六
色吉はすっかり暗くなった道を、青山の久貫邸を目指して急ぎ歩いていた。ただしくは久貫邸近隣の奥州家である。歩兵衛と話をしているときに思いついたのだが、左馬之介の辻叩き退治に同道させてもらいたいと、それを頼みに行くのだ。羽生の旦那の退勤の供をしてからなので遅くなった。
思い立ったが吉日と、羽生邸からじかで来てしまったが、周りのだんだん暗くなるのを見て、左馬之介のところに近づくにつれて心配になってきた。
やっぱり明日んしときゃよかったかな。でもここまで来ちまったからにはなア。
迷いながら、色吉の足は早まったり遅まったりした。迷いながら、しかし色吉の足はいちおう久貫邸のほうに向かっていた。
久貫邸のまえまで来たときには、月が顔を出していた。ちいと遅いが、色吉は覚悟を固めた。出直すのも面倒だ。
久貫様の屋敷から、ならんで三軒目、たぶんここだろう。戸を叩き、押し殺してはいるが鋭い声で声をかけた。
「夜分遅く恐れ入りやす。御用聞きのものです。例の件でお頼みがあって来やした」
下女が出てきた。「ご新造さんはもうおやすみです」
「いや、左馬之介さんに取り次いでもらいてえんで。あっしは色吉ってもんで、例の件、と言ってもらえりゃ伝わります」
下女はなにやら困った顔をしてあたふたとしている。なおも色吉が頼もうとすると、高が出てきた。
「奥州は出ております」
「あさってからではなかったので?」
「まさか。そのような悠長なことを」
入れ違いになってしまったようだ。色吉は非礼を詫び礼を言って辞去した。
さて、どうしたものか。左馬之介さんがもう行っているなら、行ってみるか。いやしかし今日はずいぶん行ったり来たりしたからもう帰って寝るか。うん、そうしよう。
「おお」
「いおったな」
「小者が」
考えながらとぼとぼと歩いていると、前方で声がした。顔をあげると、いや、あげるまでもなくわかっていたのだが、三人の大男。剃りあげた頭に長棒を持っている。楢藤の三人の中間だ。
「あんたらは――あぶねえっ」
色吉が身をすくめたその頭のうえを長棒がかすめて通った。横に跳んだあとの地面に長棒が打ちつけられて鈍い音をたてた。跳んだ先でこんどは上に跳びあがると、足の下を長棒がさらっていく。
「おう、またしてもこやつ」
「ちょこまかと」
「逃げおってからに」
色吉が駆けだすと、三人は並んで追いかけてきた。なぜかお互いにぴったりとくっついているので、三つ首六つ足の怪物のようだった。人間とはわかっていても、化け物嫌いの色吉は恐怖を感じてしまう。
しかし今日は一日かなり歩きまわったおかげで、足に力が入らない。楢藤家の折助どもはすぐ背後に迫っている。
路地が目に入った。目抜き通りとまではいわないが、この太い道だからあいつらは通れるのだ。狭い路地に入れば、あいつらは入ってこれないだろう。
「ぬおっ」
「ぬう、通れん」
「ひっかかるではないか」
路地に飛び込んだ色吉は、三人衆のそんな様子を想像してほくそ笑んだ。足を緩めて振り返る。ちょうど三人が路地口に来たところだった。三人は無言で、体をそろえたまま横にして横歩きに路地に入ってきた。
「うわあぁ」
色吉は悲鳴をあげて逃げだした。抜け路地で助かった、と色吉は胸の中で神仏に手を合わせた。