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色吉捕物帖 三  作者: 真蛸
閑話
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さとり再現

 さみだれ、と風流に呼ぶには豪雨にすぎる。

 いきなり落ちてきた激しい雨に、色吉は両手を笠にして駆けだした。

 たそがれどきの日本橋の目抜き通りはたちまち真っ暗になり、夕方の人通りも嘘のように途絶えた。そこらじゅうの店まで早々にたたんだようで、雨戸を閉めていた。

 どこかで軒を借りるか、しかしこのまま降り続いてやまないなら、旦那の屋敷、羽生邸までひとっ走りしちまうか。

 このところ天気のいい日が続いて、梅雨も明けたかと油断したのが運の尽きだ。とはちとおおげさか。しかしこのひどい土砂降りでは、おおげさな物言いもしたくなるというものだった。

「まったく、おおげさだな」

 真横から声がして、見ると大きな猿が色吉に並んで駆けているのだった。

 色吉は足を緩めることなく、顔をまっすぐ前に戻して駆けつづけた。

「おまえはいま、わしを見なかったことにしようと考えているな」

 色吉の顔からはすっかり血の気が失せていた。水にあたったためだけではない。

「おまえはいま、わしの名前を思い浮かべまいと必死だな、そうだ、サトリだよ」

 色吉はサトリのほうを見ず、考えないようにしながらさらに足を速めた。

「おまえはいま、わしの存在自体を無視しようと考えているな」

 色吉はいまや全力疾走に近かった。

「おまえはいま、妖怪のくせに難しいことばを使うな、と思ったな。ほ、とうとうわしのことを考えたな」

 サトリも色吉の横にぴったりと並んで、ということは色吉と同じ速さで駆けているのだ。

「おまえはいま、しまった、と思ったな」

 これだけ一所懸命走っているのに、色吉の体は熱くなるどころか悪寒がしてきた。

「おまえはいま、晩春のころにわしを退治したはずだと考えたな。笑わせるな、だからこうして、焚き火のしようのないときをうかがったのだ」

 雨に全身濡れ鼠のせいで風邪を引いたか、サトリのへ恐怖のせいか――

「おまえはいま、早いとこ旦那のところに逃げ込んで、旦那にわしを退治してもらおう、と考えたな」

 ――今度は熱くなってきた。どんどん熱くなりすぎて、全身が火に包まれているようだ。

「旦那とは、ほう、同心か。頼りにしているようだが」

 そしてまたぞくぞくと寒気がしてくる。だんだんと足も緩んで、歩くよりも遅くなってきていた。

「そうはいくか、ここで取って喰ってやる」

 サトリはふらふらと足を止めそうになっていた色吉のまえに廻りこむと、襲いかかってきた。

 色吉は恐怖したが、そのときひとつ、とても大きなくしゃみをした。

 サトリはその大きな風に吹き戻されるようなかたちとなり、

「ぎゃっ」

 と悲鳴をあげて尻餅をついた。そしてすぐに起きあがると、

「人間というものは思っていないことをするものだ」

 と言いながら駆け逃げていった。

 色吉はあっけにとられてそれを見送ったが、いつのまにか雨はあがり、雲の隙間から月がさしていた。

〈了〉


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