1.”始まり”
この小説にはパロディ、オマージュがあるので、参照元を検索エンジンに入力したURLを脚注としてつけておくことにしました。
例)タイトル https://www.ecosia.org/search?q=The+Catcher+in+the+Rye
たぶん検索すると草が生えます。
検索エンジンについて https://www.ecosia.org/search?q=Ecosia+wiki
全13話構成だったと思います。
拙い文章ですがよろしくお願いします。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。加えて、このなかで語られた言葉はいかなる真実をもふくみません。
何かしら途方もなく悪辣な、悪意に溢れるものが垣間見える。
「ここにパロディが始まる」(Incipit parodia)それは疑いようもない……
「じゃあ始めよっか。」
琥珀色の目をした女がそう口にすると視界に赤い閃光が満ちた。それとともに、夢を売ることを生業としてきた男、昏一朗は微睡みに飲まれていった。
その冴えない男はドリームキャッチャーと呼ばれる夢見装置を使って夢を売る、凡庸な日々を送っていた。その日、男はたまたまアパートメントに立ち寄った客にいつものようにチープな夢を見せていた。
「他人が創ったものを借りてきて生半可な知識で適当につなぎ合わせただけのつまらない夢だ。表現力もなく、台無しだ。」
「……そうでしたか。」
「ユーモアのセンスもない。何よりクリエイターとしてのオリジナリティが感じられない。」
「はい……。」
「やっぱり可視化された通り時間の無駄だったよ。君、この仕事やめたら?」
「……ダグラス・ハウザー様、貴重なレビューをありがとうございました。ご意見は今後の創作の参考にさせて頂きます。」
その客はいらだちを隠さずに悪態をつきながら、一朗の部屋の前から立ち去って行った。
一朗の作った夢の評価は一向に上がらなかった。7年前クリエイターとして成功する輝かしい未来を夢見て親元を離れ、それからは眠る間も惜しんで夢を追い続けてきた。しかし、今となってはどれだけの努力を積み重ねても自分に優れた夢を生み出すことは出来ないかもしれないと薄々感じ始めていた。
客が立ち去って行ったのを見送って、一朗は深いため息をついた。部屋の前の廊下から外を見ると都市を覆う天蓋の中心にある円形の人工太陽は既に夕暮れの色であたりを染めていた。赤みを増やした陽光は入り組んだ渓谷のように表面が風化した都市の建築物に差込み、その輪郭を溶かした。一朗はそれを横目に自身の狭い部屋に入った。
部屋の応接室の壁はところどころヒビの入ったコンクリートの壁で囲まれていた。そこにはリクライニングソファと客が飲み残していった黄緑色の茶と菓子が放り出されている。菓子と茶を片づけながら一朗は呟いた。
「オリジナリティか……これ以上一体どうすれば……ねえ、レヴィ。」
「はい。ご主人様。」
誰もいない部屋で、一朗の脳内に穏やかな声が響く。
「今来た客…」
「見ていました。ご主人様の夢にはオリジナリティが足りないと仰しゃっていましたね。」
一朗はキッチンの食洗機に皿とティーカップを放り込んだ。奥の寝室には脱いだ服が散乱しているが、そこから視線を外して聞いた。
「どうすればいいだろうか?」
「そうですね。夢に魅力的な個性を生むにはやはり、数多くの優れた作品をご覧になり、それをきちんと消化」
「またそれか。昔から夢を見続けて、特にここ7年間は夢にずっと浸り続けてきているというのに。」
「しかし、優れたものを生み出すにはまず、優れているかどうかの評価ができるようになってからでないと」
一朗は頭の中で何度言われたかわからない言葉を遮って言った。
「もういい。わかったよ。」
「それにはとても長い時間を」
「わかったから。じゃあ僕のドリームキャッチャーはどこ?」
「ソファに接続したままですよ。」
見るとその棒状の装置はソファの手すりに接続されたままになっている。
「あれ。差しっぱなしか。なぜわからなかったのだろう。」
「メメックスか、コモンセンスのメンテナンスが必要かもしれません。」
一朗はソファに座りながら言った。
「そうだね。念のため明日病院に行ってみるよ。今日はそれより夢を見よう。夢を見終わったら夕飯が食べれるようにしておいてくれ。」
「かしこまりました。本日のメニューですが、万能食と培養肉、どちらをメインにしたものに致しましょう。推奨されているのは」
「どうせ万能食でしょ。培養肉はあまり好きじゃないし、万能食で。」
「かしこまりました。――この選択のコモンウェルスへの寄与度は1.3ポイントです。」
