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色吉捕物帖 三  作者: 真蛸
放縦娘の嫁入り
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二十

 飯舟屋夫妻は子に恵まれなかったから、養子をとることにした。武家の家柄だが、まったく血縁のない二歳になる娘だ。惣兵衛の甥に、何人か養子にちょうどいい年、ひとつから五つくらいまでの次男坊以下もいたのに、なぜそんなことをしたんだろうと思ったが、あの夫婦のこんどの態度を見てなんとなくわかったぜ。養女とはいえ二十年もいっしょに暮した娘が死んだってのに、忙しいんだかなんだか知らねえが通夜にも葬儀にも出てこねえ。息子のあんたには悪いが、打算のかたまりだ。

 つまりだ、もしこれが男の子がひとりだったら、その子をもらっていただろう。だが跡継ぎ候補の男子が余るほどいたおかげで、かえって選べなくなっちまったわけだ。ひとりを養子に据えても、まずまともに育つかどうか、育ったとしても、箸にも棒にもかからないろくでなしに育っちまったら残念なことだし、仮に真面目な大人になったとしても、商売の才能がないとこれまた切ないことになっちまう。

 そこで血縁のない女の子を養子にして、育ったところで惣兵衛の甥のうち、これと見込んだ奴とめあわせる計画を立てたってわけだ。女の子なら丈夫だし、仮に箸にも棒にもかからない娘になったところで、しょせん婿取り用の道具なんだから、男の子さえ立派に産めりゃまったく問題ないってこった。

 さて、それで娘を、見栄もあって武家から迎えたはいいが、その途端におかみさんが惣太郎さん、あんたを身ごもったってわけだ。そのときはまだ男の子とはわからなかったろうが、女の子でも婿をとりゃいいわけだから、お畝さんはもう用なしになったわけだが、だからといって養女の話はなかったことにはできねえ。なにしろ相手は武士だ、話をまとめるためにいろいろと用立てしたのを、娘を返すからといって返してくれるわけもなく、逆になんだかんだでさらに搾り取られそうだ。そこで打算的な飯舟屋ご夫妻は、そのままお畝を引き取ったわけだ。引き取ったあとはほったらかしで、その代わり欲しいものはなんでも買い与えて、お畝さんはわがままいっぱいに育った、ってわけだ。

 いっぽうで惣太郎さん、あんたはずいぶんと厳しくしつけられたらしいね。そのせいかどうか、ちょっとまえまではかなり荒れて、悪い仲間とつるんでたなんて話もご近所じゃ有名だったな。ちかごろはすっかり真面目になったって評判だが、そのころの仲間とのつきあいは続いてるんだろ? ああ、そりゃ真面目になった奴もいるだろうが、真面目になってない奴もいるだろうってことだ。

 ところでおもしろいことに、ここにいる岡っ引の当磨、こいつも惣太郎と似たように、むかし荒れてたことがあったという。もっともそいつはもう十年以上前のことらしく、いまは真面目な御用聞だがな。

 もともとさる武家の四男坊だったのがそれがもとで勘当されたんだが、この武家というのが実はお嬢さんの生家で、つまりどういうことかっつうと当磨とお畝は実の兄妹きょうだいっつうことだ。


「えっ」

 それまで苦々しい顔をしながらも黙って聞いていた惣太郎が、驚きの声をあげた。友之助も島太も、留緒まで驚いた顔になった。皆がいっせいに口を開こうとするのを手で制して、色吉は話をつづけた。


 そんな都合のいい話があるか、って思うかもしれねえが、こいつは別に偶然でもなんでもなくて、当磨が餓鬼のころに養女にやられた妹のことを探り当てて、宿のほうじゃあいろいろ目立つので寮のほうを見張ってたってことなんだ。

 さて、わがままいっぱいに育ったお畝だが、それでも美しく育ったんで嫁に欲しいって奇特な求婚者には事欠かなかった。それにあの鷹揚な気性を気に入ったつう変わり者の親もけっこういた。飯舟屋はそのなかから厳選して、三人に候補をしぼった。いずれも裕福でたっぷりと結納金を見込めるとこを撰んだようだ。それからこっちのほうが重要なんだが、宿としてつきあいがいるところだ。跡継ぎができたとたんにお畝をほったらかしにしていたくせに、その嫁入りを商売に利用する……飯舟屋の我利我利亡者……いや、お畝のかわいがりっぷりがうかがえる、いい話だな。

 男どものなかで、松伍だけが長男で友之助と清治は次男だ。結納金をいちばん多く取れそうで、結婚後のことも考えると、どうも飯舟屋としては、端っから材木屋に決めていたみてえだが、なんでひとりにまでしぼらなかったかというと、宿としてはつきあいがあるから、お畝さんが撰んだというていにしたかったみてえだな。


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