四
そこから西神田に回った。
「その話ならもう、そっちの親分にしたぜ」
男は色吉のほうに顎をしゃくった。
つぎに日本橋に回った。
「おい、こないだ知らねえつったじゃねえか」
と、男は色吉に向かって言った。
それから大川を渡って深川に回った。
「あんた昨日もおんなじこと聞いたじゃないかい」
おかみさんが色吉に向かって言った。
こんどは向両国に回った。
「なんかあったらこっちから伝えるって言っただろ」
さらに本所に回った。
「毎日ご苦労さんだけど、なにもないねえ」
女は色吉を横目でちらちら見ながら言った。
馬道に戻る道すがら、武佐蔵が色吉に話しかけた。
「おめえ……下町のほうはもうとっくに回ってたってわけか」
「だからさっきからずっとそう言ってるじゃござんせんか」
「まさか御城下のほうももう回ったってわけじゃあるめえだろうな」
「そっちのほうは太助やその手下どもが」
「てめえどんだけ広範囲に縄張り荒らしてやがんだこの野郎」
「いや、ハハ、それほどたいしたもんでも……」
「照れてるんじゃねえ! ほめたわけじゃねえぞこの野郎」
武佐蔵の家に着いたころには、あたりはすっかり暗かった。
「お三人、上でお待ちですよ」
と言いながら、髪結いのお吟が迎えてくれた。お吟は武佐蔵のような男の女房にありがちな愛嬌のある女だった。
「ごくろうですねえ、このひとと一緒じゃあ大変だったでしょう」
裏口は入ったすぐ脇の控えの間で、愛想よく茶をふるまってくれた。
色吉は熱い茶をひと息に飲み干す。武佐蔵はちびちびと、口をつけてはあきらめて離す、ということを繰り返していた。猫舌なのだ。しかし妙な意地があるのかふうふうと風を送って冷まそうとはしない。
「さあさ、もう一杯どうぞ」
お吟がお代わりを注いでくれる。それもひと息で、さらに三杯目をひと息で飲んだところで、
「先に上がっててくれ、俺はまだ子分どもを待ってるからよ」
とまだ一杯目をちびちびなめている武佐蔵が言った。