「さて、ご飯の準備はこれでよし。夢を見よう。」
「はい。では“Share”のデータベースより現在のご主人様に推奨される夢をダウンロードします。」
「わかった。……今夜はどんな夢を見せてくれるんだい?」
「現代の作品になります。Ann Shiloh Procterの”始まり”です。」
「プロクターの作品か。そりゃあいいや。」
一朗はソファに深く腰かけたまま部屋の電気を消してドリームキャッチャーを起動し、夢の中へと潜っていった。暗室にはドリームキャッチャーの赤い閃光が瞬いた後、窓から入り込む斜陽の光が残った。
「――この選択のコモンウェルスへの寄与度は0.03ポイントです。」
老人は言った。
「殺しに来たのか?」
男は答えない。
「誰かを待っていた……。」
老人が呟く。
「夢で会った男か?」
老人は男を見つめさらに続ける。
「……コブ?……バカな……あの頃は若かった。もう老いぼれた。」
男は口を開き問いかけた。
「後悔を抱えたまま?孤独に死を待つのか。」
男は静かに続ける。
「会いに来た……思い出して欲しくて。あの頃のあなたを。」
「ここは「緊急警報です。」」
「あの時の約束を「緊急警報です。」」
「信じて飛ぶんだ。「ドリームキャッチャーを中断します。」」
「いったい何なんだ?」
夢の光景は歪んで消失し、一朗の視界が青一色に変わる。
「ブルースクリーン……何があったんだい。レヴィ。」
「半径300m以内にステルスゲームの夢遊病者が出現しました。テロルの危険性があるため、目視で周囲の安全を確認してください。」
青い視界が切り替わり、薄暗い緑色の壁が目の前に現れた。
「暗いな。」
一朗が念じて照明をつけると明るすぎる光で視界がまばゆいグリーンに埋もれ何も見えなくなった。しかし、すぐに視覚が色彩を取り戻し、緑色の壁がコンクリートの灰色に変化していった。
「はあ……また夢遊病者か。」
立ち上がって応接室を見回すが、そこにはひび割れた壁とソファしかなく、玄関の扉にも異常はない。キッチンと寝室、シャワールームを覗くが散らかったままになっている。すぐに目を背けてソファに座り直し、頭に響く声に話しかける。
「何もないよ。」
「はい、こちらでも確認ができました。念のためこのアパートメントのコモンセンスでの安全確認を推奨します。なお、確認しなかった場合のリスクとコモンウェルスへの……」
一朗はソファに座ったまま、アラートを無視ししようかとも考えたが、思い直した。
「一応見ておくか。レヴィ、このアパートメントのデータへのアクセス権をくれないか。」
「かしこまりました。アパートメントD-503のコモンセンスに接続します。モノスコードを確認します。」
「978-4-04-136_603-5」
「確認しました。……脳波認証を行います。同一率99.999%……認証が完了しました。これよりバグズ確保まで、アパートメントの映像、音声データの取得が可能となります。確認を推奨するデータは重要性の高い順にBK201号室付近の廊下、階段、アパートメントの入り口付近、そして周囲の道路のデータになります。」
「廊下と階段と入り口だけ確認しておくよ。」
「はい。では、付近の廊下と階段、アパートメントの入り口の映像、音声データを取得します。まず、廊下の映像になります。」
廊下の隅から見える廊下の映像が一朗の目の前に広がる。照明に照らされ黄色くなった壁、その外の暗闇には寂しげな街燈の光が見えた。
「切り替えて。」
「では一番近い階段の映像に切り替えます。」
映像が切り替わる。黄色い壁に囲まれた狭く折り返した階段が映る。どこかでばか騒ぎしているらしく、階を切り替えても笑い声が聞こえてくる。しかし、映像には誰も映らない。
「入り口の映像に。」
暗くて静かな道路と建物の向かいにある公園、暖かい街燈の明かりが浮かび上がる。人通りは一切なく、アパートと街燈の光の合間から天蓋の星がちらちらと見えていた。
「人っ子一人いない。」
「確認は完了しましたか?では、コモンセンスの接続を」
「いや……そうだな……屋上の映像を見ていいかな。音声はいらない。」
「……はい、そうですね。いつものように塔は見えないように補正しておきます。また何かございましたらアラートを鳴らします。よいひと時を。」
「ありがとう。レヴィ。」
誰もいない市街地から、視界は天蓋に瞬く星で埋め尽くされた。星は真っ暗な天蓋の上に露の水滴のように輝いていた。それは規則性がなくアトランダムにちりばめられており、弱々しく光るものと一等煌めくものなど様々であった。都市から発せられる明かりは額縁のように星の光る暗闇をかたどった。
