五
奥州左馬之介はしたくを整え、いよいよでかける、というまえに中間部屋に寄った。奥には上屋敷の怪我人三人が寝ており、手前ではこの下屋敷づきの中間たちが四人、手慰みをしている……と思ったら七人いた。上屋敷の三人は、左馬之介を見てばつの悪い顔をした。
「でかけるぞ」
中間たちは顔を見合わせた。
「ああ、ごくろうさんでやす」
「ご用心なさってくんなさい」
「ああ」と言って咳払いをする。
左馬之介はそこに立ったままだった。中間たちは顔を見合わせた。
「いってらっしゃいやし」
中間のひとりが言った。
「うむ」
左馬之介は立ったまま動こうとしない。中間たちは顔を見合わせた。
「いってらっしゃいやし」
中間たちが声を合わせて言った。
「うむ」
畑道にはまったくひとけがなかった。楢藤から借りた提灯を左手にさげていたが、十五夜を過ぎてまだ四日ばかりの月明りはまだまだ明るい。
風が吹いて、左馬之介は身を縮こませた。
寒い。暗い。いや、月は明るいが、昼間から比べると暗すぎる。暗い。怖い。
なぜ自分がこのような目にあわなければならないのか。
もちろん女房の高のせい……もとい、おかげである。
どこから聞きつけたのか、あやしい辻斬りが出たとの噂を左馬之介にした。
「あなたはご存じないのですか」
「いや、初耳だ」
「それはまたのんびりとされたこと。とっくに成敗のしたくにかかられているかと思っていました」
「しかし、他家の話に口を出すわけにも――」
「なにを申されますか。昨春世間を騒がせた辻斬りを、みごと捕えられたのはあなたではございませんか。堂々とまた出ていけばよいのです。それでも他家の話だ、口出しだ、などとお気の弱いことを心配されるのであれば、久貫の殿様に話を通していただくようお頼みなされ。まったく、わたくしはむしろ楢藤のものがあなたのところに依頼にくるべきだと思いますが、それであなたのお気が済むのであれば。まったく、お気のお優しいこと」
武家奉公が決まってしばらくは、高もしきりに左馬之介を立てたものだったが、すぐにこの調子に戻ったのだった。
それでも殿がお許しくださらねば、辻斬り狩りには行かずに済む……もとい、行くわけにはいかぬ。
「ほう、そちが。いやこれはあっぱれ。さすがである。楢藤殿にはわたしから申しておく、心配無用」
殿は大乗り気であった。
しかしいかに久貫側が乗り気であろうと、楢藤殿がいいと言ってくれねば断念せねばなるまい。楢藤殿方も用人や侍どもの意地もあろうから、残念ながら首肯はしてくれまい。
「よろこべ、楢藤殿も快諾してくれた。それどころか、下屋敷に滞在をも許してくれるそうだ。そちの意気に感じてくれたのだろう、いやわたしも鼻が高い。では久貫の名にかけて、頼んだぞ」
そう言って殿は楢藤殿の紹介状を手渡してくれた。
そして今日、まず楢島の下屋敷で話を聞いた。ちょうど去年の事件で知り合った手先の色吉とでくわして、うまいことに向こうから同行を申しでてきて、屋敷の中間たちから話を聞きだしてくれた。蛇の道は蛇。左馬之介ひとりならばこううまく話を引き出すことはできなかったであろうからついていた。
それを殿に報告し、今日の探索で疲れたから明日は一日英気を養い、明後日より辻斬り成敗に乗りだすつもりで自宅に戻った。左馬之介は久貫邸の近くに小さいながらも家を構えていた。
「なにをまたのんびりとしたことを申しておられるのですか。ぐずぐずして、誰ぞほかのものに手柄を取られたらどうなさるおつもりですか」
もう暗くなり始めているというのに、奥州左馬之介はまた柳島に戻り、楢藤下屋敷でもまたひと息ついただけで寒空のした見廻りに出ているというわけだった。