十
しかし次の瞬間には、三人ともに後ろ手に縛られ、並べて畳に転がされていた。それを色吉の逆さの顔が覗きこんでいるが、なにがどうなったのか、厳重に縛りあげたはずの道具屋まで色吉と顔を並べている。いったいいつのまに猿ぐつわや目隠し、縄まで解いたのだろう。南蛮手妻でも見ているのだろうか。
「だから無駄だっつったのに。どれ、面を拝んでやる。忍者みたいな恰好しやがって」
色吉が強盗たちの目出し覆面をはぐった。
「おや、こいつは驚いた」
色吉はちっとも驚いていない口調で言った。
「入谷の庄助、谷中の忠太、三ノ輪の岩松。おめえら御上の御用聞が御上に逆らうたあ、感心しねえな」
「てめえ、なんでこんなとこにいやがる。千住で張ってなけりゃだめだろうが」と入谷の庄助が言った。
「こっちの科白だ。うまいこと旦那とおれを遠ざけたつもりだろうが、そんな手に乗るかってんだ、甘えんだよ」
「この野郎……まさか、端から俺たちを狙ってやがったわけじゃあるまいな」と忠太。
三日前の夜中。
月明りなく、かすかな星明かりのもと、人影が火の見梯子を登っていく。
色吉は少し離れた家の陰からそれを見上げていた。
登っていく影の人相はわからなかった。てっぺんまであがり、梯子をまたぐように立つ。背中に抱えていた筒をかかげ、ごそごそなにかやっていたと思ったら、光が見えた。小さな光だが、闇に慣れた目には明るく映る。蔵提灯を覆いで隠したり、また覆ったりして、光の合図をどこかに送っているのだ。
そしてはるか向こうの高い位置でも、同じように光の明滅が見えた。あれもおそらく火の見梯子に誰かがいるのだ。そしてよくよく見まわすと、他にも二か所、遠いところで光のまたたきがあった。
いつものことだが、横にいたはずの羽生多大有がいつのまにか消えていた。
色吉が再び火の見梯子のうえに目をやると、人影は提灯をしまったようだった。降りてくる様子があった。
「野郎なにやってやがった、ふん捕まえてやる」
梯子のほうに向かおうとしたとき足元に二、三、積み重ねてあった桶を蹴とばしてしまい、がらがらと崩れる音がしたうえ、脛を打った色吉が「いでえ」と声をあげたので、梯子のうえで「誰でい!」と声がした。
しかしその直後、「うわっ」という悲鳴とともに足を滑らせた影が梯子から屋根の上に落ちて、どーんとものすごい大きな音がした。続いてごろごろと屋根を転がり地面に落ちると、まだどすんというすごい音がした。
番小屋のなかで火打ち金の音がしたと思うとほどなく明るくなり、戸が開いて「なんでい、雨も降ってねえのに」と寝ぼけ眼の番太郎が顔を出した。
色吉は思わず駆けだしていた。しばらく走って、立ちどまり、
「待てよ、なんでおれが逃げなけりゃならねえ」
ぽつりつぶやき、戻ろうかとしたとき、目のまえに多大有が立っていた。
「旦那……」
羽生はうなずき、歩きだした。色吉はあとに従った。
その翌日に太助と昼をとっているときに、その話が出たのだ。
「なにしろそいつが大次だとは気づかなかったもんでよ、今あんたの話しを聞いて驚いちまったのよ。あの曲者は大次だったのか、てな」
大次が合図を送っていた相手は、羽生多大有がその朝、見廻りのとき谷中から三ノ輪にかけて足を運んで態度で示したのだった。その晩、太助の予想通り与力山方左近から四猿賊の調査を言いつかったとき、岡っ引三人を馬道の親分のところに手伝いにやらせるよう相談した。