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3 マーゴット王妃(1)

 それは簡単に決着するはずの小規模な戦いだった。


 当時王太子だったナサニエルは、自分の右腕であるコーディアスに指揮権を与えて戦場に送り出した。


 しかし予想に反して戦いは苦戦して、目の前で殺されそうになった部下を助けようとしてコーディアスは命を落とした。






「まあ、ご覧なさいませマーゴット様。今日もあのように」


 マーゴット・ディーキン侯爵令嬢が馴染みの令嬢に言われてそちらを見ると、王太子殿下とコーディアスの元婚約者、パトリシア・ヒューム侯爵令嬢が寄り添って王宮の庭園を歩いていた。


 黒髪のパトリシアはほっそりした身体がより細くなっているように見えた。


「婚約者が戦死した途端にあのように殿下にすり寄って」


「亡くなられたコーディアス様は殿下の親友だったのですもの。殿下もご心配なのでしょう」


 黒髪の令嬢と自分は子供の頃に共に王太子妃の候補者だった。しかし王太子の婚約者に選ばれたのは隣国の王女殿下だった。


 マーゴットの両親は「それならそれで良い」とあっさりしたもので、マーゴットの婚約は本人が気乗りしないまま今に至っている。


「なに、いざとなればお前の結婚相手などすぐに決まる」と父は末っ子の自分を手放したくないようだった。


 しかし。


 なかなかこの国の言葉を滑らかに話せないでいた隣国の王女は、こちらの国に慣れるためにと結婚の一年前に王宮に住むことになった。そして病んだ。


 甘やかされて育ったらしい王女はこの国に来てすぐに体調を崩し、眠ることも食べることも難しくなって、みるみる痩せ衰えたと言う。


「これでは……」といったん帰国させたのだが、王女の姿を見た母国の者たちからは婚約解消の声が上がった。


 ナサニエルがたいした反対もせずに婚約解消を受け入れたことと、こうしてパトリシアと親しげに歩く姿が度々目撃されたことから、社交界ではいろんな噂が飛び交った。


「簡単に婚約解消に同意なさったのは隣国の姫を気に入らなかったのでは」


「あの時に限ってコーディアスに指揮権を与えたのは、戦死することをお望みだったのでは」


「もともと殿下とパトリシア嬢は想いあっていらっしゃったのだろう」


 何の根拠もない噂だったのに、何人もの口を介して広められているうちに噂は信憑性を帯びていった。



 どれも下品で興味本位な噂だと、マーゴットは相手にしなかった。婚約者候補から外れた時点で王太子に関心が薄れていたせいもある。


 それなのにある日、父親から呼び出されて書斎に入ると、父は深刻な顔で「お前が次の婚約者に決まりそうだ」と告げられた。


 マーゴットは十五歳になっていて、目ぼしい嫡男は皆婚約済みだ。だからどこかの次男か三男あたりに嫁いで気楽な人生を送るつもりでいた彼女はとても驚いた。


「私は婚約者候補から一度はじかれた身です。しかも王太子殿下は現在、親しくなさっている方がいるではありませんか」


「私もそう言ったのだがね。王家はぜひお前にとおっしゃっているらしい」


「そんな」





 侯爵家の娘である以上、なにがしかの政略で結婚させられることはわかっていたが、一度婚約者として却下した自分を選ぶなんて。まるで「この際仕方ない、このあたりで手を打つか」と言われているようでいたたまれない。このままパトリシアと婚約すればいいではないか。


「内々の話で他言無用だが、ヒューム侯爵令嬢は既に純潔ではないらしい」


「あー……そういう……」


 それならパトリシアは選ばれないだろう。だが、だったらなぜ婚約者を選ばねばならない時期に王太子殿下はパトリシアと一緒のところを見られるような不手際を繰り返しているのか。


「私は嫌です。これでお受けして、パトリシア嬢がおまけについてくるなんてことがあったら目も当てられませんもの」


「殿下は愛人を置くつもりはないとおっしゃってるそうだ」


「そんなの!どうにだって後から言い繕えますでしょう?結婚してしばらくしてからパトリシア嬢を近くに置くようになったらどうします?では離婚してくださいと私は立場上言えないのに!」


 自分を可愛がっている父はそこで口を閉じたが、部屋の隅で話を聞いていた母が立ち上がった。


「マーゴット。お前が言いたいことはよくわかります。ですがお前の兄たちは王宮の文官ですよ?あなたのプライドは優秀な兄たちの出世を邪魔してまで守るべきものなの?」


「……」


「結婚して相手の家のために尽力するのがお前の役目でしょう。それがその辺の貴族になるか王家になるかの違いです。同じことです」


 いや全然違うでしょう、とは思ったが自分が頑なにこの話を断ったら兄たちの得になることはない。義姉たち、ひいては甥や姪まで不利益を被る可能性もある。


 それを考慮してもなお自分のプライドを優先するのはどうなのか。そこは叩き込まれている貴族の娘としての価値観が働いた。


「わかりました。でも、婚約の申し込みをお受けする前に一度殿下とお会いしとうございます」

新しく「砂漠の国の雨降らし姫〜前世で処刑された魔法使いは農家の娘になりました〜」も始めました。もしよかったら読んでみてください。

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