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色吉捕物帖 三  作者: 真蛸
かまいたち
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「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……」

 表庭で鞠をつきながら理縫は数をかぞえている。周りには理縫と同じくらいの娘たちが鞠の順番を待っている。

 色吉は縁側からその様子を見守っていた。

「お茶をどうぞ」

 留緒がやってきて、色吉のよこに茶を置いた。

「ありがとよ」

 留緒もそのよこに座り、理縫と友達の遊ぶのをいっしょにながめる。

「かわいそうに、表で遊べないからみんなこんなとこで」

「まあ、水のそばに近寄らなけりゃ大丈夫だとは思うが、なかなかそれもな」

 江戸の町は川だらけだ。川のそばを通らずどこかへ行くのはむずかしい。それに、これまでのかまいたち騒動がいつも川のそばで起こったからといって、これからもそうだと言いきれるものでもなかった。

「色吉さん、はやく下手人をつかまえとくれよ」

「ああ、任せとけ」

「あのさ、あたし、おとりになったげようか」

「なに?」

「最近は小っちゃな子じゃなくて、もすこし大きな女の子が狙われてるんでしょ。だからあたしが」

「莫迦、めっそうなこと言うんじゃねえ。怪我でもしたらどうする。いや、怪我ならまだいい、命にかかわるようなことでもあったら……いやいや、考えたくもねえ」

 思わぬ色吉の勢いに、留緒はちょっと身をすくめたが、

「あたしのことが心配?」

 と訊いた。

「あたりまえだ、二度とそんなこと言わないで、おとなしくこの屋敷から一歩も出るんじゃねえ、わかったか」

「はあい」

 留緒は立ちあがると、こっぴどく叱られたにもかかわらず上機嫌で去っていった。


 夜、またもやあの小者が走ってきた。

「くそっ、出てきやがれ、ここいらへんにいるのはわかってるんでぇ」

 柳の下できょろきょろと。血相を変えていた。

 このあたりにたぶん巣がある、と見当つけてはいても、どこにあるかまではわからないのだ。ならば息をひそめていればそのうちあきらめて帰るだろう。あんな小者からこそこそ隠れるのはいまいましいけど、病気のおかあさんを抱えていてはやむをえない。

「また、あいつが、来たのかい……?」

「しっ、おかあさんは心配しないで……音をたてなけりゃ、そのうち行っちまうよ、きっと」

 その通り、あの間抜け小者は土手を行ったり来たりしているだけで、ぼくたちがここにいることだって確信しているわけじゃない。

「また、出てったり、するんじゃ、ないよ」

「うん、おかあさん、心配かけてごめんなさい」

 かまいたちは母かまいたちの顔をまともに見ることができず、小者を見張るていで下をのぞく。

 小者は柳のあいだをうろうろとしていたが、

「どこにいやがる、くそっ」

 やにわに懐から十手を取りだすと、手元の柳の幹を叩いた。そのまま十手を横に構えたまままたうろうろしはじめ、うろうろしながら柳の横を通り過ぎざまごつごつと幹を叩くことをくりかえした。

 ごつ、ごつ、と調子よく叩かれるその音を聞いているうちに、かまいたちは目のまえがぐるぐる回り、吐き気がしてきたのだった。

「ううっ、ぐっ」

 しかし先に音をあげたのは母かまいたちだった。

「ヌハイマ……あれを止めろ、やめさせて、おくれ……」

 振り返ると、顔をこちらに向けているが、目はこちらを見ていない。なにも見えていないみたいだった。

「おかあさん……待ってて……!」

 しかしかまいたちのヌハイマもやっとの声でそういうだけで、だらりと顔を巣の縁にもたれさせたまま伏せっているだけで動けないようだった。


 色吉としては音でかまいたちを悩ませてやろうと考えたわけではなかった。その音がかまいたちを苦しめていたことなど知りようもない。用心のため十手を取りだし、いつもの癖で手首の先でぶらぶらさせながら歩きまわったとき、たまたま柳の幹に当たって、それがことのほかいい音がしたものだからなんとなく続けてみただけなのだった。

