一
暦上の季節はもう秋だったが、暑苦しく、寝苦しい夜だった。
入谷の質屋、霧島屋の文造は暗闇のなかで目を開いた。五十も半ば過ぎという年齢の割には眠のいいほうで、いったん寝たら朝まで目を覚ますことがないのが自慢だった。……だのに、なぜこんな夜中に目を覚ましたのだろう、と思ったのと同時に、何者かに手足をおさえられていることに気がついた。声を出そうとしたそのとき、頬に冷たいものが当たった。
「妙な動きをしてみろ、ずぶりといくぜ」と押し殺した声が言った。
「声もあげるんじゃねえ」と猿ぐつわをかまされた。
「それから、なにも聞くな」と、耳の穴になにかひやりとするものを詰め込まれた。茱萸の実だったということがのちにわかった。
「なにも見るな――」と暗闇なのに目隠しをされた。手拭いで耳をおさえられ、物音が全くしなくなった。それからうしろ手に縛られ、足を縛られた。
薄い月明りのしたに出てきたのは三人、あたりを用心深く見回しながらまず小柄な影、ついで太った者、最後に背の高い細長いのが裏口をくぐった。
男がひとり、表通りにたたずんでいたが、小柄なのがその横を通り過ぎざま巾着袋をすばやく手渡すと、三人の賊はそのままひたひたと走り去った。
朝になって文造は通いの老婢に見つけられ、助けられた。金を入れていた化粧箱から、九両盗まれていたことがわかった。
暑さもそろそろ峠を越えたのかだいぶ過ごしやすくなってきたころのこと、谷中の近江屋という桂庵が襲われた。
主人の為三が暗闇のなか目を覚ましたとき、なにも見えなかったが手足をおさえられているのはわかった。ひたと首筋に冷たいものを感じ、
「ちょっとでも動いてみろ、すぱっといくぜ」と押し殺した声が言った。
「大きな声を、いや小声でも出すな」と猿ぐつわをかまされた。
「聞くのも禁じ、だ」と、耳の穴になにかひやりとするものを詰め込まれた。
「見るのもだ」と暗闇なのに目隠しをされた。
そして後ろ手に縛られ、足を縛られた。
ここまで厳重にせずとも、命が危ないのだから騒ぐことはないのに、と思いながら朝を迎えた。為三もやはり通いの女中に見つけられるまでろくに寝がえりもうたなかったとのことだった。金をしまってある手箱を調べると、九両なくなっていた。