十三
「なにい。おめえらその鬼を邪教の神と勘違いしてすがろうとしやがったくせに、なに調子のいいこと言ってやがる」
「へっ、そんな覚えはねえな。でもこっちにゃこんだけ証人がいるんだ、武家や金持ちの百姓も、商売やってるものもいる。御上は小者一匹風情とどっちを信じるかな」
「こっちにだって証人はいるぜ」
「隠居爺イがひとり、木偶の坊の下っ端同心がひとり、餓鬼が二匹じゃねえか、しかも全員身内ときた」
色吉は詰まった。武家の奥の者らしき女も確かにいて、身元を隠しているようだったが、いざ係争となったなら正体をさらすのも覚悟しているのだろう。
「いや、ちょっと待てよ……そんな武家だの富裕な農家だの商人だのが、邪教徒の一味だって御上に知れるのもまずいんじゃねえのか」
今度は大次がひるむ番だった。公儀にご注進となると、蛇のいる藪をつつくことになりかねないことに気がついたのだ。
「こいつらが邪教徒なんていう証拠はないだろう」
「そいつはお奉行様が探してくださるんじゃねえかな。覚えがねえ、なんて言い訳が通じるといいねぇ」
色吉と大次のやりとりに他の者たちも気をとられているうち、いつのまにか鬼――ではなく巨人、もしくはギザナデ――の姿はなくなっていた。
「ちっ、鬼を退治してやったんだ、ありがたく思いな。おめえ、鬼がいたら詫びるつってたな」
「鬼なんざいなかっただろ。たしかビビビビル様とかなんとかいったか? 詫び入れるのはおめえのほうじゃねえか?」
「この野郎」大次が色吉をにらむ。「引きあげるぜ」
大次が歩きだし、他の者たちもぞろぞろと従う。
「待ちやがれ」
「なんだ、見逃してやろうってのに、文句でもあるのか」
「こんなに散らかしていきやがって。掃除してけ」
そこらじゅうに散らばった豆を示す。留緒が箒を持って戻ってきて、大次と取り巻き二人に渡した。
「箒はもうないから、あとは手でやって」
伝八が、「馬鹿らしい、俺はけえるぜ」と言って去ろうとした先に、羽生多大有が立っていた。手にざるをいくつか持っていて、それを伝八にさしだす。伝八はおとなしく受け取り、戻ってきた。
「ほらほら、ずっと箒を使ってないで代わってあげて。ほら、せっかく旦那がざるを持ってきてくれたんだから、よく砂を落としてね」
留緒が監視するなか、大次と邪教徒たちは小半刻ほどで片づけ終わった。
「豆はどうせ放って帰ろうとしたんだから、うちでもらっておくわよ」
「勝手にしやがれ」
羽生家ではこののち、十日以上豆料理が続くことになる。色吉はしばらく豆を見るのもいやになった。