「もう二遍もここいらで見かけてるからな、ここいらにいるとは思うんだが……」

 ぶつぶつと言いながら柳のあいだを縫うように、土堤のうえをいったりきたりする。あの妖怪は必ず現れる。

 どさり。

「うわう」

 期待していたというのに、ほんとにかまいたちが目のまえに落ちてきたとき、色吉は情けない悲鳴をあげた。

「小者……しつこいやつだ。今度はなんだ」

 ヌハイマが地面から、上目ににらんで言う。

「とぼけるんじゃあねえ、今度やったらただおかねえと昨日言ったはずだ、その舌の根も乾かねえうちにまた娘を襲いやがっただろうが」

「舌の根も乾かないって……おまえそれ言葉の遣いかたがおかしいぞ……ぼくがもうやらないと言ったのならともかく……」

「あっ、そうか、そいつはすまねえ――なんて、おれがかしこまるとでも思ったら大間違いだこの餓鬼、昨日の今日で、いい度胸じゃねえか。おれもなめられたもんだぜ」

「え――?」

「やすやすてめえを見逃してやったおかげで、今日また罪もねえ町娘が襲われちまった。場所はこないだと同じ両国橋、こんだぁ腕じゃなく胸を斬りつけやがって」

「え――?」

 この顔だ。

 色吉の、年季の入った――とはまだまだいえないが、岡っ引としてそれなりの経験を積んできた目からも、どうも空っとぼけているようには見えない。

 だがこいつは人外だ、人間の顔色とはまた違うのかもしれない。

「傷は浅いがかわいそうに、嫁入りまえの娘の体を傷つけるたぁ、今度という今度は許さねえ、成敗してくれるぜ」

 色吉が十手を前にかざしながら近づいていく。と、そのとき。

 ――どさり。

 とまた目のまえになにか落ちてきた。「ひい」と腰を抜かしそうになったが、なんとか踏みとどまる。

「この子に手を出すんじゃあない」

 落ちてきて地面に伸びたのは、昨夜の母かまいたちだった。

「ああ、おかあさん、なんでこんなところに」

 かまいたちが言った。ずるずると母かまいたちのほうに這いずっていく。

「ヌハイマ、あんたは行きな」

「でも……」

「いいから、口ごたえをせず、行くんだ」

「動けないんだ、おかあさん」

 かぼそい声で、かまいたちのヌハイマは言った。

「……ふん、しようのない子だ、いつもながら」

「おう、てめえはなんでえ。昨日といい、こいつの親っぽいがよ」

「あたしはコヌネマだ。そうだ、こいつの、ヌハイマの母親だよ」

「コン――なんだって?」

「コ・ヌ・ネ・マ」

 コヌネマは一語一語切るように言った。

「来ぬ寝間か。変な名前だな。寝間っつったら待つもんじゃねえ、行くもんだ。それで、こいつはなんだったっけ?」

「ヌ、ハ、イ、マ。だよ」

「主ハ今? ますますわけのわからねえ名前だな。まったく意味がわからねえ」

「そこまで面倒は見切れないね。ところでこっちは名乗ったんだ、あんたはなんてんだい」

「こいつは失礼したな。おれはお上の御用を聞くもんで、金助町の色吉ってもんだ」

「とにかくあんた、変な音を出すのをやめとくれ。眠れやしない」

「そいつ……縫い浜が出てこねえからさ」

「ヌハイマだよ」

「主ハ今をおびきだしてやったってわけだ」

「そんなことをして、どうするってんだ」

「やめて、おかあさん、もうそんなことを訊かないで」

 ヌハイマが口を出した。声はまだ弱弱しい。

「あんたに訊いてないよ、この間抜けな小者に訊いてるんだ」

「どうするもこうするもねえ、ふん縛るのよ」

「やめて」ヌハイマがかぼそい声で言う。

 色吉は十手の先で倒れているヌハイマを指した。

「こんど娘を襲ったらただおかねえっつった舌の根も乾かねえ――」

「だからそれはおかしいって言ってるだろ」

「うるせえ、とにかくふん縛っ――」

「あんた! この間抜けな小者が言ったことは本当かい!」

「いや……違うんだ、おかあさん……」

「じゃ、やってないんだね」

「いや……えーと……うんん」

「どっちだよ!」

 来ぬ寝間が、言いかたは鋭いが、声には元気がないことに色吉は気がついた。

 こいつは虚勢を張ってるが、主ハ今よりも弱ってる。

「うん……ぼ、ぼくが……や、や、や――」

「ばかっ! や、約束したじゃ、ないか。もう、人間を、襲うのは、やめる、って」

 母かまいたちが、ヌハイマによちよちと近づくと、前足を拳を振りあげた。そのまままだ倒れている子かまいたちを殴りかかる。

「あっ、おい、乱暴はよせ」

 ぺち、ぺち。

 しかしコヌネマの前足にはまったく力がなかった。駆け寄ろうとした色吉は安心して足をゆるめた。

「痛い! おかあさん、やめて」

「痛いのかよ!」

 色吉は再び足を速め、母かまいたちをヌハイマから引きはがした。

「こいつを痛めつけるのはおれにまかせろ、たっぷりお灸をすえてやる」

「なんだと、おまえみたいな間抜けな小者にヌハイマに手を出させるもんか」

 コヌネマが背中の鎌を振ると、色吉はコヌネマを持ったままの腕をぐいと伸ばし、あやうく鎌が鼻先をかすめた。

「あぶねえじゃねえか、この妖怪が、おめえもついでに縛ってやろうか」

「あ、や、か、し」ヌハイマが言った。

「やかましい、話をややこしくするんじゃねえ。おっと」

 またもやコヌネマが鎌を振るったが、動きはゆっくりとしたものだったのでゆとりをもってよけることができた。

「無理するない、だいぶ疲れてきたようじゃねえか」

 色吉はコヌネマをヌハイマのそばにそっと横たえた。


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