エルフのリリーと森。
僕の名前はアキラ。
もうすぐ10歳になる。
人里離れた山奥にある小さな街に僕は住んでいた。
その街は一切晴れる日がなく、一年中雨が降り続ける街だった。
ある日、差出人のない空色の手紙が届いた事をキッカケに僕は街を出る決心をした。
「…いってきます。」
小雨が降る中、お気に入りの長靴を履いて歩き出す。
…僕の旅は始まった。
アキラは、森の中で怪我をして動けなくなっている所を助けたエルフのリリーとその兄貴分であるリンクスと共に"スリーピングフォレスト"と呼ばれる森の奥深くへと進んでいた。
奥へ進むにつれて森の緑は濃くなり、さらには霧まで出始めた。この霧も進むたびに少しずつ濃くなっていく…。
辺りは木が重なり光が遮られていて薄暗く、不気味な雰囲気が漂っていた。この先へ進む事を拒まれている気がして足がすくんでしまう。
「アキラ、大丈夫か?心配いらないぞ。この森は俺達エルフにとっては庭みたいなモノだからな。」
僕はそんなに不安気な顔をしていたのだろうか?
リンクスが心配して声をかけてくれた。
「うん。大丈夫!ありがとう、リンクス。」
しっかりしなくちゃ。これからずっと旅を続けていくのにこんなんじゃ先が思いやられる。
僕はグッと拳を握りしめて気合を入れた。
「俺達の村まではもうすぐだ。あと少し頑張れ。」
「うん、わかった!」
道中、色々話をするうちにリリーともリンクスとも自然と打ち解けられた。
リンクスには「その敬語はやめないか?俺はアキラともっと仲良くなりたいんだが…。」と言われ、凄く嬉しかった。
最初は怖そうだと思ったけれど、リンクスは優しいお兄ちゃんって感じだ。
途中、さっきのダイアウルフ程の強さではないが何体かの魔物と闘った。しかし、リンクスもリリーも腕が立つので僕の出番はあまりなかった。
…申し訳ないなぁ。と思いながら、ふと横を歩くリリーの顔を見てみる。
「ん?なぁに?」
「ううん!何でもないよ。」
先程の戦闘でのリリーの戦いぶりを思い出していた。
腰に刺した剣を見事に使いこなし、あっという間に魔物を倒してしまったのだ。
それにしても、リリーがあんなに強いなんて思わなかったな。
…しかも、女の子だったなんて。
さっきのやり取りを思い返して、また申し訳なくなってしまう。
……
「それで、いつまでお前たちは手を繋いでいるつもりだ?」
「…え?怪我が治ったばかりだし、駄目かな?」
リンクスにリリーと手を繋ぎ歩いている事を咎められ、僕は聞き返した。
「い、いや。いくら子供とはいえ、男女がずっと手を繋いで歩くというのは如何なものかと思ってな…。」
「は?男女?…え、誰と誰の話?」
「いや、お前たちの話だぞ?アキラ。」
「ん?男女…?いや、僕は男だよ?…え?リリー?」
「え?…僕は女の子だぞ?」
ニッコリと可愛く笑ってリリーが言った。
「えぇーーーーっ!?」
「…なんだ。アキラはリリーが女だと気づいていなかったのか?」
リンクスが呆れた様子で言った。
「いや!だ、だって!!リリー凄く強いし、自分の事を"僕"って言うし!てっきり男の子だとばっかり…」
慌てた勢いでそこまで言ってから、鋭い視線に気づいた。
「……」
リリーがもの凄い形相でこちらを睨んでいた…。
「あぁっ!リリーごめんっ!ごめんなさい!!」
僕は両手を顔の前で合わせてリリーに謝った。
「アキラってば酷いんだぞっ!こ〜んなに可愛い女の子を男の子に間違えるなんてっ!」
僕の目の前で腕を組み、リリーは怖い顔でこちらを見ている。
すると、コツンッとリンクスがリリーの頭を小突いた。
「自分で自分を可愛いとか言う奴があるか。」
「いてっ!も〜!何だよリンクス兄ちゃん!兄ちゃんだって僕の事、可愛い奴だって言ってくれるじゃないかぁ!」
言われたリンクスは顔だけでなく耳まで赤くして慌てて言う。
