十一
しばらくのあいだの富造の紹介する仕事、というのは御多分にもれず女郎のことだった。お君は自分がどのような条件で遊郭へ売られたのか、とうとう知ることはなかった。
「遊女やるならそこらの岡場所などよりなかに限ります。ここなら守ってくれる用心棒や若い衆もいるし、なんといっても壁と御堀まである。安心安心」
道々、富造が言った。それは同時になかの女にとっては逃げだすこともできないということだ。
「もう三月にもなります。わたしはいつ、ここから出られるんでしょうか」
富造はときどき客としてお君を買いにくるという悪趣味だった。
「そうさな、もうあとしばらくよ」
来るたび訊くたびそんなふうにごまかされ、「半年です」、「十月になりました」と、とうとう一年が経とうというころだった。
富造の手下の松吉が、兄貴分の真似をしてお君を買った。
「五年とか言ってたなア。もう一年経つのか、てこたアならあと三年じゃあねえか」
松吉はあとしばらくとはどのくらいか、とのお君の問いにそう答えた。
「五年……あと四年……」
これまでの生活を思い出して、お君は途方に暮れた。これをあと、四回も繰り返せというのか。
「弥太郎さんは、ちゃんと仕事をしているかしら」
「ああ、弥太郎のことなら心配いらないよ。若い嬶をもらって、そいつが贅沢だってんで近頃は真面目に働いているようだぜ」
お君はなにも応えなかった。
「ところがあの野郎、根っから博奕はやめられねえみてえで、あいかわらず俺たちのいい鴨だぜ、へへへ」
「あんたら、あの人を金蔓にしているのかい」
「ああ、うまくすりゃあの新しい嬶もおめえ同様、売り飛ばしてまたひと儲けできるな、ありゃまだ十八だから、おめえさんよりよっぽど高く売れるだろうな、へへへ」
お君はなにも応えなかった。
「おっと、さあ、あんな薄情な亭主は……いや、元亭主か、ほっといて、客の俺を楽しませな」
松吉はお君にのしかかった。しばらくして、お冠で帰っていった。
「ち、兄貴に聞いてたのと違うぜ、ちっとも面白くねえ。せっかくこつこつ貯めたってのに、金返せってんだ」
ぶつぶつと面白くねえ、を繰り返しながら。
その頃弥太郎は、その若い嬶の美保となにやら言い争っていた。
「おまえ、そんなこと言ってないで、おまえも働いて家計の助けをしてくれよ」
「あたしは楽に安穏と暮らしたいんだ、あんたがそうしてやるって言うからあんたんとこに来たってのに、いまさらなに言ってんのさ」
「だがおめえ、贅沢ばかりしてるじゃねえか、いくらなんでもここまで贅沢とは俺も思わなかったんだ。なあ、おまえなら水茶屋あたりで手でも握らしてやりゃ、けっこうな稼ぎになると思うがな」
「ひどいことを言うね。やなこった、あんたより他の男に手を握られるなんて、そんなことされるくらいなら死んだほうがましさ」
「美保、おめえ、そこまで俺のことを……。悪かった、俺が悪かった、おめえに苦労はさせねえ、俺がしっかり働くぜ。勘弁してくれ」
「あんた……わかってくれりゃいいんだよ」美保は満足げに笑った。