二十四
はは、そんなに慌てて否定しなくともよいです。まあこっからは、そういう前提で聞いてもらいやしょう。
お嬢さんはちょくちょくこの寮に泊まっていたようだが、あんたもここの管理を任されていたからしょっちゅう来ていたんでしょう、よくここで会ってたんだろうね。
惣兵衛の許しさえ出れば一緒に、なんてえ夢をみていたのかもしれねえが、なんとお畝さんの親で島太さんの主でもある惣兵衛は、宿のために養女を景気のいいお店に嫁入りさせようとした。
お嬢さんも派手な化粧に派手な服装で、放縦な噂を自分で立てて嫁にふさわしくないようなふりをしていたが、いよいよ親が本気で乗りだして、嫁ぎ先を探しはじめた。
で、どっちが言いだしたのか知らねえが――まあまずお嬢さんだろうが――飯舟屋から逃げだすことにしたんでしょう。
三人の旦那候補と集まって相性を見るとかなんとか、うまいこと惣兵衛をまるめこんで目の届かないこの別宅にきたが、そのじつ隙をみて行方をくらまそうって魂胆だ。
ところが妙な脅し文は投げ込まれるわ、あげく本当に人死にはでるわで、だいぶ話が剣呑になってきやがった。おかげで用心棒なんてもんをつけられて、弟までずっと寮にとどまって目を光らせてやがる。
清治には悪いが、通夜も葬式もすっぽかして逃げだすことにして、ちょうど昨日邪魔な用心棒も浅草のほうに使いに出たってんでちょうどいい、ちょうど天気もいいぐあいな秋晴れってんで散策に出よう、用心棒の代わりに島太を供につけていよいよ駆け落ちを、ってところで思ったよりもだいぶ早く用心棒が戻ってきやがって、しかも島太は宿に返されちまった。あえなく計画は頓挫、お嬢さんは昨日はちょいと機嫌が悪かったな。
それでもどうもあきらめきれず、どうやら隙をみて逃げようとしてたみたいなんだがね。ずいぶんとあちこち引っぱり回されて、いった先々で用心棒と小女をまこうとしていたが、思いのほか用心棒が油断しねえもんだから一ン日歩きまわったあげくおとなしく寮に戻るしかなかったわけだ。
お付きの小女はそこにいる留緒でやすが、こいつは帰ってから疲れてうとうとしちまったみてえで。あっしが次の日――つまり今日のことだが――の相談しようと、母屋の裏から窓んとこに忍び寄って声をかけたら、なんとお嬢さんが返事した。
まずいと思ったがしかたがねえ、お嬢さんもああいう人だからたいして気にしてもねえ。そこで、どうせ留緒からお嬢さんに持ちかけてもらうはずだった計画だ、じかにお畝さんに話したんでさ。
その計画ってのはこうなんで。
清治さんの葬式ののちのふるまいで、お嬢さんに毒を飲んで苦しんだ、って体でばたりと倒れてもらう。つまり、死んだふりをしてもらおうとしたんでさ。
愚かなことに、それで下手人があせってなんかドジを踏みゃあ、そいつをあぶりだせるんじゃねえかと考えたんでさ。阿呆の浅知恵でやした。裏ぁかかれてお嬢さんを殺されちまうなんて……。
「で、いよいよお嬢さん殺しの下手人ですがね」
色吉はあらたまって顔をあげ、ひとりひとり見回した。
「清治さんを埋葬したあと、寺を出たところで何者に斬りつけられたのか、いつのまにかお嬢さんは血塗れになってた。しかしあっしが目を離したのはほんとにほんの一瞬で、目を戻したときには当磨にしろ万次にしろ、あるいは他の誰にしろ、曲者なんざお畝さんの周りにゃどこにも見えなかった。いちばん近くにいたのは留緒、おめえだ」
「え?」
いきなり色吉が自分を名指したうえ目を向けたので、留緒はとまどった。
「つまり、お畝さんを刺したのはおめえさん、ってことさ」
いつになく厳しい目で色吉がにらんでいる。
「な、なに言うのよ……」
「あんだけのあいだにお嬢さんを刺して姿をくらますなんざ、そんなに早く動ける人間はいねえ」
羽生の旦那ならできるが、絡繰人形だから嘘は言っていない。
「人間はいない……あ、そうだ、かまいたちなら? かまいたちなんじゃないの? そうだよ、かまいたちだよ、きっと」
「かまいたちだと?」
色吉が鼻で笑った。
「おい、おめえ、お嬢さんを斬ったか?」
色吉が庭に面した障子を振り返ると、それを開けて異様な小動物が入ってきた。見た目は鼬のようだが、胴が長く、足が六本あった。前脚、中脚、後脚というぐあいに。そして中脚のうえのあたりの背中から鎌が生えていた。たしかにそれはかまいたちだった。ただでさえ一座の面々は身を引き気味だったのに、
「とんだ濡れ衣だね」
その異様な動物がしゃべったので、ほとんど静かな恐慌状態となった。
「それに、あそこで商売をしていた仲間もいないよ」
「そうか、わざわざすまなかったな、ありがとうよ」
「ちぇ、こんなことでわざわざ呼びつけるなよ」
ぶつぶつ言いながら、かまいたちは来たときと同様、静かに去っていった。感心なことに尻尾を使って器用に障子を閉めていった。
「かまいたちじゃねえ、っつってるぜ本人が」
すっかり息を飲んだ留緒は言葉も出ない。
「あんな妖怪に濡れ衣を着せようとしやがって、ふてえアマだ。芽実江屋お留緒、飯舟屋お畝殺しの咎で御用だ、神妙に縛につきやがれ」
色吉は捕縄を懐から出し、端をつかんでたぐり伸ばした。留緒は青ざめ、なにも言えなくなった。