三
風が強く吹くなか、色吉が八丁堀の羽生邸をたずねると、庭では留緒が理縫をばたばたと追いかけまわしていた。
いや、よく見ると留緒が小さな凧を頭上にかかげ、理縫が糸を持って走っているのだった。
理縫がごろんと前に倒れ、留緒もへたり込んだ。ふたりとも息を切らしていた。
「ハァ、ハァ、あがらないねえ」
「たこあがらたいー」
「おいおい、こんな庭なんかであがるわけないだろう」
見かねた色吉が言った。「もっと糸を長くしねえと」
「だから凧を小っちゃく作ったんだけどなあ」
「おれも詳しいわけじゃあねえが、凧が大きかろうが小さかろうが糸の長さにはあんまり関係ねえんじゃないかな。もっと長くして、広いとこで速く走らねえと」
すると留緒は色吉に笑いかける。
「色吉さん、頼むよ」
「いろきったん、たのむよ」
「おれはご隠居のとこに来たのだぜ。がきどもと遊んでる暇なんざねえんだが」
結局色吉は留緒と理縫を連れて川っぺりにいき、近所の子供たちに混じって留緒と協力して凧をあげた。色吉が理縫を抱えて走りまわったのだ。
「ゼェゼェ、じゃあおれはご隠居んとこにいくぜ」
「ありがとう、色吉さん」
「あいがとう、いろきったん」