七
「松伍殿、なにをお畝殿を独り占めしておられる。抜け駆けはずるいぞ」
見かねたのか、菓子屋の清治があいだにはいってくれた。
「ふん、そもそもこんなことが無駄なのだ。おまえらに情けをかけてやる義理などない」
「はは、松伍殿がすっかりお畝殿をめとると決まったようないいぐさではないか。そのわりにはお畝殿の料理を食べていないな」
「おまえはなにを言って……ん? 料理は下女が作ったのではないのか」
「はは、この酢のものはお畝殿が作ったのだ」
と清治はお畝に笑いかける。
「作ったといっても、蛸とわかめの煮たのにきゅうりと酢を入れてぐるぐるかき混ぜただけ。料理と言われてもお恥ずかしい」
「ふん、お畝、わしの女房になったら酢のものなどつくらずともいいぞ。わしは嫌いだからな」
「でもあたしの作れるのはこれくらいなもんだから、では堤屋にはもらってもらえませんね」
「はっはっは、そんなことを心配しておるのか、かわいいのう。そんな心配は無用だ。そもそも料理など下女のすること、おまえがやる必要はない」
「お畝殿は好きなのであろう。うちならばいくらでも作ってくだされ」と清治。
「こら、しゃしゃり出るな。おまえは友之助とでも話していろ」
「はは、松伍殿がいらぬのであれば、お畝殿の手料理はわたしがもらおう」
清治は松伍の膳のうえの小鉢をとると、自分の箸でそれをかきこんだ。
「ふん、下品なやつよ。お畝もこのような下賤なやつのことなど気にするな」
「下賤とはひどいな。それはお畝殿に対する侮辱でもありますぞ」
「ふん、なにを言うか。仮にそうだとしても、妻たるもの、夫の侮辱に耐えてこそ妻たるものの勤めというものだ」
妙にくどい調子でそう言うと、もう松伍はお畝に向かってかき口説きはじめた。
「わしのところにくれば、もっとうまいものを毎日でも食わせてやる。早くわしのところにこい」
台所では女中が二人、茶を飲みながらひと息ついていた。先ほどまでは近所の手伝いがいたのだが、料理を出し終えて一段落したので帰ったのだ。
「飲み物のお代わりをもらいにきやした」
平太が声をかけると、
「あら、あんたは」と五十年配の台所女が言った。これがお千だろう。
「へい、あっしはお嬢さんのお付きでやってきた――」
「あら、あんたが平助さんなのかい」
お千が驚いたように言う。
「いや、平太、なんでさ。あんたが、ってのはどういう……?」
お千はもう一人の女中、お袖と顔を見合わせた。こちらはまだ若い、お畝や惣太郎と同じ年頃の娘だった。そのお袖が、
「食事の支度のとき、知らない若い衆がやってきて、自分は平助……いや、平太だったのかしら、そう名乗って、お嬢様の用心棒としてついてきたものだが、こちらを手伝うように言いつかった、って、お膳を運んでくれたんです」
と言った。
「お嬢さんにおつきで、男と女が一人づつだって聞いてたからねえ」とお千。
「んでそいつはいまどこに?」
平太はかすかに青ざめていた。
「さあ、あれから見ませんね、そういえば」
「いけねえ」
平太は跳ねるように立ちあがり、台所を飛びだした。