十三
その夜、弥太郎が仁兵衛の博奕場に顔を出すと、札替えの暇も与えず富造が別室へ連れていった。
「なんでえ」
「ずいぶんと付けがかさんでるようじゃないですかい、職人の先生よ」
「剣呑なこと言うない、ここのところじゃ、稼ぎも入れてるし、そんなにふくらんじゃいないだろう」
「ち、てめえの稼ぎなんざ大半あの美保が使っちまって残っちゃいねえだろうが。とにかくもう二十両にもなろうとなっちゃ、いかな弥太郎先生といえどもここいらでいっぺん清算を願っとかねえとな」
「二十両……! 朝に来たときにはそんなこと言っちゃいなかったじゃねえか」
「ありゃおまえさんのまえの女房のお君が死んだばかりだったから遠慮してやったんだよ。喪に服してたってわけだ」
「もう明けたってのか。早すぎねえか」
「やかましい。とにかくこの二十両、きっちり耳をそろえて返してもらおうかい、でなけりゃ簪の先生、わかってるんだろうな」
半月明りのした、弥太郎は長屋に戻ってきた。うしろに富造と、その手下が三人、足音も立てずについてきていた。自分の家屋の戸を開けると、なかは真っ暗だった。
「なんでえ、灯りもつけずに。もう寝ちまったのか」
宵っ張りの美保のことだ、どこかへ遊びにいっているのかもしれない。
「それとも沈められることを勘づいて、逃げちまったのかねえ、ひっひっひ」
富造が小声で下品に笑い、手下どもがつられてへへへ、と笑うと富造は「馬鹿、声を出すな」と松吉の頭を叩いた。
弥太郎が提灯を座敷にかざす。
「ああ、やっぱり寝てやがるのか。なんだい寝巻きにも着がえず、布団にも……おい、あれ? ひゃっ、冷てえ? うわっ」
弥太郎はあとずさりに背中から土間に落ちて、富造たちを押しのける格好になった。
「おう、なんでい」
吉八が言った。弥太郎の肩をつかむ。
「待て」
富造が吉八を止めた。弥太郎はぜえぜえと肩で息をするだけでなにも言わない。富造は土足で畳にあがりこんだ。寝ている美保をごそごそと探り、「死んでる」と言った。
美保の体にはなにも傷はなく、毒を飲んだような形跡もなかった。ただ目を開けたまま死んでいた。
富造が呼んだ医者によると死因は不明、「頓死としか言いようがない」とのことだった。