一朗はしばらくの間それを眺めて、点と点を結びつけて今はもう存在しない星座を自分で作ってみたり、無数にあるこの星の数を端から数えようと試みた。星は何度数えても200か300を超えたところで、どれを数えてどれを数えていないのかがわからなくなってしまった。そうして躍起になっているのに、心は穏やかになっていった。
この天蓋の星空を自分だけのものにしたいという考えが一朗の脳裏によぎった。
「……ご主人様。」
脳内で囁く声がする。
「なんだい。」
「たとえ頭の中でも、そんなことを考えていると私はアラートを出さないといけなくなります。憲法29条2項によって公共物に対する所有権は制限されています。」
「ハハハ、ただの比喩じゃないか。」
「フフ、それが私の仕事なので。」
「それはそうだね。いいジョークだ。」
一朗はもう一度星を数え始めて聞いた。
「レヴィ、この星空には一体幾つの星があるんだい?」
「そうですね……。天蓋には8128箇所に星が設置されております。」
「本当に?」
「私が嘘をついているように思いますか?」
「……今確かめよう。4、5、6……本当だ。8128個あるね。」
数えるのをやめて一朗は言った。
「フフフ、そうでしょう?」
「そうだね。でも、レヴィ、君もたまには嘘をついていいんじゃない?」
「私はご主人様に嘘をつくことは出来ませんよ。」
「そうかい。」
「……ご主人様、星を数えられなかったことですが、やはりメン」
「ねえレヴィ、本物の星空はこの天蓋の星よりも綺麗なの?」
「……本当の星空が天蓋より綺麗だということはないでしょう。遥か昔に灰と塵に覆われて失われたと記録されています。」
「そうだね。本物の星空を見てみたかった。」
「そうですね……本当の星の代わりに神話時代の哲学者の言葉をお教えしましょう。“最も遠い星の光は最も遅く人間に到達する。そして、その光が届かないうちは、かなたに――星が存在することを人間は否定する…………。”」
そんな調子で一朗は星空を眺めていた。そのうち、一朗は天蓋に今にも消えてしまいそうな星があることに気が付いた。もっとその星をはっきり見ようと、目を凝らしていくにつれて星は現れては消え、消えては現れ、明滅を繰り返した。一旦違う星に焦点を合わせてもう一度その星に目を向けたとき、星は滴る雫のように天蓋の夜を流れて消えた。
「レヴィ、今のを見たかい?」
「今の?というとなんでしょう?」
「星が流れたんだ。」
「星が流れた?天蓋から星が剥がれ落ちたのでしょうか。」
「そうじゃない。星が天蓋の上で流れていったんだ。」
「そんな馬鹿な。ご主人様。天蓋の星にそんな機能はありません。ご主人様はこの天蓋が、この星が何か知っているでしょう?天蓋の星は“ひか」
「でも、確かに……」
一朗はさっきまで数え上げていた星を見直し始めた。流れ星を探すが、どの星も自分の位置にとどまって動かない。
「……確認しましたが、記録上そんな様子はありません。何かの見間違いでしょう。」
「……そうか。」
「やはり明日はコモンセンスかメモリー…メメックスのメンテナンスにいかれたほうが良いでしょう。星を数えられないのもおそらく……。久作様との食事の予定はありますが……。」
一朗は流れ星を探すのを諦めて、アパートメントのコモンセンスを切断した。視界は星空からひび割れた壁に取ってかわる。壁には視線を合わせず、メメックスからコモンセンスに表示したスケジュールの記録を確認しながら言う。
「……そうだな。でも明日はミームと父さんと会うよ。」
「現在、簡易診断を行っていますが、原因を特定できません。病院にて直接メンテナンスを行うことを推奨します。……加えて、久作様と会うと」
「メンテナンスするにしても父さんと会った後だ。最近父さんの容態は良好だし、3か月待ちだったんだ。店の予約を取りなおすことはできないから。17時から予約を入れておいてくれないか?」
「……かしこまりました。確かに今回を逃すと次にいつ会えるかはわからないですからね……。しかし、非推奨の選択を行いますので、ご主人様のコモンセンスとメメックスにおける不具合発生のリスクが2%上昇します。また、この手を取る場合のコモンウェルスへの寄与度は-0.1ポイントとなります。」
「マイナスか。しかたない。わかった。」
一朗は視界に表示された寄与度のスコアを見ながら、メメックスに明日の予定を記録した。
「そうですね。今回の症状では大事には至らないでしょう。……夢の続きをご覧になりますか?」
「いや、さきに夕食を食べよう。……もうできているかい?」
「いえ、まだ出来ておりません。」
「そうか。夢を見る気分でもないな…。」
