四
近頃ではすっかりみんなかまいたちに用心して、ちいさな女の子は表に出されなくなってきていた。
そこでつぎに標的にされたのは、すこし成長した十代の少女だった。
「きゃっ」
昼間の永代橋。良家の子女、といった感じの娘がとつぜん転んだ。
「あれ、お嬢様」
後ろを歩いていたお付きのばあやが急いで駆け寄る。
「きゃああ」
駆け寄ったかと思うと、娘の腕が血にまみれているのを見て悲鳴をあげた。肩の下へんの袖が裂かれ、その下の腕が、骨が見えそうなほど深くぱっくりと割れていた。娘本人はそれを見て気を失ってしまった。
違う日の佐久間河岸では、武家の娘も被害にあった。家のある本郷から、上野の寺に参る途上で、同じように腕を切られたが、さすがにお付きの女は悲鳴をあげたりせず、すぐに手拭いで傷口を縛った。娘も気丈に耐えて、自分の足で医者に向かったのだった。
色吉は、毎晩愚直に柳原土堤にかよっていた。
「いろいろと動き回るのは太助たちに任せて、あっしはひとつところで網を張るのが良いと思いやして」
と言うと、歩兵衛も賛成してくれた。
土手に腰をおろし、五つから九つまでの二刻、なにかが起こるのをじっと待つ。期待しているのは、あのかまいたちが再び襲ってくることだ。
しかしもうこれで四日ばかり色吉の身にはなにも起こっていない。
河岸をかえてみるかな。
せっかちな色吉はもうそんなことを考えはじめたのだが、しかしそれはせっかちだからばかりとは言えない部分もあった。昼間は一人づつ、まるで計ったように娘が襲われていたのだ。庶民の娘、商人の娘、武家の娘、と身分の違いにはおかまいなしだが、娘が襲われることは共通していた。色吉はじっとしていられず、いらいらと歩きまわった。
またあいつだ。あの間抜けの小者、間抜けのくせにこんなところをうろついて。
かまいたちは柳のうえの巣からこのあいだの岡っ引を見おろした。
「どうした……なにか……気になるのかい」
母かまいたちが寝床から声をかけた。かすれ声だった。
「しっ、おかあさんは気にしなくていいんだ」
かまいたちは急いで母のもとに戻った。
「あんた……母に向かって、し、だなんて、生意気だよ」
母は声を張りあげた――いや、本人はそのつもりだったのだが、しかしそれは迫力のない、弱弱しいものだった。かまいたちからしたら小者に気づかれずに済んだから幸いだったのだが、しかし同時にそれはひどく悲しいことだった。
――あいつのせいだ。
かまいたちは、目の下でうろちょろしている小者に怒りの矛先を向けた。
――ちくしょう、むこうにいっちまえ。あ、こっちにくるな、間抜けのくせに。あっちにいけったら。
しかしなぜか間抜けは、まるでかまいたちのいる場所を知っているかのように、輪を縮めるようにして近づいてくる。
かまいたちは振り返って、母をうかがった。
母かまいたちはもうこっちを見ておらず、うんうんとうなっている。苦しそうに見えた。かまいたちは顔を曇らせたが、また表に顔を向けた。
――あいつのせいで――
かまいたちはふたたび、しかし今度はほんの一瞬だけちらりと母を振り返ると、こっちを気にしてるどころではないところを見とどけて、窓から抜けだした。
――こんどこそは!
間抜けの小者に体当たりして、突き転ばしてやった。
「うわっ」と、間抜けが声をあげて転がると、そこにすかさず襲いかかり背中の鎌を振りあげ、その腕を切り裂く――!
キンッ、と火花が散り、また防がれた、と思ったときにはガツンと頭にくらわされた。
「てめえッ、こんどまた人を襲ったらただおかねえと言ったよな」
間抜け小者が言ったのを、くらくらと失いそうになる気をなんとか踏みこたえながら聞いた。
「て……やんでえ。きみがこんなところをうろついているからじゃないか」
「とぼけるんじゃねえ、この餓鬼妖怪が、おれは襲われてなんかないぜ、まさかいまのでおれを襲ったつもりにでもなったか? 百年はええ。このところの昼間の、町の娘たちのことだよ」
「え……」
かまいたちがほんとうに困惑しているように見えて、色吉は振りあげた十手をおろした。この餓鬼がそこまで役者とは思えない。それに、色吉の見たところこの餓鬼かまいたちはずいぶんと虚勢を張っているが、それは何かを隠しているためその何かに触れられないようにするためのようだった。
「おめえ、ほんとに知らねえのか」
するとかまいたちははっとなにかに気づいたような顔をした。
「ふん、ばれたなら仕方ないね。そうだよ、ぼくだよ。でも小さな女の子を襲ったわけじゃない、大きな女の子だ、文句を言われる筋合いはないよ」
「屁みたいな理屈をこねるんじゃあねえ、おめえがやったと言うなら、約束どおりただおかねえ。まずはお縄にして、番屋で拷問にかけてやる」
色吉が懐から取り出した捕縄をほどいているとき。
「うおっ!」
色吉は体をそらし、勢い余って尻餅をついた。なにかが襲いかかってくる風を感じ、自分でも知らず体が動いたのだった。
ついで顔をかばうと、かばった腕になにかがぶつかって、はじかれて跳んでいって、地べたに伸びていたかまいたちのうえに落ちた。
「ぐぇっ」
かまいたちがか、それとも吹っ飛んだ影がか、うめいた。
「おかあさん、なんでこんなとこに来たんだ!」
「あんたは、お逃げ、あんたの……体に、傷を、つけちゃ、いけない」
息も絶え絶えにそいつは言った。そいつもかまいたちで、かまいたちの呼びかけによると母親のようだ。
「なにを言うの、おかあさん、そんなことできっこないよ」
かまいたちはもはや泣き声だった。そして母の体のしたからもぞもぞと出てくると、母をかばうように色吉に対峙した。
「ばか! いいからお行き!」
母かまいたちがかまいたちを押しのけ、自分が前に出ようとする。
「チッ、おめえ、どっちがやったのかは知らねえが、とにかくもう誰だろうと襲うのはやめるこった。今度誰かが斬られたら今度という今度こそはほんとにただじゃおかねえからな」
色吉は踵を返して去っていった。




