隣席の少女
株のおかげで、純也は暴力を受けることは無くなったが、それでも母親はギャンブルでやられた日には、純也のいないところで時々殴られているようだった。
( いつか破滅させてやる…… )
半年が過ぎた頃、純也は、いつかこの小山に株で大損をさせ、破滅させてやろうと思っていた。
シナリオはできているのだが、キャストが一人足りない、誰かいないか……
彼はいつも考えていたが、その一人が見つからない。
そんなことを考えながら、彼は、東郷総合病院の受付で頭痛薬の処方箋を待っていた。
その時
「佐久間純也君、何してるんですか?」
かわいい女子に話しかけられ彼は振り向いた。
「えっ…… 誰?」困惑している彼に
「君~、私が誰だかわからないの?」少女は信じられないといった表情をしていた。
「ええっー、ご、ごめん……」
「はー、信じらんない、同じクラスでしょ、あなたの隣の席よ」
「ええっー、そういえば……」
彼は左隣がいつも空席なことを思い出した。
「思い出した?」
「えっ、隣に空席があるけど、誰もいないのかと思ってた」
「あなたねー、私は二年生になって編入したんだけど、五日間は学校に通ったのよ、最初から空席なわけじゃないのよ」彼女が眉をひそめると
「ご、ごめん、全然知らなかった」彼はその可愛さに思わず目を伏せてしまった。
「あのねー、私みたいなかわいい少女が五日間もいたのに覚えていないの? あいさつもしたし、目も合ったわよ」
「ご、ごめん……」
「かー、何なのよ、私の胸、じっーと見ていたじゃないの」彼女が微笑むと
「そ、そんな……」純也は頬をほんのりと染めた。
「まっ、いいわよ、私の可愛さに免じて許してあげるわよ」
「ありがとう、えっ?」
「君ねー、私の声は左から右なの?」
「いや、右から左のような……」
「ばか、何考えてんのよ、どっちでもいいでしょ」
「いや、でも……」
「まっ、とりあえずついて来なさいよ」彼女が振り向いて歩き始めると
「えっ、処方箋もらったら帰りたいんだけど……」彼は立ち上がったが
「君ねー、私みたいな美少女が誘っているのよ、ついて来なさい」
振り向いた彼女が重ねると
「ど、どこへ?」彼はそう言いながらも彼女に続いた。
無言のまま七階に上がって個室に入ると
「ここが私の病室、これからは時々、お見舞いに来るように……」命令口調ではあるが威圧感は全くない。
「えっ」
「わかったの?」
「えっ、時々って……?」
「まあ、一週間に一度でいいわ、その代わり、必ず、どこかでおいしいプリンを買ってくること、わかった?」
「ええっー」
誰かに気を遣って誰かのために時間を使うなんて考えられないことだったが、この愛くるしい少女を前にして、純也は流されてしまった。
「何よ、文句があるの?」
「そっ、そんなこと……」
彼は不足を思いながらもなぜか毅然とした態度が取れなかった。
「私の父は刑事なのよ、来なかったら逮捕させるわよ」
「そんな、無茶な……」
「まっ、いいじゃない。友達のいない君の唯一の友達になってあげるんだから……」
「いや、俺、友達はいらないんだけど……」
「はあー? 貴方の女になれっていうの?」彼女が眉をひそめると
「ど、如何してそんなことになるんだよ」純也は慌ててしまった。
「まっ、いいよ、これ飲んで……」彼女がオレンジジュースを差し出したが
「い、いや、俺、オレンジジュースは……」彼が断わると
「はあー? 私のおっぱいが飲みたいのっ⁉ 」彼女は両腕を組むようにして胸を抑えた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、何だよそれ!」純也は真っ赤な顔をして反論したが
「君、かわいいとこ、あるね…… 飲ませてあげてもいいわよ」彼女が微笑むと
「もう、許してよ、俺、忙しいんだよ」彼は疲れ切っていたが、なぜかこの少女に魅せられてしまった。
「わかった。でも父さんには、佐久間純也君がおっぱいを飲みたがっていたって報告しておくから……」
「ちょっと待ってよ」
