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色吉捕物帖 三  作者: 真蛸
かまいたち
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「さてと、じゃあ事情を聞いてやる。おまえらの様子からするに、なにかいろいろわけありのようだからな」

 色吉は腰掛けた。

「あたしが、やったのさ。人間を、襲えば、長生き、できるんだ」

 コヌネマが言った。

「え、おかあさん、それは嘘だって――」

「しっ、おだまり。あんたはひと言だって口をはさむんじゃない。いいから、だまって言うとおりにしな」

 なにか言いかけたヌハイマを母かまいたちが抑え込む。当人ならぬ当妖たちはひそひそと声を押し殺していたつもりだったが、あいにく色吉は鬼のように耳ざといのだった。しかしそんなことはおくびにも出さず、

「おめえ、だいぶ弱ってるじゃねえか、そんなんでピンピンしてる人間襲ったってのか」

 コヌネマはちょっとつまったが、すぐに、

「ちいとばかり弱ってたって、人間なんざとろいもんだ」と言った。

「じゃあ、ここんとこ、いつどこで、どんな人間を襲ったのか言ってみろ」

 コヌネマはまたつまったが、またすぐに、

「そんなこと、いちいち覚えてるもんか。なにをぐずぐずやってんだ、早いとこ、ふん縛って、牢屋に入れるなり叩きにするなりしとくれ」

「ふん、そう望むんならふん縛ってやってもいいが、叩き程度で済むと思うなよ。こんだけ世間を騒がせたってこともあらあ、かろくて試し斬り、重けりゃあ鋸引のこびき、くれえは覚悟しとくがいいぜ」

 妖怪で、見た目は動物のようだったが、それでもコヌネマがみるみるうちに青ざめるがわかった。

「違うんだ!」

 ヌハイマが割り込んだ。だいぶ回復したようだ。止めようとするコヌネマを押しとどめて、

「おかあさんは、いままでに女の子を襲ったことなんてない。春先の、ちいちゃい女の子を斬ったのはぼくだ。でもこのところの、娘さんを斬っているのは違う。おかあさんでも、ぼくでもない」

「ヌハイマ、やめな、仕返しされるよ……そんなことに、なったら、あんたは……」

「いいんだ、かあさん。おい、間抜けな小者、ほんとのこと教えてやる」

「よくないんだよ、あんたに傷がつくようなことがあったら……」と、か細い声の母かまいたちの言うことなど、ヌハイマはもう耳を貸さない。

「娘さんを襲っていたのは、グイヌイさんだ」

 色吉は黙って聞いている。

「グイヌイさん、っていうのは、ぼくらの仲間の大かまいたちさ。とっても頼りになるし、そのうえとっても強いんだ。おまえなんかに縛られるあやかしじゃないぜ」

「へっ、どうしてそんな強いやつがなんで娘なんざ襲うもんかい」

「オトメがジヨウになる、んだよ。グイヌイさんは、その気になれば侍だってやっつけたことだってあるんだ」

「おめえが小さな女の子を切ってたのは、その喰ったり縫ったりとかいうやつに言われてのことか」

「そうさ」

「なぜちっちゃな子を狙った、卑怯者め」

 するとさすがにこれには気がとがめていたのか、ヌハイマは鼻白んだ。

「ぼくじゃあ、まだ大きな娘は荷が重いんだ」

「娘、ってだけでも卑怯なのに、さらにちいちゃな女の子だ。卑劣だと自分で思わねえか?」

「おかあさんの病気を治すためだから仕方ない」

「ヌハイマ、おまえ、そんなことはいいと言ったろう、あんたが危ない目にあうほうがあたしにとっては嫌なことさ」

「おかあさん……」

 ヌハイマはコヌネマに這いより、ふたりはひしと抱きあった。

「まあいい、じゃあその喰い縫いってのはどこにいるんでえ」

「グイヌイさんの居処いどこは、誰も知らないんだよ」

「とぼけやがって、じゃあどうやって呼びだすよ」

「いつもあっちから来るんだ」

「どの辺に住んでるか、ってのもわからねえのか」

「神出鬼没、あやかしの鑑さ」

「そうかい、じゃあおまえらふたり……いや、二匹ともふん縛って、さらしもんにでもしときゃあ現れるかな」

 色吉は十手をくるくると振った。

「やめとくれ……あたしは、弱ってるんだ」

「そうだ! こんなおかあさんをふん縛るだなんて、おまえには人間の心ってもんがないのか」

「妖怪に言われたかねえんだよ! よし、しょっ引いてやる」

 色吉は懐から捕縄を取りだすと、しゅるしゅるとほどき伸ばした。まずは若く、元気を取り戻しつつある餓鬼かまいたちのほうからだ。反撃に備えてゆっくりと近づいていき、身をすくませるヌハイマはもちろん母かまいたちにも油断なく目を配りながら、縄を巻きつけようとしたときだ。

「待て」

 低く重い声が背後でした。

 色吉は驚いて振り返ったが、あまりに驚いて勢いよく振り返ったので尻餅をついた。

「だだだ誰でい」

「グイヌイさん、助けにきてくれたの!」

 大きなかまいたちが月明りのしたに立っていた。後脚で、人間のように立っているからさらに大きく見える。

「ヌハイマ、俺を売ったことについてはあとで話をつけてやる」

 ぎろりとにらみ、ヌハイマは縮みあがった。色吉が迫ったときよりも、はるかに怖がっている。

「ただ、人間ごときに我が種族が捕まるわけにはいかない、そんな恥をさらしてもらっては困るからな」

 今度はコヌネマをにらむ。色吉は十手を精いっぱい前に構えた手が震えている。

「てめえが黒幕か、縫い縫いだと?」

「人間めが。人間ごときに名乗る名はないが、冥土の土産に教えてやろう。グイヌイだ。おまえを殺したあやかしの名として、閻魔に伝えるがよい」

 ゆっくりと中脚、前脚の順について六つん這いになると、背中に巨大な鎌がそそり立った。月明りに鈍く光ったのが不気味だ。色吉はぐらぐらと目のまえが揺れるのを感じ、失神しかかった。


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