「はっ!?バ、バカやろう!そんな事を今言うんじゃないっ!それにアレはお前を女として可愛いと言った訳ではないからな!」
「あれあれぇ?慌てちゃって!本当は僕の事可愛いと思ってるんでしょ〜?」
リリーが続けてからかう。
「お、お前っ!…このっ!」
ポカッ
「いったぁーい!なんだよぅ!リンクス兄ちゃんのバカー!」
「な、何を…!バカは俺じゃなくお前だっ!」
再びリリーを叩こうとするリンクスの前にアキラが入り、二人を止めた。
「ス、ストーップ!!リンクスもう叩いちゃダメだよっ!リリーも!……僕のせいでごめんなさいっ!」
何とかしてこの喧嘩を止めなくちゃ!と思って二人の間に入った。
もっと怒られるかも…と下を向き、ギュッと目を瞑っていたら頭をフワッと撫でられた。
「…え?な、何?」
バッと顔を上げるとリンクスが優しく微笑みながら僕の頭を撫でていた。
「アキラ、お前は優しい奴なんだな。大丈夫!喧嘩じゃないからな。」
「そうなんだぞ!リンクス兄ちゃんとはいつもこんな風にしてじゃれてるんだ。アキラのせいじゃないから大丈夫だぞ!」
リリーも僕の顔を覗き込んで笑っている。
「…え?だ、だって!てっきり喧嘩だとばっかり…」
ふふふ。とリリーが笑う。
「アキラ〜!僕、アキラの事好きだぞ!良い奴だなぁ!」
そう言って僕に抱きつこうとしたリリーをリンクスが止めた。
「こ〜ら!それはやめておけ!アキラが困るだろう?」
呆れながらもリンクスが優しく笑う。
「な、なんだ〜。良かったぁ。」
「ははっ。ありがとな、アキラ。」
リンクスが頭をポンポンしている。
何だか嬉しいのに照れ臭くて、下を向いて鼻を擦った。
「ん〜?アキラ、照れてるのか?顔が真っ赤だぞ〜?」
今度は僕の事をリリーがからかう。
「リリー!やめとけやめとけっ!さ、もうすぐ村だ。行くぞ?」
僕とリリーは顔を合わせて笑って言った。
『はーい!』
しばらく行くと少し先にほんのり明るく出口が見えてきた。あんなに不気味な雰囲気だった薄暗い森が急に開ける。
相変わらず雨は降り続けていたが、薄暗い森から抜けると幾分辺りが明るくなりホッとした。
森を抜けると、長く太い丸太を沢山地面に打ち込んで作られた高い塀のようなモノに囲われた村の入り口が見えてきた。
「あれが、俺達エルフの村だ。」
「す、すごーいっ!高い塀だねぇ!」
「あぁ。一応、侵入者避けだ。俺達エルフの存在は表には出ていないからな。魔法がかけられていて普通の人間からは見えないようになっているんだけどな。」
リンクスが分かりやすく説明してくれる。
「やっぱりアキラは凄いね!魔法が使えるからなのかな?きちんと見えてるんでしょう?」
リリーが目をキラキラさせて僕を見ている。
「うん!ちゃんと見えてるよ。でも、それが凄いのかどうかは僕には分からないけど…。」
どうやって話していいのか…あまり褒められ慣れていないからか戸惑ってしまう。
「さぁ、村に入るぞ。アキラ、リリーとここで少し待っていてくれないか?中で話をしてくる。」
「う、うん!そっか!急に行ったら村のみんなが驚くもんね。待ってるよ。」
「リリー、アキラの事頼んだぞ?」
「うん!任せてっ!」
リリーが元気よく答える。
「それじゃ。」
リンクスはまず村の入り口に立つ門番のエルフと話をしている。
その後、二人揃って村の中へと入っていった。
僕は何だか緊張してしまってソワソワしていた。
「ん?アキラどうしたんだ?」
リリーが僕の様子に気づいて声をかけてくれる。
「…うん。なんか、緊張しちゃって。中に入れてもらえるのかな…?」
「大丈夫なんだぞ!アキラは良い奴だからな!もしみんなが駄目って言っても僕が説得するっ!」
リリーは僕の肩を叩きながら、ニッコリ笑う。
「…うん。ありがと。」
「ははっ!大丈夫大丈夫!」
そんな話をしながら待つ事、約10分。
リンクスが走りながら門の外まで戻ってきた。
