二十三
ちいと先走った。万次が客用の膳に毒を仕込んだところに戻ろう。そうそう、この毒についてついでに言っておくと、最初は薬草園から盗んだんじゃねえかという疑いもあったんだが、夾竹桃ってことだ。夾竹桃なんざどこにでも生えているから、わざわざ面倒なことはしなかったつうことだ。
また横道にそれちまったが、万次はこんとき、台所連中にお嬢さんの用心棒できた平助と名乗ったってことだ。女中たちの記憶はあやふやなんだが、最初平助と言って、おれが平太と名乗ると平太だったかしら、てな具合だから、まあ平助と名乗ったで間違いなかろう。で、おれが平助と名乗る予定だったのを平太に変更したって話はしたが、そもそも平助と名乗るという話を知ってたのは、ここじゃ当磨だけなのよ。
おれはお畝さんの用心棒ってふれこみだから、お嬢さんにべったりついているはずだった。当磨もそう思っていたから、万次におれを名乗らせた。そのさいには、惣太郎に宴のしたくを手伝えと言われたって伝にしていたんだが、あにはからんや、本物の平太のほうも本当にお嬢さんのそばを追っ払われて、そのとき庭の見廻りなどやっていたんだ。そこで当磨にでくわして、互いの正体がわかったところで、つい長話をしちまったんだが、あれは万次が毒の膳を運んで逃げだす間をかせぐためだったんだな。まんまと引っかかっちまった。
そのあとの、夕餉の席での騒動はおれから言うまでもねえんで飛ばすが、当磨は寮のなかだか外だかわからねえが、ずっと様子をうかがってたんだろう、すぐ近くにいたからやけに早く来やがったのさ。
惣太郎はあせっただろう、ただ男どもや親たちを脅して、姉貴の嫁入りを邪魔するだけのつもりが、ほんとに清治が殺されちまうし、松伍は寮を出ていくとか言いだすしな。松伍に出ていかれては、残った友之助がお畝の旦那ってことに勝手に決まっちまいかねねえ、嫁入りをつぶすどころか早めることになっちまうわけだから。
だから松伍を必死で引きとめたんだ。そんときゃなんでいけすかねえ野郎を引きとめるのか、おれにはわからなかったんだけどな。惣兵衛がお畝の嫁入り探しをあきらめるまでは、こんな野郎でも友之助と張りあうやつが入用だったのさ。いまから思うと、惣太郎がなかなか船宿に戻らなかったのも、親父殿に婿探しをやめるから早く帰ってこい、と言わせるためもあったのかもな。もっとも、主な理由は他にあったと思うけど。
惣太郎は姉上の用心棒とか名乗ってるおれ、つまり平太が目障りでならなかったから、次の日飯舟屋に使いに出した。客を殺されちまうなんてドジを踏んだ用心棒なんざ、馘首になるのを期待してたんだろうが、そうはならなかった。もともとこっちの押しかけみてえなもんだし、お嬢さんを殺められたわけじゃなかったからな……まあ、少なくともそんときは……
そのお畝さんは嫁入りについてどう考えていたのか。お嬢さんはわがままいっぱいに育ったとはいえ、それは親からはないがしろにされていたから、つまりほったらかしにされた結果だったって話はさっきも言った通り。そんなだったってのに、ちょっとばかりきれいに育ったからって今度ぁ宿のために、金策のために結婚させられようってんだからひでえもんだ。もっとも、惣兵衛夫妻からすりゃ、わがままいっぱいに育ててやったのもこのため、いや、そこまでえげつないことは言わねえが、わがままいっぱいに育ったんだから、つぎは親の言うことを聞いて、恩返しする番だ、てなところなんだろう。
「平太、いやさ色吉親分、あんたさっきからお嬢さんをわがままいっぱいわがままいっぱい言いますが、そんなことはありません。だいたい、お嬢さんとは一日二日ていどのおつきあいしかないあなたに、なにがわかりますか。お嬢さんはたいへん思いやり深い、やさしいお方です」
とうとうがまんができなくなって口をはさんだのは島太だった。
「ふふ、あんたならそう言うでしょうねえ、島太さん。じつを言うと、そいつを待ってやした。まだるっこしいこた抜きで単刀直入に聞きやしょう、あんたとお嬢さんは好きおうてましたね」