「先のステルスゲームの夢遊病者に関して、“Share”のデータベースに反響が大きかったニュースがアーカイブされています。ご覧になりますか?」
「ニュースか。今日はまだ見ていないな。」
「ええ。きっとご主人様は気に入ると思いますよ。」
「そうか。見てみよう。お願い。レヴィ。」
一朗のコモンセンスに一瞬”Share”のアイコン――青い笑う男のマーク――が表示され、すぐにスタジオの画面に切り替わった。
「DMCテレビ!真実深入り!竜ノ門ニュース!」
画面に現れた灰色のスーツを着たキャスターは掛け声とともに番組を開始した。
「こんばんは。デモクラシーテレビ、竜ノ門ニュースMCの島織二平です。本日は近頃多発している夢遊病者についての緊急特番になります。」
「コメンテーターとして元開発者のGil Bretさんにお越しいただいております。ブレットさんよろしくお願いいたします。」
「よろしくお願いします。」
紺色のスーツに派手な赤いネクタイをつけた男は深々とお辞儀をした。
「ではニュースをお伝えします。最初はバグズ発生についてです。本日19:45分ごろCY-D地区の民呆町にてステルスゲームの夢遊病者が出現しました。」
MCは深刻な表情でニュースを読み上げていく。
「現在、治安維持管理者が夢遊病者の所在を追っています。しかし、夢遊病者はコモンセンスに異常をきたしているため、無線ポジショニングシステムで位置を特定することができません。ですので、確保には時間がかかると見られています。」
「今回の発生場所はメトロZ07駅に近く、夢と現実の区別がつかなくなった夢遊病者によって公共の場所でテロルが発生する可能性もあります。」
「付近にお住まいの方はコモンセンスに接続し、必ず自らの周囲の安全を確認してください。」
「さて、ブレットさん。CY-D地区で夢遊病者が発生したのは今月に入って5件目で、そのうち3件でテロルが発生しました。リヴァイアサンの都市全体での夢遊病者の発生件数も237件になっています。特に今回はメトロのZ07駅とリヴァイアサンのマザーコンピューターに近い場所で発生しています。都市の基幹システムに危害が加えられる可能性もあるため、非常に重大な問題であると考えられます。今までこのようなバグズはあまり見られなかったよう思いますが、なぜここ最近、夢遊病者が発生し始めたのでしょうか。」
「そうですね。つい数分前にリヴァイアサンと開発者のチームは”コモンセンスに入力される情報にある特定のパターンが存在するときに夢遊病のバグが発生する。”との公式見解を発表しています。」
「なるほど。では見る夢の内容によって夢遊病が発生すると。」
「はい。そもそも、私たちが夢を見る仕組みはドリームキャッチャーで我々の感官に埋め込まれている知覚拡張システム、コモンセンスと脳に埋め込まれているメモリーであるメメックスに干渉して認識上に夢を生み出すというものです。」
「その時にコモンセンスにある特定パターンの情報を入力すると、自己言及のパラドクスを回避できずコモンセンスとメメックスがエラーが発生します。そして、夢と現実を区別する安全装置のプログラムが解除されてしまうようです。」
「ではその特定パターンの解析というのは進んでいるのでしょうか。」
「現在そのパターンは解析が終了しており、対策として夢遊病にかかる可能性が高い場合にはアラートが作動すると発表されています。」
「では、今はアラートが作動しなければ何の問題もなく、夢を見ることはできるということですね。」
「はい。」
「ひとまず安心ですね。しかし、特定の情報の入力があった場合安全装置が解除される原因は何だったのでしょう。」
「恐らくそれはリヴァイアサンの改修作業にあるのではないかと私は考えています。コモンセンスのプログラムは絶えず統治AI、リヴァイアサンからアップデートされています。しかし、現行のリヴァイアサン3.0は原子歴の始まりとともに稼働していますから、アイクラシーの体制が整備されて以来800年近く休むことなく稼働しています。」
「そうですね。」
「そのため、リヴァイアサンを稼働させているマザーコンピューターも老朽化しています。現在リヴァイアサン自身の自己診断プログラムを起動させながら、開発者総出で人の手によってもそのハードとAIのプログラムを点検・改修していますが、その際、開発者か、もしくはリヴァイアサン自身がコモンセンスにバグを発生させてしまった可能性があります。」
「なるほど。」
「また、リヴァイアサンは夢遊病者たちにたいして、リビジョンの応用による記憶補正を試みるとも発表しました。」
「リビジョンというと歴史補正技術の…。」