「待たせてしまってすまないな。中で村の長やみんなに話を通してきた。ぜひ、会って話を聞きたいとの事だ。」
「そ、そっか。良かった…。」
ホゥッと息を吐いた僕の様子を見てリンクスが言う。
「すまん。心配だったか?でも、緊張しなくても大丈夫だ。みんな歓迎してるよ。…さぁ、行こう!」
「ありがとう。うん。行こう!」
リリーがまた僕の手をギュッと繋いで「えへへっ」と笑った。
その笑顔を見たらなんか大丈夫な気がした。
僕はリリーの手をギュッと握り返して、足を一歩踏み出した…。
村の門をくぐるとまるで別の世界へ入り込んでしまったかのように辺りが明るかった。
「…えっ!?な、なんで…どういう事?」
村へ入った途端にずっと降っていた雨は止んで、空を見上げるといつもの鼠色ではなく白い雲が浮かんでいた。
「こ、これが青空……?」
真っ白い雲が浮かんだその空は綺麗な青だった。
いつも図書館で眺めていたあの写真のままだ。
僕が驚きのあまり声を失っていると、リンクスが説明してくれる。
「アキラは何も知らないんだったな。そりゃ驚くだろう。俺達の村は魔女のおババ様の力で結界を張ってもらっているんだが、その結界の中に魔法で太陽の光と空を再現しているんだよ。」
「…太陽の光?これが太陽なの…?」
僕はあまりの明るさに目を開けていられなくなり、思わず手で顔を覆った。
「アキラ大丈夫か?本物の太陽ではないが限りなく本物に近い。生まれてからずっとこの明るさを知らないなら、目が慣れるまではかなりかかるだろう?おババ様から預かったモノがある。これを使うといい。」
そういってリンクスが手渡したのは、黒いガラスがはめ込まれた眼鏡だった。
「これ…初めて見る。眼鏡みたいにかければいいの?」
「そうだ。アキラは眼鏡は知ってるんだな。」
「うん。さっき話したコウキおじさんがかけてて…。」
「そうだった。大魔導師様は眼鏡をかけていらしたな。まぁ、それでしばらくは大丈夫だろう。数日この村で過ごせば目も慣れるさ。」
黒い眼鏡をかけて再び空を見上げた。
黒いガラス越しでも分かるほどに空は青く澄んでいた。
おじさん、青空ってこんなにも綺麗なんだね…。
これを一緒に見て話したかったなぁ。
僕は空を見上げたまま、何故かふと優しそうに笑うおじさんの顔を思い出した。
「…アキラ、本当に大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫!ボーッとしてただけ!ごめん。」
リンクスに声をかけられ、我に返る。
今度は村の中に目を移し、ぐるりと見回してみた。
門から真っ直ぐに道が伸びていて、突き当たりには大きなお屋敷がある。あそこがたぶんこの村の長の屋敷なんだろう。
その真っ直ぐ伸びた道の両脇には、小さな家が数軒ずつ綺麗に並んで立っている。
それぞれの家には小さな畑があり、野菜や果物を育てているのが見てとれた。
…が、人の気配は沢山するのに姿が見えない。
というか、気配というよりもの凄く視線を感じる…。
値踏みされるような目や好奇の目、珍しいモノを見るような視線を身体中に感じた。
「すまないな、アキラ。みんな大魔導師様以外の人間をほとんど見た事がないんだ。歓迎していない訳ではないが、混乱を避ける為にもひとまず村のみんなには家で待機してもらっているんだ。」
「そ、そうだったんだね。いや、大丈夫だよ!初めてはきっとみんな怖いと思うから。」
僕は自分にも言い聞かせるように言った。
その僕の様子を見て、リリーが再び僕の手をギュッと握った。
「大丈夫だぞ!僕とリンクス兄ちゃんがいるから!な?アキラ!」
リリーが鼻息荒く僕を励ましてくれる。
「ありがとう。リリーは優しいね。そうだね。僕には二人がついているから大丈夫なんだ。さぁ、皆さんの所へ行こう!」
さっきまでの緊張は何処へやら、何だか嬉しくなって僕は足取り軽く道を歩き始めた。