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かすかな灯り

 少年の名は佐久間純也、十七才、とある高校の二年生、ほとんど友達はいない。気を使って他人と交わることの意味が分からなかった。

 誰かに時間を奪われるのであれば、復讐の物語を考えたい。

『あの男を地獄に落とすための物語を作り上げたい』彼は唇をかみしめていつも思っていた。


 彼は中学二年で父親を亡くし、母親と懸命に生きてきたが、弱い母親はとんでもない男に引っかかってしまい、二人はいつも苦しめられていた。


 一年前に知り合ったその男は、小山優斗(ゆうと)というろくでもない男で、ギャンブルに狂い、母親から金をむしり取り、金が無心できなければ母を殴り

「どこかで借りて来いっ!」とまで言うようになった。

 止めに入った彼が殴られたり蹴られたりしたことも一度や二度ではなかった。

 何度も蹴られ、殴られる母親を目にして、彼は一度、包丁を持ち出したことがある。

 さすがにその時は、小山も引き下がったが、それも何度でもできることはなかったし、彼はもう警察に行くしかないと思っていた。

 しかし、母親は何度警察へ行こうと言っても動かず、彼はそのことがなぜなのかわからず、腹立たしくさえ思っていたが、それでも母を見捨てることができず、困惑の日々を送っていた。

 父親が残してくれた資産や生命保険も底をつき、生活が苦しくなった時、母親は実家の両親を頼ったが、それもたびたび重なると、同居の息子夫婦に気を使った両親は、娘を避けるようになった。


 ある日、その祖父から呼び出しを受けた純也は、思うままに母の男、小山優斗について語った。

 

「純也、ここにお前名義の通帳が、三冊ある。それぞれに三百万円入っている。これをお前が管理して、お前の母さんや、その男にわからないように生活費にしてくれないか?」

「おじいちゃん……」

「お前だけでも引き取ってやりたいと思ったが、あんな母親でも、私たちの娘だ、見放すことはできない。高校生のお前にこんなことを頼むのは辛いが、申し訳ない。あんな人間に育ててしまって…… 」目を伏せた祖父の無念が痛いほど伝わってくる。

「おじいちゃん、助かるよ。もうどうしようかって思っていたんだ」

「そうか、お前がそう言ってくれると嬉しいよ」

祖父の目には涙があふれ、その傍らでは、祖母も俯いたまま涙をぬぐっていた。


「だけど…… 」純也が口ごもる。

「どうかしたのか?」

「うん、おじいちゃん、株の取引口座を作ってくれないかな?」

「ええっ、株をやるのか……」

「うん…… やりたい。父さんをずっと見てきて、いろんなことを教えてもらった」

「でも、お前、父さんの様にはいかないぞ、世の中、そんなに甘くないよ」

 心配そうに語る祖父の不安が痛々しい。

「うん、それはわかっているんだけど、 父さんが亡くなる前に、『お前にはすべて教えた。母さんを頼むぞ』って」

 純也は、苦しい中、ベッドで手を伸ばした父親の最期を思い出していた。


「そんなことを……」義息子の無念を思うと、祖父は唇をかみしめて目を閉じた。

「最近までその意味が分からなかったんだけど、もうどうにもならないって思った時に、父さんの言葉を思い出して、株のことか?って」

「そうか…… 」祖父は眉をひそめた。

「それでね、父さんの資料を引っ張り出して、見ていたら色々思い出して、いくつか、やってみたんだ」彼が目を輝かせる。

「それで……?」驚いた祖父が身を乗り出すと

「ほとんど、父さんの言っていた通りだった」

「そうか…… お前のお父さんはすごかったものなー」

 祖父がふっと遠くを見つめた。

「……」

「でもな…… 」

 祖父は迷っていた。純一がとてもしっかりしていて賢い子供であることはよくわかっていた。

 しかし、高校生が株に手を出して上手くいくとはとても思えなかった。


 その時だった。

 祖母がタンスから一冊の通帳とキャッシュカードを取り出して、純一に差し出した。


「おばあちゃん……」

「これはね、あなたのお父さんが、たまには旅行でも行ってくださいって……」

「えっ」

「ネットでやっている何とか証券の取引口座には一千万円くらい入っているの、これがそのメモ……」

「ええっ、おばあちゃん、株やっているの?」純也が驚いて尋ねた。

「とんでもないわよ、あなたのお父さんが私の名前で契約して、最初は六百万円くらい入れてくれていたの、それがあなたのお父さんが時々売り買いしていたみたいで、どんどん増えて…… 亡くなった後、どうしようかと思って何度か開いてみたけど、訳が分からないし、言われるままに書類だけはサインしてクリックしていたんだけど……」

