七
八月三日の夜中、入谷の霧島屋という質屋に強盗が押し入った。主人の文造は独り暮らし、家事のばあやはいるが通いなので夜は店は一人になる。……と、この事件について入谷の庄助が様子を詳しく話してくれた。
「少なくとも三人はいたんじゃねえかってことだ」とこれは谷中の忠太。
「知ってるだろうが、何も見るな、聞くな、声を出すな、それから動くな、ってんで四猿賊って誰が言いだしたんだか大方どっかの瓦版屋だろうが通り名がついたってわけだ」と三ノ輪の岩松。
「二十七日、谷中の近江屋って桂庵もだいたい同じようなもんなのよ。だよな、忠太さん」
庄助が話を向けると忠太はうなずき、
「為三っつうこちらも六十近い近江屋の親爺によると、だ」と前置いて詳しい話を語った。
「妙な動きをするなと言われて寝返りもがまんしてたってことだぜ」
と、話の最後にそうつけくわえた。
「ふうむ」と色吉。
「だけど賊どもはひと晩まんじりといたわけじゃあまさかねえでしょう。いなくなりゃあ気配でわかったでしょうに」
「それが為三のやつ、いないふりしてるだけでほんとは息を殺してひそんでいやがって、ちっとでも動いたら殺されるんじゃねえかと心配でたまらなかったみてえでね」
「へえ、疑り深いこった。そうでもなけりゃ口入れ屋なんざ勤まらねえのかね」
つぎに襲われたのが三ノ輪の板内屋で、
「今月の三日のことだ。これまた判で押したようだが、六十近い茂蔵というおやじが一人で切り回してる酒屋でよ、押し込みの内容もやっぱり判で押したように同じだから以下略ってとこだな」
と三ノ輪の岩松が言った。
実は色吉は自分でも調べていたのはもちろん、山方左近からも詳しく聞いていた。念のためここでも話を聞いて照合し、齟齬のないことを確かめたのだ。そして、もうひとつ確かめたいことがあった。
「なるほど詳しく話してもらってかたじけねえ」
色吉は腕を組み、少し考えるふりをしてから、さもいま思いついたとばかりに、
「待てよ、庄助、あんたは入谷に住んでるんだよな」
色吉の問いに、庄助はうなずいた。
「忠太は谷中の在、岩松は三ノ輪だな」
忠太と岩松は色吉が言おうとすることに見当がついたのか黙ってぎろりと目を向けた。
「質屋の霧島屋、口入れ屋の近江屋、酒屋の板内屋のあったところじゃねえか。おいおい、まさかあんたらが四猿賊なんじゃあねえだろな」
「馬鹿野郎はなしが逆だ馬鹿野郎、俺たちの地元で猿どもが舐めた真似しやがったから俺たちが馬鹿野郎ここのなんとかいう親分を手伝うことになったんじゃねえか馬鹿野郎」
庄助が言った。
「悪い悪い、軽い気持ちで言った冗談じゃねえか」
「てめえ軽い気持ちで人を押し込み強盗呼ばわりしやがったのか馬鹿野郎この野郎」
庄助が色吉を殴り、色吉がつい殴り返すと、取っ組み合いが始まった。
「馬鹿野郎ども、俺は武佐蔵だよ」と武佐蔵が言った。
庄助と色吉が振り返る。
「ああ、すまねえ……馬道の親分」「それどころじゃなかったな……馬道の親分」
ふたりは離れて、それぞれ腰をおろした。落ち着いたところで口を開いたのは武佐蔵だった。
「で、その押し込み賊をひっとらえるために俺が奉行より言いつかったってわけよ」
「奉行直々ですかい、てえしたもんだ」と三ノ輪の岩松。
「正確には奉行の命を受けた与力の言を預かった同心宇井野様に仰せつかったんだがな。とにかく御奉行のお申しつけってことにゃ変わりねえ」
なにしろ俺は鬼黙団の騒ぎを見事に解決したからな、と武佐蔵は言った。鬼黙団事件とは、おととし、上方から来た押し込み強盗群が日本橋の摂津屋という呉服屋に人質を取って取り籠りを起こした事件のことだ。
「その実績を買われて、この件について特任されたってわけよ」
解決した、ということについては色吉としては言いたいこともあったが、とにかく店の外で大勢の御用聞とその手下どもに采配を振ったのは宇井野とこの馬道の親分なのだからそこは認めざるをえないところだ。
「まあ俺の手柄のうちで物の数にも入らねえようなこたあいい、この件でおまえら、なんか気づいたことはねえか」