二
ある夕刻、北町同心羽生多大有と中間代わりの供、色吉は与力山方左近の私邸を訪れていた。
「羽生の、実はしばらく色吉を貸してもらいてえ」
山方左近がそう言い、多大有はいつものごとく滑らかな動きでうなずいた。
「ちかごろ、市中を騒がす強盗のことはもちろん承知だよな」
またうなずき、それから多大有は首を回し、色吉に顔を向けた。色吉も心得たもので、自分が山方左近に答える。
「もちろん存じておりやす。四猿賊と呼ばれてる、押し込み連中――といっても一人なのか二人なのか、あるいはもっとなのかはわからねえが――のことでようがすよね」
うむ、と山方左近はうなずき、
「見猿聞か猿言わ猿、動か猿、ってな。実は一昨日の晩にも一軒、入りやがったのよ。世間に知れるとまた番所はなにをやってんだなんだ騒がれて面倒だから、こいつはまだ内聞の話だがな。三ノ輪の板内屋って酒屋だ。茂蔵って五十九になる主が一人でやってる。連中の手口は承知だよな? 年寄りの一人商売、通いのばあや、と他の二軒と同じとこに、同じように口、耳、目とふさがれ縛られ、だ」
「前んときは二十日以上開いたのに、一昨日ってこたあ、今度は十日も開いてねえってことですね」
山方左近はまたうなずいて、
「それでな、そいつらを一網打尽にするためにな、馬道のあのなんとかいう親分、ほれ、あの宇井野子飼いの、あいつだよ、あいつに詮議を任せてるんだけどよ、人手が足らねえだのなんだの、宇井野にもいろいろつきあげてるらしくてな」
色吉が口を「へ」の字にする。
「え……あの、馬道の、なんとかいう親分ですかい」
「そうだ、馬道のなんとかいう親分のところに、しばらく手伝いに行ってもらいてえ。……ん、どうした」
色吉顔がはっきりとゆがんでいた。
「いや、あの親分とはいろいろ剣呑な事情がありやして」
「なんでえ、おめえもか」左近は嘆息した。
これが九月の五日のことだった。
「……と、まあそんときは勘弁してもらって、ほうほうのていで逃げてきたもんだがよ」
色吉が言った。あれから二十日近く経った昼間、ここは柳原の小料理屋で、色吉は太助と飯を食っていた。
「なんでそんなこと聞くんだ。なにかつかんだのかえ」
太助はそれには直接答えず、
「そうなるとおめえ、もいちど山方様から呼びだされて、もっぺん同じこと頼まれるかもしれねえぜ」
と言った。
「冗談じゃあねえ、たといそんなこと言われても絶対に断るぜ。だがなぜそう思うんだえ」
「あの馬道の、なんとかいう親分とこのなんとかいう若いの」
「なんとかいう親分とこの大次か。やつがどうした」
「野郎、いま寝こんでるって話だぜ。なんでもゆんべの夜中、火の見櫓だか梯子だかから落ちたとかなんとか。……ん? なにぼんやりしてやがる、しゃきっとしやがれ。おめえが山方様からそれだけ頼りにされてるってことじゃねえか。おいらなんか、お声もかからねえぞ」
太助は気楽にからからと笑った。