「おばあちゃん……」純也はまさに地獄で仏と思って目を輝かせた。

「あなたの名前で作ると、あの男にわかるかもしれないでしょ、だからこれを使いなさい。もともとあなたのお父さんのものなんだから、無くなったって私はかまわない。あなたが使いなさい」

 情けない母親を持ったばかりに苦悩する孫を心配する祖母の決意が痛いほど伝わってくる。


「ずっと、内緒にしてたのか……」祖父が驚いたように尋ねると

「まっ、いいかって思って…… でもあの人が亡くなってしまって、いつかは純也君に返そうって思っていたのよ」

 祖母は微笑んだが、その表情はどこか悲しそうだった。

 彼女にしても、高校生が株なんかしたっていいことになるはずがないという思いはあったが、それでも、情けない娘をどうすることもできず、最愛の孫を前にして、この子に託してみよう、失敗したってなかったものだと思えばいい…… そんな最後の賭けにも似たような思いがあった。


「そうか、流れだな……」

「そうですね」

「純也、わかった。おばあちゃんの言うとおり、これを使って思う存分やってみなさい」

「おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとう」

「ただ、何があっても、生活のためのお金は株には使わないように頼むよ」

「わかった。それで…… いつから?」

「うん、年が変わる二月の四日以降、二月の七日だな……」

「わかったよ、二月七日から始めるよ、本当にありがとう」


 祖父は、易を信じていて、人の人生は生まれで決まると考えていた。それぞれの生まれた日によって、その人が生まれながらに持っている良い日と悪い日があって、何かを始めるのであれば、その良い日に始めなければ運が付いてこないという考え方をしていた。


 そして二月七日、

「さすがに良い日だな」

 狙っていた株が思ったところまで落ちたのを機に、彼は二千二百二十円で百口単位を五十口信用で購入した。ロスカットは二千百八十円、ところが目論見通り、二千二百円にワンタッチしたその株は二日で三千百三十円まで跳ね上がった。

 彼は三千五百円までは堅いと思っていたが、二日目の引け値、三千九十円で売り抜けた。

 純也はあっという間に四百三十五万円の利益を手にしたのだが、その株は彼の予想通り三日後に三千六百円を付けた後、調整に入った。


 彼が二日目の引けで処分したのは、父親の哲学であった。

「常に腹八分目、何があっても買いの場合は三日以上持たない、買いであれば、例え一日でも、金曜日には処分すること」

 彼の父親が最も大切にしていたことである。

 エリオット波動を重んじていた父親は、常に外部環境に気を配っていた。


 ここまで、金曜日の立ち合いが終了して、アメリカが動き始めると、大きなニュースが飛び出して、東京の月曜日が全面安で始まることは珍しくなかった。

 さらに、週末でなくても、三日間、外部環境が動かないのは、ある意味、奇跡に等しい。

 従って維持は最低でも二日、できるものであればデイトレがベストと考えていた。


 そんな中で、父親が最も神経をとがらせて注視していたのは、株価が大きく値を下げるケースであった。この売りほど値幅がとりやすいものはない…… というのも彼の思いであった。


 彼の持論は、切り返しが不自然で、下げようとする株価を一部の者が懸命にそれを阻止しているようなケースで、じりじり下げて来たものが、金曜日に不自然な波形を描いて戻してしまう場合、何かが起きる可能性がある。ただし、その可能性は一割にも満たない。でも調べてみる価値はある。

 彼は懸命に裏情報を探り、金曜日の引け値で売りを仕掛ける。

 確信していても、月曜日に大幅安で始まるものは、その三分の一である。


 純一も、そんなケースを見つけて何度も挑戦してみたが、父親の教えの通りであった。

 ただ、父親が購入していた裏サイトの情報は、かなり信頼性が高く、そこで詳細な情報を知ることができれば、かなり高い確率でこの売りは成功するはず、純一はそう感じていた。


 その後彼は、母親の男、小山にも証券口座を作らせ、少しずつではあるが儲けさせてやると、彼はいい気になってますますギャンブルに走るようになった。

 当初、彼は軍資金がないと言って渋っていたが、

「軍資金がマイナスになれば、俺が補填するから」という高校生の言葉に乗せられ、どこからか三百万円を用意してきた。

「親からの手切れ金だ」と彼は言っていたが、その真実は定かではない。

 しかし、なぜか彼もこの三百万円を使うことだけはしなかったので、純也は、少しずつでも儲けさせてやれば、家に来ることが少なくなるのではないかと思っていた。


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