七
ある夕方、水祐の住居兼お返し所に歩兵衛が訪ねていた。春先の再会以来、たまに将棋を指しにくるのだ。
「しかしおぬしも暇よの」
ぴしり。
「そりゃ隠居ですからな」
びしり。
しばらく駒を置く音のみが響いたのち、
「ところでこのまえ聞いた、料理屋の子供はどうなりましたかな。心中した商売敵にとり憑かれた」
と歩兵衛が言った。
ぴしり。
「ほう、気になるかえ」
ぴしり。
「そりゃあ、水祐先生がかかわらなくなったのだから、心配もしようというもの」
すると水祐は憂い顔になった。
「どうも病はやはり悪くなっているようだねえ。医者もさじを投げたようだ。もっともそれはまえからだが、とうとうまた寝たきりになったようだ」
ぴしり。
「やはり水祐先生も気になっておられたんですな」
ぴしり。
「うむ。それがな、先代から預かっていたお返し代をお返しする、といまの佐兵衛に言うたのだが、頑として受けとろうとせんのだ。それはいままでの祈祷料だとか申してな。いやこれは祈祷料ではなくお返し代だから、ならば御霊様をお返しするまで続けさせてもらう、と言うとそれはやはり断るという。それならお返し代はお返しするというとそれはこれまでの祈祷料だからとっておけ、……と押し問答だ。気にもなろうが。ときどき人を見にやらせているのだ。わらわが行くと塩をまかれるのでな」
「はは、ひどいですな。王手」
「あ……待った」
「待ったなしの約束ですろう」
「おぬしが話をさせるから、気をとられたせいじゃ」
「しかたないですな」
「恩に着る」