十三
御舟庵の門から数間離れた畑道、あたりが真っ暗ななか、色吉と太助がひそひそと話していた。ふたりとも星明かりで充分、夜の行動にさしつかえない。
「お畝お嬢さんだがよ、おめえんとこの留緒の姉さんの留宇と幼なじみだってんだ」
色吉は軽く口笛を鳴らした。
「そうか、留緒が幼なじみだって話は聞いてたが、まあだから付き添ってもらってんだが、留宇殿なら確かに同じ年頃だ、もっと親しくしてたってことがありそうだな」
「卒太が聞き込んできたところによると、留宇にとってはお畝はずっと幼なじみだったわけだが、そのさらに上の留亜の記憶によると、お畝が遊び仲間に入ったのは三つくらいのころだってんだ。留亜はその頃はもう八つか九つで、もう他の家の子守りなんかも引き受けてたんだが、だからお畝はその頃に引っ越してきたとずっと思ってた、みてえなんだが、だけど飯舟屋は先代から今の場所でずっとやってて、引っ越してきた、なんてこたあねえ、ってんで卒太がさらに突っ込んで芽実江屋で留緒たちの親に聞きこみにいって、そこで意外なことを聞きこんできたってわけよ」
太助はにやりと笑う。
「……まさか、お嬢さんは養子で、その頃もらわれてきた、とか」
「先に言うなよ」
「待てよ、じゃあ、惣太郎は?」
「惣太郎は飯舟屋の実の息子だ。惣兵衛とお春の夫婦になかなか子ができねえ、ってことで、養女を迎えて、その養女に婿を取って船宿の跡を継がせようと考えてたらしいが、ちょうどそんなときに男の子が生まれたもんで当然そっちを跡継ぎにしたんだが、娘はもう話も進んでいたから養女にもらうだけはもらって、詫びだとか償いだとかいっちゃあなんだが、きっちりとしたところに嫁にだすことに家同士で話がまとまってるらしい」
「じゃあお嬢さんの実家ってのは、それなりの家柄っつうことなのか。まあそりゃそうか、せっかくもらうんだから」
「由緒あるどこかの御武家ってことだぜ」
「武家に親戚がいたのかい」
「それが全く血のつながらねえそうだ」
「夫婦とも親戚にちょうどいいのがいなかったのか」
「いや、旦那は兄弟が何人かいて、お畝よりちょっと上から同じ年頃までの次男三男にはことかかねえとよ」
「よっぽど兄弟と仲が悪いのかね」
「卒太の調べた限りじゃ、行き来もあるってよ。そんな感じじゃなさそうだぜ」
「それなのに武家の、しかも次男や三男じゃなく娘を養子にか。逆にそれなりのところに輿入れするために百姓だの町人だのの娘を武家の養女にして身分を稼ぐって手は聞くがなあ」色吉はううむ、と腕を組んで考えた。「そういや、それから、惣太郎の昔の仲間は見つかったかえ」
「おう、そっちは根吉の調べだ。大抵のやつらはもう堅気の商売についてたらしいんだが、ひとり万次ってのがまだ親の金でぶらぶらしていて、ここ二、三日近所でも姿を見かけねえってことだ」
色吉が太助の顔を見直す。太助はうなずいた。「根吉が追ってるが、いまのところまだ見つかってねえ」
色吉は腕を組んで考えはじめた。「うーん」
「なんか目鼻はついたのかよ」
「つかねえ。どいつもこいつも怪しいと見える。こうなったら罠を仕掛けるか。どいつが引っかかるか、だな」
「どうするんでえ」
「お嬢さんに死んでもらうのよ」
「なに」
「ちょうど明日は小滝の葬式だ。その席で毒でも飲んでもらうか」
「それでどうなる」
「わからねえ」
「だいじょうぶか、おい」
「このままだと何が起こるかわからねえ、待つより先に騒動を起こしちまうのよ」
「おおざっぱな野郎だ」
「あんたらは万次の行方を追ってくれ」
「顔もわからねえ、雲をつかむような話だぜ」
「とにかく頼まあ」
色吉は星明りのした御舟庵に戻ったが、邸内には入らず、そのまま裏に回り、樋を手掛かり足掛かりに外壁をするすると二階の高さまであがった。
「稲ちゃん」
張り出し窓の外からひそひそと声をかける。
「なんだえ」
しかし顔を出したのはお畝だった。
「うお、驚かさねえでくんなさい」
「こっちのせりふだわ。そんなとこからなんの用?」
「いや、お稲はどうしてます」
「歩きまわった疲れがでたのかねえ、うたた寝してるよ」
「この際だ、お嬢さんの話なんですがね、相談に乗ってほしいんでさあ」
平太は清治の葬式でお畝に死んだふりをしてほしいという話をした。
「不謹慎……ではあるけど、なんだかおもしろそうだね」
「不謹慎ではありやすが、下手人をあぶりだしてえんでさ」
お畝は引き受け、簡単な打ち合わせをした。
「お食事を食べて、苦しいと言って倒れて動かなくなってくれりゃ結構、あとはこっちでやりやす」