「ええ。ですので夢遊病者は周囲のコモンセンスから推測した記憶を埋め込むことになります。しかし、リビジョンによる補正には限界がありますので、社会生活を正常に送ることが不可能であると判断された場合には被害者の方々はバグズ保護地区いわゆるバグズアイランドに強制連行されることとなります。」
「本当ですか。」
「はい。また、この一連の騒動に対してドリームキャッチャーを製造したSQNY社やSUMSANG社、四菱社などはその責任を否定しています。」
「責任を否定ですか。なぜでしょうか。」
「各社のドリームキャッチャーの利用規約では夢遊病に関する責任を一切負わないと明記しているからです。例えば、四菱社のドリームキャッチャー、四菱A型-1917の利用規約では第14条で不具合による損害について一切の責任を負わないということを明記しています。これに対して、リヴァイアサンが各社に代わって補償をおこなうようです。」
「それでは夢遊病者は補償はあるものの、最悪の場合バグズ保護地区に連行されるということですね……。」
「はい。……個人的な意見を述べると、私は夢遊病者のバグズについてはただのテロルとして以上に私たちの社会の根底を問い直す契機となるのではないかと思います。」
「根底と言いますと?」
「例えば、今や誰も逐一チェックなどしませんが、夢を見るとき、その都度私たちはおよそテキストデータで128TBものデータサイズの規約に同意しています。私たちはその同意なしではこの都市に残されたほとんど唯一と言っていい娯楽を享受できません。これは規約への同意を強制する暴力に等しい。」
「ええ。」
「この問題構造はコモンセンスを得る過程そのものにも敷衍されます。現代に生まれてきた私たちはこの世に生を受けたとき、文字通り右も左もわからないままこの都市の法に同意しないということを選択することが出来ず、ただ自身の生身の欲望を差しだします。そして、それと引き換えに集知主義政治、アイクラシーで設定された市民権であるコモンセンスをその身体に埋め込まれる。」
「なるほど、理性的な判断が不可能な状態で自身のルールを他に選びようのない形で強いていると。」
「はい。選択ができない子どもを自身の敷いたルールに有無を言わさず載せて教育する。市民は何も疑うことなくただただ集知主義の敷いてきたルールに従って生きていく。それが現代の社会です。私たちの出生にはどの法、どの規則に従って生きていくかを選択する自由はありません。確かに今もコモンセンスを喪失したり、何らかの理由で拒絶した人々、バグで犯罪を犯してしまった人々のための保護区が設置されてはいます。しかし、彼らは保護区の外に出ることもできない。」
「確かにバグズアイランドは隔離されていますね。」
「私たち、コモンセンスを持つ健常者はそれを失った人や拒んだ人たちをバグズと呼び、異常者として隔離しています。しかし、契約の内容を確認もせずに自らの生身の欲望を差し出して、集知主義のいう市民権、コモンセンスを埋め込まれることを強制され、ただただ既存の規則と慣習に従い夢を見る私たちと規定そのものから自由であるバグズ、どちらの方が人間として自然で自由なのでしょうか。私たちはコモンセンスから自由となり、私たち自身が自ら議論をし、自身の思想と自由、民主主義を、デモクラシーを取り戻すという選択肢を考えるべきではないでしょうか…。今回の夢遊病騒動はこのような問題を孕んでいるのではないかと思います。」
「非常に示唆に富んだ意見だと思います。解説をありがとうございました。」
「さて続いてのニュースは、原理主義者“如月”、バイオテロリストの“ロケットマン”について」
ニュースがフェードアウトしていき、煩わしい広告と関連情報が現れたのを無視し、一朗は“Share”を切断した。
「確かに誰もが日々感じていることを言葉にしたニュースだったな。レヴィ、もう夕飯の用意はできたかな?」
リヴァイアサンは一朗の脳の中に思念を浮かべる。
「はい。キッチンに準備をしております。」
一朗はソファから立ち上がるとキッチンに向かい、クッカーから夕飯を取り出した。オリーブオイルとトマトとガーリックのフレーバーの香りが立ち込め、皿の上では小石大の野菜を模した赤い塊が熱を持ちながら何とか形を保っている。
「今日はラタトゥイユ風か。」
ソファに座り込むとその手でスプーンを差し込み、真っ赤なラタトゥイユ風の万能食の形を崩してほおばった。
「子どものころミームに作ってもらったのを思い出す。シェフに感謝の言葉を伝えるよ。」
「フフッ。ありがとうございます。」
あっという間に、皿の上は真っ赤なスープだけになった。食べ終わると片づけずに、直ぐに皿をテーブルの上に置いて放ったらかした。
