


「陛下の幼なじみという女性と上手くお付き合いができるかどうか。不安です」


「付かず離れずよ。彼女への対応はあなたの仕事ではないから大丈夫。王位継承に絡むような子供もいないようだし。ベルンハルト殿下にとって父親は反面教師だったらしいわ。彼は誠実な人のようよ。お付き合いした令嬢もいない。そこは婚約前に調べてあります。彼は父親のようにはならないと思う。あなたがよほど愛想を尽かされるようなことをしでかさなければね」


 母はどうやってそんなことを調べたのだろうか。


「あなたは王女として二つの国を繋ぐ役目がある。でも、私は自分の娘を粗末に扱われると知っていて差し出すつもりはなかったの。お相手を婚約前に調べるのは当然よ。それと」


 そこでマーゴット王妃は娘の髪に手をやって優しくその茶色の髪を撫でた。


「あなたは一度も口に出さなかったけれど、スカーレットという名前にそぐわない茶色の髪をずっと気にしていたわね」


「……ご存知でしたか」


「当たり前です。私は政略結婚してから陛下を好きになりました。そしてあなたが生まれたの。真っ赤な朝焼けの時間に生まれてきたからスカーレットと名付けたのよ。朝陽を浴びて泣くあなたは私の幸せそのものでした」


 マーゴット王妃が母の顔で話を続ける。


「スカーレット、なにか苦しいことがあったとしても、感情に支配されて愚かな女になれば、相手は愚かな女としてあなたを扱うでしょう。愚かな女を大切にする人などいないわ」


「はい」


 そこまで話してからマーゴット王妃はスカーレットを抱きしめた。


「頑張るのよ。でも、どうしてもどうしても耐えられなくなったら夫の前でつらいのだと正直に訴えなさい。自分が壊れるまで我慢してはだめよ?あなたには私がいます。どうしてもだめだと思ったら帰って来なさい」


「そんな。お母様、今から帰る話をなさらないで」


「どうしてもの時の話よ。きっとあなたなら上手くやれる。私の娘ですもの」


「ええ、殿下と仲の良い夫婦になります。そして必ず自分の役目を立派に果たしますわ。この国で見ていてください」



・・・・・



「スカーレット。ようこそオグバーン王国へ。疲れただろう?」

「殿下、疲れてはおりません。オグバーンは緑の美しい国で、馬車旅も退屈しませんでした」


 婚約が成立してからずっとオグバーンの言葉を真面目に学んできたからスカーレットに言葉の不自由はない。


 二人は視線を合わせて(会えて嬉しくてたまらない)という空気を振りまいている。両国の国王夫妻と重鎮たちは微笑ましげに若い二人を眺めている。


 ベルンハルトはナサニエル国王夫妻に丁寧に挨拶をしてから再びスカーレットの隣へと戻った。


「さあ、どうぞ。君が好きだと言っていた焼き菓子をあれこれ取り揃えてあるんだ」


 そこからしばらく両国の王家一同が楽しく会話を弾ませた。ベルンハルトは会話の間にも何度もスカーレットに視線を送った。


(肖像画よりずっと綺麗で知的な感じだ。それに優しそうじゃないか)


 スカーレットもお茶を飲みながらさりげなくベルンハルトを見ていた。


(絵姿よりもずっとずっと大人っぽい!この方が私の夫になるのね)






 結婚式の日の空は晴れ渡り、無事に結婚式を終えて王宮のバルコニーに立つ若い夫婦は満面の笑みだった。


 たくさんの王国民が開放された王宮の庭に集まってベルンハルト王太子とスカーレット王太子妃を祝っている。スカーレットが完璧な笑顔で手を振りながらも緊張で細かく震えているのにベルンハルトが気がついた。


「スカーレット、手を」


 そう言ってベルンハルトはスカーレットと手を繋ぎ、大きな乾いた手で小さなスカーレットの手をぎゅっと握った。


「もう少しだけ頑張って」

「はい、殿下」


 二人は顔を近づけて小声で言葉を交わした。そんな姿に民衆からまた歓声が上がる。


 マーゴット王妃とナサニエル国王はそんな二人を微笑ましく眺めていた。




 各国から訪れた代表たちとの晩餐会も終えて、やっと二人は部屋に戻ってきた。とうに日付は変わっている。


 まだウェディングドレス姿のスカーレットは(これはいつまで着ていればいいの?)と思っていた。


 ベルンハルトは真っ白な軍服にたくさんの勲章を付けて髪を全て後ろに撫で付けている。その髪型は絵姿よりもずっと男前に見えた。


「疲れただろう?湯を使うといい。侍女を呼ぼう。それと……慌ただしくて今まで言えなかったけれど、本当に本当に綺麗だ」

「……」


 十六歳のスカーレットは真っ赤になって気の利いたことを言えないまま下を向いた。


「僕の元に嫁いでくれてありがとう。心細いだろうけど、僕は必ず君を大切にするよ」

「はい。信じております。私も殿下を大切にお支えいたします」


 ベルンハルトは椅子から立ち上がり、スカーレットの前に立ち、片膝をついて真面目な顔になった。


「僕の勝利の女神。君に国の平和と発展を捧げると約束するよ」


 ベルンハルトの一世一代のキメ台詞が微糖である。


 だがスカーレットにはそれが不器用でまっすぐで愛しく思えた。


 自分の前にあるベルンハルトの頭を両手で挟むとスカーレットは自分の頭を彼の頭にコツンとぶつけた。


「よろしくお願いします。あなた」




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