「今週は、とりあえず、土曜日に来てね、来ないと逮捕されちゃうよ」なんとも言えない愛くるしさが漂う。
「かー、何だよ……」
しかし、病室を出た純也はなぜかうきうきしていた。女子と会話をすることが、こんなに楽しいと思ったことはなかった。その時から、一人で会話を作り上げていくかわいい少女が脳裏に焼き付いてしまった。
「あれ? あの子の名前は何だっけ?」でも、どうしても名前は思い出せなかった。
そして土曜日、深夜の先物の動きを見ていた彼は、朝方眠りにつくと、昼前に携帯の呼び出し音で目が覚めた。
スマホを手に取ると、【愛人彩奈】と画面に表示され
「ええっ、な、何なんだ、だ、誰だ!」
彼がおそるおそる携帯を耳にあてると
『私よ、私、彩奈よ』
『ええっ、だ、誰ですか?』
『はあーっ、今日、お見舞いに来なさいって言ったでしょ』
『えっ』彼は一瞬病室で微笑んだ少女を思い出した。
『思い出した?』
『あっ、ああ、君か……』
( でもいつの間に登録したんだ! あっ、トイレに行った時か…… )
『『ああ、きみかっ』じゃないわよ。病院食おいしくないから、どこかでカルボナーラを買ってきて……!』
『ええっ、カルボラーナって何?』
『カルボナーラよ、パスタよっ、知らないのっ……』
『あっ、ああ……』
『早く来てよ、お昼なんだから……』
『ええっ、俺、起きたばかりなんだけど……』
『はあっー、三十分以内に来ないと親父におっぱいのこと、本当に言うから……』
ぷちっ
「あっ、もしもし、もしもし、くそー…… まっいいか、土曜日だし、株はないし」
それでも純也はなぜか微笑んだ。先日の楽しかった記憶が蘇って彼は無意識ののうちに動き始めた。
慌ててコンビニでカルボナーラとプリンを買った彼は、東郷総合病院に向かった。
「お待たせ…… 」息を切らせながら病室に入ると
「遅いっー、美少女に早く会いたいって思わなかったの?」
「だって、起きたばかりだったんだから……」
「へえー、美少女に早く会いたいっていうのは否定しないんだ……」
彼女の笑顔はとてもかわいかった。髪はぼさぼさだが、色白で細面の顔に瞳が大きくて、見つめられた純也は目を伏せてしまった。
「こ、これ……」はっとした彼が買ってきた物が入っている袋を差し出すと
「ご苦労……」彼女は微笑むと中身を取り出し
「やっぱりね、君だったらコンビニかなって、思ったよ。ただ、このプリンは二つもいらないよ」と眉をひそめた。
「いや、一つは……」
「えっ、純也君は私と二人でプリンを食べて、デート感覚を楽しもうと思ったの?」彼女が驚いたように尋ねると
「えっ、いや、そんなことは……」
彼女と二人で楽しそうに話しながらプリンを口にしている光景を思い、それを二つ買った彼は、頬をほんのりと染めて俯いてしまった。
「はははっははは、図星だったようね、でもね、私とは結婚できないわよ」彼女が笑いながら言うと
「結婚なんて…… 」と口にしながらも、
( からかわれているのか )彼はそんなことを思った。
「ねえ、どこが悪いの?」プリンを食べながら彼が尋ねると
「顔……」彼女が微笑む。
「えっ、顔は美人だと思うけど……」冗談だと思った彼が応えると
「へえー、君は正直だね」笑顔がなんとも言えなく愛くるしい。
「……」
「本当は、頭」
「えっ、話をしていると頭だっていいと思うけどな……」
彼は返事を期待していたのだが
「……」ふっと窓に目を向けた彼女の横顔がなぜか悲しそうだった。
( えっ、脳腫瘍でもあるのか…… )彼は慌てたが
「確かに、頭は切れるかもね」突然顔を向けた彼女が微笑むと純也はなぜかほっとした。
結局その日、彼は彼女の病気がわからないまま帰宅した。
暇つぶしなのか、からかわれているのか、そこもよくわからなかったが、それでも高校に編入してすぐに入院してしまったのだから、友達だっていないかもしれない…… それになんか楽しい、そう感じた彼はまた来週も行ってみようと思っていた。
そんなことが二ヶ月近く続いたが彼女は病気のことを話さなかった。