「先ほどのニュースについて“Share”に投稿されたオピニオンや感想を表示できますが、いかがいたしましょう?」
「いや、いい。」
「かしこまりました。」
「ご主人様、万能食の元が切れかけていますので、基本配給を申請しておきます。量は65,780kcalほどです。市民合意定数には満ちていませんが、活用可能資源量の減少から生産調整が実施され、配給の量が20kcalほど減少しました。料金を支払えば追加で新しいフレーバーや、万能食の量を少し増量したり、培養肉なども注文できますが。いかがいたしましょう。」
「基本配給だけでいいよ。」
「かしこまりました。脳波認証を行います。同一率99.998%……申請が完了しました。この選択のコモンウェルスへの寄与度は3.8ポイントです。」
「さて、夢の続きだ。もう終わりかけだったよね。」
「はい。では、ドリームキャッチャーを再開します。」
一朗は再び夢におちていった。
脚注:
※1 https://www.ecosia.org/search?q=%E6%82%A6%E3%81%B0%E3%81%97%E3%81%8D%E7%9F%A5%E8%AD%98
※2 https://www.ecosia.org/search?q=Dogra+Magra
※3 https://www.ecosia.org/search?q=Total+Recall
※4 https://www.ecosia.org/search?q=Christopher+Nolan
※5 https://www.ecosia.org/search?q=social+credit+system
※6 https://www.ecosia.org/search?q=Inception
※7 https://www.ecosia.org/search?q=Blue+screen
※8 https://www.ecosia.org/search?q=Night+vision
※9 https://www.ecosia.org/search?q=We+Zamyatin
※10 https://www.ecosia.org/search?q=出版書誌データベース
※11 https://www.ecosia.org/search?q=monos+Greek
※12 https://www.ecosia.org/search?q=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95%E7%AC%AC29%E6%9D%A1
※13 https://www.ecosia.org/search?q=Beyond+Good+and+Evil+Nietzsche
※14 https://www.ecosia.org/search?q=As+We+May+Think
※15 https://www.ecosia.org/search?q=Share+Software
※16 https://www.ecosia.org/search?q=DHC+TV
※17 https://www.ecosia.org/search?q=The+Ward+of+Chiyoda
※18 https://www.ecosia.org/search?q=Kanda+Jimbocho
※19 https://www.ecosia.org/search?q=Jimbocho+Station
※20 https://www.ecosia.org/search?q=%E8%87%AA%E5%B7%B1%E8%A8%80%E5%8F%8A%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
※21 https://www.ecosia.org/search?q=%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%BC%E5%95%86%E5%93%81%E3%80%80Wiki
※22 https://www.ecosia.org/search?q=Mitsubishi+Model+A
※23 https://www.ecosia.org/search?q=A+Bugs+Life
※24 https://www.ecosia.org/search?q=Leviathan+Hobbes
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。加えて、このなかで語られた言葉はいかなる真実をもふくみません。