4 マーゴット王妃(2)
「殿下、お久しぶりでございます」
「久しぶりだねマーゴット嬢。話があると聞いたが」
「はい。お尋ねしたいことがございまして」
前夜何度もおさらいした通りにマーゴットは冷静に話を進めた。
「殿下はご自身とパトリシア嬢との噂が流れているのはご存知でしょうか」
マーゴットは噂話に参加する気はなかったが、心に燻る疑念を放ったまま結婚するつもりもなかった。
「ああ、侍従から聞いた。コーディアスが戦地に赴く時『自分にもしものことがあったらパトリシアを頼む』と言われたんだ。だから彼女が悲しみから立ち直るまで話し相手になっている。やましいことは何もない」
マーゴットは殿下の表情をじっと見ていた。
「なぜ人目のある場所で?」
「人目がない場所で慰めろというのか?その方がよほど問題だろう」
「パトリシア嬢の方はどうでしょうか」
「彼女は私と話をすることで悲しみから立ち直ろうとしているのだと思っているが、君は違うと思うのか?」
マーゴットは言いにくいことを言葉にするので緊張している。
「殿下はずいぶん前にパトリシア嬢に真珠のブローチを贈られましたわね。それを彼女が未だに身につけていることはご存知ですか」
「……あのブローチは私が十二歳の時に贈ったものだぞ?子供の贈り物じゃないか。それが未だに問題になるのか?」
「彼女はコーディアス様と婚約した後も、度々そのブローチを身につけて茶会に参加してました。どなたが贈ったものかは何度も聞かされていたので全員が知っておりました」
「それは……知らなかった。それで、あなたは何が言いたい?」
マーゴットはここで深呼吸してナサニエルを見つめて言い切った。
「殿下は脇が甘いのです」
ナサニエルは驚いて「え?」と言う形に口を開けた。
「パトリシア嬢は殿下が子供時代に贈られたブローチを自分が婚約した後も『皆に見せる意味がある』と考える方です。婚約者を失った今は殿下のご厚情を同情ではなく好意を向けられていると思っているでしょう」
「つまりパトリシアには下心があると?」
「ええ。私は彼女も込みで結婚しなくてはならないのかと恐怖しております」
「私は愛人を作るつもりはないよ。まして親友が愛していた人を愛人にするなど、とんでもない話だ」
「そのつもりが無いならお相手にも周りの者にもわかるようにお示しなさいませ。言わなくてもわかるだろう、などとお考えになるのは危険です。人は言葉にしてもらい態度で示してもらってやっと納得するものです」
「……そうか。では君はコーディアスを失って気落ちしているパトリシア嬢を放置しろと言うのかい?」
「違います。私を妻に迎えたいとお思いならば、どうぞ次からは私も一緒に彼女のところへ連れて行ってくださいませ。夫となるかもしれない人の大切な人ならば私も一緒に誠心誠意お慰めいたします。私が同席することを喜ぶか喜ばないかはパトリシア嬢の本音次第です」
「ほう……」
少ししてからナサニエルはクスクス笑い出した。マーゴットは(人がこれほど真剣に話をしているのに!)と腹を立てた。
「いや、すまない。ここまではっきりと女性から意見されたことがなかったもので。なかなか新鮮な経験だと思ったらつい」
そして真顔になって言葉を続けた。
「コーディアスは心から彼女を大切にしていた。だから彼女がコーディアスが戦死してすぐに私との関係を望むはずがないと思いこんでいたが。そうか。甘かったか」
「大甘です」
「大甘……」
「結婚は望まなくても愛人の立場は期待しているかと。でも、一番の問題はあんなにわかりやすい彼女の本音を殿下が見抜けないでいることです」
「なるほどねぇ……私の婚約者候補だった頃の君は十歳だったか?とてもこんな人には見えなかったが」
マーゴットの顔が一瞬で赤くなった。
「あの時は、その、親に口を酸っぱくして大人しくしなさい、しとやかに振る舞いなさいと言われておりましたので」
「そうか。では今のが本当の君なのか」
「はい。子供の頃は二人の兄を泣かせたこともあるじゃじゃ馬です」
ナサニエルは楽しそうな顔でマーゴットを見つめた。
「よし、君の言う通り、今後はパトリシア嬢と二人では会わない。君を連れて行くようにする。それならば君は私との婚約を受けてくれるんだろう?」
「じゃじゃ馬ですが?」
「君こそ私の妻に相応しいと確信したよ。私の妻になるのは気苦労が多い割に報われることが少なくて申し訳ないがね。君は人を見抜く目があり、私に遠慮なく意見も言える。君こそが将来の王妃に相応しい人だ。どうか私との婚約を、いや、結婚を受け入れてほしい」
「そのお返事は私が同席して、私に見る目があったかどうか確認してからにさせてください」
その後、ナサニエルはパトリシアから会いたいと手紙を貰った際にマーゴットを同行させた。
「私と君の間を邪推する者がいるんだ。今後は二人きりで会うのは控えるよ。根も葉もない噂が立っては君にもコーディアスにも申し訳ないからね。今後はマーゴットに同席してもらうことにした」
ナサニエルがそう告げるとパトリシアは目に見えてがっかりしていた。そして一瞬、マーゴットにきつい視線を向けた。ナサニエルはそれを見逃さなかった。
その時以降、パトリシアからナサニエルへのお誘いはピタリとなくなったそうだ。
「君が正しかったよ。やはり私には君が必要だ。私の妻の座を任せられる女性は君しかいない」
マーゴットは小さなため息をついてから完璧な笑顔を作った。
「よろしゅうございます。ジャクソン・ディーキン侯爵の娘マーゴット・ディーキンは妻としてあなたを全力で支えることをお約束致します」