八
色吉には、二、三十間さきでなにが起こったのか、すぐにはわからなかった。
侍と曲者が刀をあわせて体を入れ換えながら左馬之介が糸を切ったような動きをして曲者ががくりと刀身を持ったほうの手をおろしたので色吉は浮きたったのだが、その直後に「うわあっ」と声がしたがこれは上方の凧から発せられたようだったのになぜかお侍のほうが倒れてしまった。
ただ、それと同時になにか空気を震わす音がしたようだったので、曲者がなにか細工をしたのかもしれない。色吉は精いっぱい駆けた。駆けながら十手を取り出し顔のまえにかざす。
しかし曲者は侍にとどめを刺すでもなく、ふわふわと流れていっている。流れながらだんだんと宙に浮かんでいくのを見て、ああ、やはり凧からあやつっている人形なのだ、と色吉は思った。
「おいどうなってる、やめてくれ」
頭上で騒いでいるのは玉次郎か。さっきみたときよりも凧はずっと高くなっていて、それにぶらさがるあやつり師の声も風にかき消されがちで微かにしか聞こえてこなかった。
「奥州さん。無事でやすか」
駆け寄る途中で、左馬之介が置いたらしい提灯を拾って、それをかざしながら声をかけた色吉は息をのんだ。侍の顔が血に濡れている。
「左馬之介さん、しっかり、傷は浅いですよ」
色吉は左馬之介の肩に触れた。それから額に提灯をかざして調べた。額が割れて出血しているが左馬之介はちゃんと呼吸をしている。大丈夫だ、生きてる。
「高すぎる……ヤメテクレ……」
いまやはるか空のうえの声はそれきりとだえた。
「むうう」
左馬之介が息を吹き返した。
「ああ、よかった左馬之介さん。身を起こせますかい。立てますかい。歩けますかい」
左馬之介と色吉が、楢藤の下屋敷に向かおうとしたときだった。
「おお、小者がおったぞ」
「やっと追いついたか」
「わしらにこんなに走らせおって」
ぜいぜいと息をしながら、楢藤の折助三人衆がやってきた。三人とも長棒を杖にして、さすがに体も離れがちだった。
そこに体を横にした人形が落ちてきて三人をなぎ倒した。
「うおぉ」
「ぎゃっ」
「ぐむぅ」
三人が倒れたそのうえに、人形師が凧と絡まりながら落ちた。
「うおぉ」
「ぎゃっ」
「ぐむぅ」
三人の中間はそれきりおとなしくなった。
「ここにいてくだせえ」
色吉は左馬之介を休ませると、十手を構えながら折助と人形と凧とあやつり師がかたまりになったところに近づいていく。やっぱり、こいつはあの兄弟の弟のほうだ。
「あやつり師玉次郎、御用だ。神妙にお縄につけ」
しかし玉次郎は気絶していた。そのうえ折助三人衆も、落ちてきた玉次郎を受けとめたせいで、ふりではなく本当に気を失っていた。
色吉がとりあえず玉次郎を縛って顔をあげると、なにやら荷物を担いだ羽生多大有が立っていた。
「うひゃあぁ、だ、旦那か。おどかさねえでくだせえよ」
色吉が情けない声を出す。多大有は無造作に荷物を投げ出すと、それは縄をうたれた玉太郎だった。色吉が再び顔をあげると旦那はもういなかった。




